第1章最終部:永劫の鏡
食事を堪能し、ひとしきり時間が流れると、ゆーりがロジャーに向かって口を開く。
「そういえば永劫の鏡ってどんなものなのですか。ただの鏡とは思えないのですが」
「ええ。その通りです。一見何の変哲もない鏡ですが、裏に何か文字のような文様が刻まれています。初代当主であるダンが、この鏡を大事に持ってました。ダンは当時の家族に言いつけを残して、そのまま消え去ったと言われています。そして私達はダンの言いつけに従い、この鏡の所有者は当主にするしきたりを守ってきました」
ロジャーはそう言って、永劫の鏡を取り出し、ゆーりに渡す。
「確かに普通の鏡ですね。この模様も確かに文字のようですが、なんて書いてあるか読めませんね」
「別の国の言葉じゃないの? あたし達の言葉じゃなくてさ」
アガタが頬杖をついて片手を横に開いていた。
あまり興味がなさそうな感じが伝わる。
「いえ、これはどこの言葉でもありませんわ。ヤシアリンセ家の書庫にもこんな文字、見たことありませんわ」
「確かに、今まで生きてきた中で全く見たことないな。どこで使われている言葉なんだ」
メリエルとミネルヴァが鏡の文様を不思議そうに見た。異国の文字や古代の文字ですらないようだ。
そして俺のもとに鏡が渡されると、俺は驚愕した。
その文字は俺が転生する前にいた世界の言葉――日本語であったのだ。
ゲーム内では鏡の詳細までは見えなかったため、衝撃の事実だった。
この鏡は異世界の物が現代の人間によって刻まれたのか、それとももとからこの言葉が刻まれていたのかは定かではない。
だがこの鏡の存在はこの世界がどういうものかを調べる上で大事なことであるのは間違いないのだ。
そしてもしかするとあの男性についての手掛かりもあるかもしれない。
俺は恐る恐る鏡の裏に敷き詰められた文字を読み解く。
( フィクサー。白いローブの者達はそう名乗り、私の命を狙う。
無限召喚計画。彼らが口々に言っていた言葉。
私は手元にあるこの鏡にそのことを刻み、読まれることを待つ
この世界に流れ着いてから長いときが流れた。
彼らは私を執拗に追い詰めるので、私は家族を捨てざるをえなかった。
この文字を読む者よ。白いローブを纏う者たちには気をつけろ。
彼らの計画は……)
文字はそこで途切れており、赤い血痕のようなものがこびりついている。
この文字を刻んだ男、おそらく初代当主のダンは、俺と同様にこの世界に転生したのかもしれない。
そして命をかけてこのメッセージを刻んのであろう。
(フィクサー……無限召喚計画……)
俺はその文字を読んで、顎に手を当てて考え事をしていた。
(フィクサーなんて言葉、初耳だ。そして白いローブという外見。まだ登場していないレイドボスなのか……)
しかし無限召喚計画という言葉がひっかかる。
インフィニットサモンサーガというこのゲームのタイトルに、何か関係があるのかもしれない。
深まる謎について思案していると、唐突にゆーりが尋ねる。
「もしかしてマサキ、その文字が読めるのですか」
全員が俺に視線を向ける。知らず知らずに独り言を呟いていたのかもしれない。
アガタ以外がどういうことを書いているのか気になっている様子だ。
「いやいや、俺も読めるわけじゃない……」
俺が皆の視線から目をそらそうとして鏡を見た。
何の変哲のない鏡のはずだ。
しかしその鏡の中に俺の姿だけでなく、後ろに白髪の目を引き裂かれた男性、俺の可能性と名乗る男性が不気味に微笑んでいる姿が映っていたのだ。
俺はそれを見て、目を見開き固まってしまう。
「ちょっと急にどうしたのよ。鏡なんか見て驚いて」
鏡の文字には興味のなかった、アガタが立ち上がって近づき、鏡を覗き込む。
「何も驚くことないじゃない。んー? あたしの賢くてかわいいいつもの顔しか映ってないわね。あんた、もしかして、ついにあたしの魅力に気づいたの? 今更遅いんだけどねー」
アガタは得意げな口調になり、どや顔で俺を見た。
魅力に気づいたも何もそのような感想は抱いていない。
「ええ、確かになにもありませんでしたわ。今更驚くことはなくて?」
