第2章5部:ベルーコ王国とゴスア帝国
「ということはこれからはもっと難しい依頼を受けられるということですか」
「ええ、その通りです。ですが普通に生活をするのでしたら命にかかわることもあるため、受注をする意味は特にないかと……」
「でしたらラインゴッドに関する依頼もあったりするのですか」
ラインゴッドとゆーりが発すると酒場内はさらにどよめき始める。
「おいおいおいおい。お前ラインゴッドに行くのが目的かよ!? 命知らずにもほどがあるぜ!」
初耳であるキッドがゆーりの前に飛んできた。
「あんな御伽噺の存在だろ!覇統鬼の集まる場所に行って何をするつもりなんだ!?無限の蒼創石でも奪って世界征服か?」
キッドが矢継ぎ早に質問を投げかける。
覇統鬼とはインフィニットサモンサーガに登場する標準的なレイドボスのようなもので、何度も倒すことでキャラクターの強化や、装備を整えるために撃破されることが多い。
因みにスクラーヴェリッターとは別物である。
設定上では国家や地域を守る神霊のようなもので、その地域を象徴したり、あるいは祭り上げられている。
覇統鬼によっては国の方針などを口を出す者もあり、また圧倒的な強さや信頼感から妄信している国民もいるため、非常に権力が高いのだ。
その覇統鬼の故郷ともいえる場所がラインゴッドである。覇統鬼はそこで生まれ、そして各地へ散っていくことになる。
覇統鬼の力の源になるのが、蒼創石という俺達がゲーム内でガチャなどに使用するアイテム、いわゆる課金アイテムである。
ラインゴッド内には、無限とはおそらく比喩であろうが、巨大な蒼創石が祀られているのだろう。
召喚ガチャをずっと回せるというのはプレイヤーにおいても垂涎ものであるが、ゲーム内では到着できるかどうかはわからない。
そもそもその噂自体真実かどうかも定かではないのだから。
「いえ……両親がそちらに向かうと言い残して、それを追いかけるということで、今こうしているわけです」
「それで、お前はラインゴッドへの行き方、例えば方角とかは知っているんだろうな」
ゆーりはそこで呆けた顔をした。
そして俺の方を向きなおして、両手の人差し指を合わせながら、何か回答を待っているようである。
(やれやれ。どうやらなにも考えていなかったってことか。薄々感づいてはいたが……)
俺は思わずため息を吐いた。
元のゲームを知っているため、答えを教えることもできるが、あえて教えないことにする。
いきなり効率重視でラインゴッドへ向かう場合、どうしても攻略が困難になることがあるため、段階を踏んだ方が結果的にはいい方向に進むと考えたからだ。
「こういうことは、あの女性に聞こう。何か知っているかもしれないだろう」
俺はそういって、受付の女性の方に首を向けた。女性は急に話を振られて、おろおろしている。
「え、え、え。ラインゴッドへの行き方ですか……全く見当もつきませんが……こういう言い伝えならありますね。あくまで作り話の世界ですが」
「言い伝えですか? それって一体」
「覇統鬼と対話し、力を認めてもらうというものです。その力の証を使うことによって、導かれるというものです。しかしながら覇統鬼が滅多に姿を現すものではありませんし、対話をするにしても対等以上の立場にいることが条件でしょう。なにせわざわざ民草と話すをするなんてありえないのですから」
「なるほど覇統鬼の故郷に行くには、覇統鬼から直接聞きだすしかないということですね」
「はい。ですがあくまで言い伝えですし、そもそもラインゴッド自体も空想上であるという可能性もあります。その点だけはご留意ください」
女性が話し終わるとうーんと唸りながら、目線を上に向けながらゆーりは考え込んだ。
「ですが手掛かりがそれにしかない以上、私達のすることは決まっています。とりあえずは覇統鬼の姿を見ないことには始まりません。それでどこに行けば会えるのでしょうか」
ゆーりが女性に詰め寄り、聞きだそうとする。
女性はたじろぎながら、背後の暦の書かれたカレンダーを指さした。
「えーとですね。一週間後にここから少し離れたベルーコ王国の、交易都市ミルタマスで、覇統鬼であるネルトゥスを祝う祭りが一年に一度行われます。そこで花火などを打ち上げるのですが、今回はベルーコと以前から敵対していたゴスア帝国も和解の証として、一緒に祝いたいとのことです。その花火の積荷を護衛するという依頼があるのですが」
