第2章2部:出発前に
しばらくするとゆーりが目覚め、眠そうな目を擦って俺の顔を見た。
「マサキ。おはようございます」
「ああ、おはよう」
「体調とかは大丈夫ですか。あれからすぐ眠っていたようですが」
ゆーりが俺に心配そうに声をかける。俺はそれを聞いて深く頷く。
「ああ、お陰様でぐっすり休ませていただいた。体調も万全だ。不眠不休無欠席が取り柄だからな」
ソシャゲ内のイベント走破やガチャを引くためにバイト代を稼ぐことに関して、命を懸けていた散った俺らしい言葉と言える。
ゆーりはそれを聞いておかしそうに笑う。
にこやかなその表情は安心したというような表情だ。
「ふふ。マサキは本当に面白いですね。頼もしさの裏返しみたいです」
「褒め言葉として受け取っておくよ。まぁ、本当に頼もしいのは他の奴らなんだけどな」
「いいえ、そんなつもりで」
慌てて否定しようとするゆーりを俺は静止させる。
「だが実力はなくとも仲間をサポートや作戦を出す役割くらいはさせてもらうぜ。ゆーりもそう思っていたんだろ」
「はい。そうです。ですが……」
ゆーりが口ごもる。
「ですが、なんなんだ。不安なことでもあるのか?」
「ですが、またあの時みたいなマサキがマサキじゃなくなるようなことだけは控えてください」
どうやらあの白髪の目を引き裂かれた男性に変化し、また暴れることを懸念しているようだ。
ゆーりの不安を払拭させようと、俺は胸を叩いて返事をする。
「安心してくれ。本当にピンチの時しかあんな姿にはならないだろう。そうならないように事前に手を打てばいいだけだ」
「ならいいのですが」
ゆーりが俯きながら、納得する。
あの男性の力を今後も借りないとは言い切れないため困るが、不安にさせてはいけないと俺はゆーりの肩をポンと叩いた。
「さて、そろそろ朝飯だろ。お前の腹の虫もまた暴れだすんじゃないか」
俺がそう呼びかけると、ゆーりの腹の音が大きくなりはじめる。
部屋全体に響き、それを聞いたキッドは爆笑した。
ゆーりは顔を真っ赤にして俺から顔をそむける。
「は、はい。言われなくてもそうしますよ。行きましょう」
ゆーりは早歩きで部屋を出て行った。俺とキッドはやれやれといった表情でついていく。
食堂では寝間着のようなラフな格好をしているアガタと、身だしなみを整えたメリエル、そして風呂を上がってさっぱりした風のミネルヴァが待っていた。
アガタはまだ寝足りないのか、ひどく眠そうな目をしており、青い髪の毛に寝癖が残っている。
それに比べるとメリエルは対照的で、朝の陽光を浴びて座っている姿は非情に様になっていた。
朝食は比較的シンプルにパンとスープとサラダに加え、ウィンナーとベーコンとスクランブルエッグが盛りつけられたプレートであった。
俺は健康的な朝食をゆっくり咀嚼しながら食べる。
隣でがっつくように食べ、パンのおかわりを要求しているゆーりはあまり見ないようにしていた。
その潔い食いっぷりを見るとなぜかこっちまで食欲が失せそうな気がしたからだ。
食後のコーヒーを飲んで一服し、辺りを見る。全員食事を終えている。
アガタはテーブルに置いてある砂糖やミルクを大量にいれてから飲んでいた。
メリエルはブラックのままである。
「あんた、よく砂糖もミルクも入れずに飲めるわね。舌がおかしくなってるんじゃないの」
「き、貴族としてこれくらい飲めて当然ですわ。この苦みもまたおいしいのですわ。あなたみたいなお子様舌とは違うのですわ」
しかしその表情はしかめっ面になっており、我慢している風である。
「ふーん。まぁ張り合ってそんなもの飲みたくないわ。あたしはそれ飲むと頭が痛くなるのよ」
ミネルヴァは砂糖を少しだけ入れて、味わって飲んでいる。
「あんたもほとんどブラックじゃない。よく味わって飲めるわね。信じられないわ」
「いや、私もブラックは苦手でな。だから少しだけ砂糖を加えるんだ」
「へぇ。私みたいにはしないってことね。あたしにはやっぱこれだけど」
そういってアガタはもはや砂糖の味しかしなさそうなコーヒーを飲む。
隣のゆーりは満腹と言う表情で、椅子にもたれながら腹をさすっていた。
(まぁ、なんていうかこのメンバーはいつもの平常運転って感じだな)
俺は向かいの窓の風景を眺めながらそう思った。
そしてこれからはギルドへの報告と、新しい依頼を受ける。
俺の飽くなき好奇心が休みを暇を与えないのだ。




