第2章8部:亡命者ジーク
「メリエルさん。もういいです」
ゆーりがメリエルに男性の魔法を解くように指示をする。
すると光の輪が消え、倒れた男性は息を切らしていた。
「どうしてこのようなことをしたのですか。そしてアシュラ様って」
「アシュラ様は、ゴスアの神だ……ゴスアを守っていただける。俺達の誇りだ……アシュラ様がいない間は、俺達が守らないと」
「……」
嗚咽を漏らしながら気弱な男性が語る。
ゆーりは何も言わずじっと傾聴する。
「アシュラというのは姿を顕していないのですか?」
「様をつけろ……あのような他国と同盟を結ぶなど、アシュラ様が許すわけない。国民を強靭に国を強大にすることのみに力を尽くすお方だ。ゴスアを他のどこよりも優れた国として自負して、俺達もそのことに誇りを持っている」
気弱そうな男性は悔しそうに、唇を噛みながら続ける。
「それを同盟! 支援!? 他国に情けをかけるなど、アシュラ様はしない! 敵が立ちふさがれば、力でねじ伏せるのがゴスアのやり方だというのに。アシュラ様がいれば、こんなことをすることはなかったのに」
「でもそれがどうして変わったのですか?」
「きっと最近着任した軍団長のせいだ……」
男性が首都の方を、遠い視線で見つめる。
「軍団長ですか?」
「噂によるとベルーコからの亡命した軍人らしい。名前は確か、ジークだったかな。あいつがなぜこちらに来たかはわからない。だが力のあるものを良しとするゴスアからすれば、ベルーコの軍人は居心地がいいのだろう。はは。何も知らないからゴスアをこんなことにできるんだろうな」
男性が力なく笑う。俺はその男がひどく哀れに思えた。
「……見上げた忠誠心だな。だからと言って命を投げ捨てる真似はやめておいた方がいい。さっさと仲間を連れてここから去れ」
倒れた男性達に視線を向けながら俺は言った。
残された男性は、死んだような目をしながら頷き、男性を一人担いでその場を去っていく。
「さぁ、行こう。道草を食ってしまったな。おっさん、馬車は出せるか?」
「あ、ああ。少し車輪が痛んだようだが、首都まではもつだろう」
「そうか。なら行こう」
俺が馬車に乗り込もうとすると、ゆーりが引き留める。
「マサキ、ちょっといいですか」
「どうしたんだ」
「さっきのベルーコの軍人ってもしかして」
「ああ、十中八九今回の依頼主だろうな。もしかしてあの男に情が移ったから、この依頼をやめようなんて言うのか?」
俺が強い口調で釘を刺す。
「え、そ、その」
「確かに俺もあの男は可哀想だと思った。だがここで依頼をやめたら、あの受付の女性や俺達を送ってくれた冒険者、そしてわざわざ推薦状を書いてくれたロジャーを裏切ることになるんだ」
「……そうですね。ごめんなさい……」
俺が畳みかけるに言うと、ゆーりはひどくしょんぼりした声で答えた。
「俺達は俺達の依頼をこなそう。それがラインゴッドへの手掛かりになるかもしれないってことで今回依頼を受けたんだ」
「……確かにマサキの言う通りです。まずは依頼人に会ってみましょう」
ゆーりがそう言うと俺に続いて馬車に乗り込んだ。
「ねぇ、ちんちくりんにあんな言い方する必要なかったんじゃないの。いくらあいつがあまちゃんだからって」
馬車に重い空気が包む中、アガタが馬車の中で俺に静かに尋ねた。
「確かにきつい言い方だったかもしれない。だがここであの男のためだけに依頼を取りやめたら、ゴスア帝国の意向やメンツ、ベルーコ王国の国民にまで影響が及ぶだろう」
俺は腕を組んだまま、憮然として言った。
「なんでベルーコまで影響が及ぶのよ」
「ここでもし依頼人の積荷を運ぶ依頼を達成できなかった場合、ゴスア帝国とベルーコ王国における和解の計画に暗雲がたちこんで、もしかしたら再び緊張状態になるだろう。もちろんゴスアも俺達以外にも依頼をかけてリスクを分散してそうだが、誰一人輸送できなかったという万が一なこともある。そうなると次がどうなるかはわかるな?」
「まぁ、あんたの言う通りかもしれないわね。まぁどうあれ依頼をしてもらえるよういいんだけどね。あたしは魔導を発揮できればそれでいいんだけど」
アガタは納得したようで、正面へ向き直り、顔をにやつかせて言った。
(単純で行動原理がわかりやすすぎるな)
長い間馬車に揺れ、寝たふりも飽きてきたので、ふと窓の外を見る。
空は先ほどの晴天とは打って変わって、重い雲が覆っていた。
今回の依頼も、何か一筋縄ではいかないのであろう。