女性はそこで口ごもった。
「ねぇ、ベルーコとかミルタマスとかなんなのよ。あたし地元の土地から出たことなくて、地理とか全然わかんないんだけど」
「まぁ、そんなことも知りませんの!? 無知は本当に罪ですわね」
「別にいいでしょ! あんたの方こそ知っているの? 知っているなら教えなさいよ」
アガタの疑問に、メリエルが突っかかるように返した。
アガタは機嫌を少し損なったのか口調が悪くなる。
「ベルーコ王国は芸術や音楽などの文化を重んじている国でして、国の方針として取り組んでいますの。特に王族は熱心のようで、それに感化される形で国民も精力的に活動しておりますわ。また城下にあるミルタマスでは交易が盛んで、市場が常に栄えていますわ。単純に商品が豊富なだけでなく、珍しい異国の物を仕入れていて、買い物目的だけじゃなくて珍品見たさで訪問する人が多数ですわ」
「なるほどね。国の中でも栄えているからお祭りの会場に選ばれたわけってことね。話を聞く限りでは人も多そうで確かに賑やかそうね。それで今回の依頼のゴスア帝国っていうのは」
「実力主義な国としか知りませんわ。常に争いが多く、上層の人間の入れ替わりが激しいと聞くだけですわ。わたくしはどちらかというベルーコ王国の方が好きですわ。お芝居が面白かったですもの」
「ゴスア帝国については私が話そう」
メリエルが帝国について興味なさそうに話すと、ミネルヴァが割り込んだ。
「さっきメリエルが言った通り、実力主義で非常に活動的な国家だ。国民の多数が軍隊に所属するのも出世のためと言うのが大多数で、他国への侵攻や領土拡大を目的としている。それ以外の物は鍛冶や農業に従事している。特に火薬の技術は精通しているのだ。一方で芸術的な活動とは無縁で、互いに理解できていないという実情がある」
「そんな仲の悪い国同士がどうして和解なんてするのよ」
「そこはトップが入れ替わり方針が変わったのだろう。ただトップが頻繁に変わることが多く、方針の変化もしばしば起きるが、今回みたいな思い切った行動をするのは珍しい。おそらく国内でも反対などもあるのだろうが、どうやって押し切ったのだろうか」
アガタがふーんと頷きながら返事をする。
「魔道に関係がなけりゃあたしにはどっちでもいいわね。強いて言うなら買い物するくらいかしら」
「わたくしはお芝居を見ますわ」
「私はおいしいものを食べたいです。
「楽しむのはいいけど。依頼をこなしてからそういうことはやってくれ。遠足じゃないんだから」
俺は能天気なアガタやウキウキしているメリエルとゆーりに釘をさす。
「よろしいでしょうか」
女性が一度咳払いして俺達に呼びかける。ゆーりが愛想笑いして頷いた。
「山を越え、そこに潜む強大な魔物を退けるという依頼です。様々なギルドへ依頼が行われているおり、各ギルドにつき一人という縛りがありますので、誰でも出すというのが難しいのです。下手に依頼を失敗することになれば評判に関わりますから」
「実力を示すものとしてこの証でも問題はないのでしょうか」
「ええ、推薦状とあれば依頼受注の証拠としては効力を発揮します。こちらとしても自信をもって送り出すことが可能です」
「それでは今回の依頼はこちらでよろしいでしょうか」
ゆーりが俺達に確認を取る。俺達は二つ返事で承諾した。
「でしたら今回の積荷の護衛の依頼、やらせてください!」
「承知いたしました。依頼人へはこちらから連絡させていただきます。とりあえずは依頼人であるゴスア帝国の軍団長と打ち合わせをしてください」
「あの依頼でここまでするなんて、大した出世じゃねえか!」
「がんばれよ!」
「お前たちに女神スカディのご加護があらんことを!」
女性が笑顔で俺達を送り出す。同時に俺達が酒場を出ようとすると、他の荒くれや冒険者が激励の言葉をかけてきた。
賑やかな酒場がますます活気や熱気を帯びていくのを感じる。俺達の依頼の成功を期待しているのか、勇敢な気分にさせるような歌まで聞こえる始末だ。
酒場を出る手前で、ジョッキを片手にしながら俺に酒を勧める声がしたが、俺はあまり酒が得意ではないので丁重に断った。