「ああ。不思議な文様がある以外、普通の鏡のようだが、さっきの驚きは少々異常だ。マサキには何が映っているんだ」
メリエルが首をかしげ、ミネルヴァが不思議そうな目で俺を見つめた。
どうやら彼女たちには何も見えていないようだ。
「あ、ああ、いやちょっとな」
もう一度俺が鏡を見ると、そこには俺の姿が映っているだけであった。
あの男性は見間違いだったのであろうか。男性の姿は鏡のどこにも映っていない。
しかし手元に白い糸、まるであの男性の髪の毛のようなものが知らないうちに握られていた。
どうやらあの場に本当にあの男はいたのかもしれない。
だが俺以外に鏡を通して見ることはできないということなのだろう。
「ちょっと、今日は色々ありすぎて、体が疲れているのかもしれない。先に休ませてもらう。じゃあな、おやすみ」
俺は一息ついた後、立ち上がって部屋を出ようとする。
「あ、あのマサキ!」
すると俺を引き留めようとするゆーりの声が響いた。
「あの、今日はありがとうございました。いろんな困難がありましたけど、みんな無事なのは、マサキ、あなたのおかげです!」
「……」
「邪魔してごめんなさい……大変でしたものね。ゆっくり休んでください」
「……ああ、そうさせてもらう」
俺はゆーり達に背を向け、片手を振った。部屋を出ていそいそと昨日泊まった時と同じ部屋に入る。
さっきのゆーりの言葉でなぜか心の中に熱いものがこみ上げてくる。
そして風呂にも入らず、ベッドの上で大の字になり、何もない天井をぼーっと見つめる。
心地よい夜風が部屋に入ってきた。
俺は瞑り激動ともいえる一日を振り返る。
ゲームの中の世界ならば、ある程度の筋書きが決まっているものだ。
だがスクラーヴェリッターが登場してから、何かが歪み始めた。
このゲームでは仕様外のことが起きる可能性を孕んでいるのだ。
最初こそは動揺し、逃げ出したくなったが、今や吹っ切れてそれはそれで面白いとさえ感じていた。
思えば予測可能なことばかり起きては面白くないのだ。
例えばストーリー通り依頼を達成して、報酬を受け取るだけでは、俺は若干物足りなかったと感じたかもしれない。
この世界に転生したのだから、俺は思い切ってあらゆることを試したくなった。
それは物事の隅々まで知りたいという知的好奇心で、元ゲーマーとしては当たり前の感情なのかもしれない。
俺が培った知識や技術を全て使い、さらに癖のあるが頼りになる仲間と協力して、知っているようで知らないゲームを攻略するのだ。
これほど心そそるものはない。
結果として、フィクサーや無限召喚計画という聞いたこともないキーワードを知り、あの謎の男性とも出会う。
謎が深まる一方だが、どんどんインフィニットサモンサーガの世界を知っていくことで、俺は喜びを感じていた。
決められた道を歩くわけではないので、命の危険に晒されるのは間違いないだろう。
だがそれを冒してまで俺はやりたいことができたのだ。
だが今回の件ではっきりしたことがある。
様々なピンチを切り抜けたのだから、今後も俺はこの世界でなんとかやっていけるのだろうということだ。
これにて第1章は完結となります。
ここまで読んでいただきました読者の皆様、
誠にありがとうございます。
初めての執筆ということもあり、これまで様々な誤字脱字などがありました。
この場を借りてお詫び申し上げます。
毎日1話をコンスタントに書いてきておりましたが、書き溜めた分が今回で終了となり、
次回からは不定期の更新となります。
遅筆で表現が稚拙なところもありますが、
今後はできるだけ速筆を心掛け読者の皆様を飽きさせないようにと考えています。
今後も様々なキャラクターの深堀やゲームの謎に迫る展開などを書いていきたいです。
初投稿より、
様々な方に読んでいただきまして、とても感激しております。
もしよろしければ今後の更新の確認や、よりより小説づくりのために、
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をいただけますと幸いです。
それでは今後とも
「ソシャゲに転生しても俺はなんとかやっています」
をお楽しみください。




