第1章21部:決行の刻
話が一通り終わると、ミネルヴァの背中で気を失っていた、ロジャーが目を覚ました。
「なんですか、ここは。私は一体何をしていたんでしょう。そしてあなたたちは」
ロジャーは何もわかっていないという状況で、ひどく困惑した顔をしていた。
表情に戦った時のような凶暴なところはなく、心優しい柔和なところが現れている。
「まぁ、確かにそうだろうな。一から説明しよう」
俺達は自己紹介を行い、そして今までのことについて話した。
ロジャーが山賊となり村で略奪をしていたこと。
そしてその村がひどい有様になっていたこと。
ロジャーが宝である永劫の鏡を奪ったこと。
俺達が兄であるアルベルト氏の依頼を受け、討伐に向かったこと。
そしてロジャーを倒し、その身が操られていたこと。
一連の話を聞いてロジャーは絶句し膝をつき、地面に手を置いた。
「そ、そんなことが……私はなんということをしてしまったのだ……」
ロジャーは全身を震わせ、呆然自失な口調で呟いた。
その姿のロジャーにゆーりが近づいて、毅然とした口調語りかける。
「ロジャーさん。あなたの事情を考えるとショックなのはわかります。ですがあなたのしてきたことは許されることではありません。略奪を行い、人々を不安に陥れたことは償うべきです」
「その通りです。私は一時の混乱で、事件を引き起こしてしまいました。貴族として、いや人として統治する器はないのです」
そういってロジャーは立ち上がり、腰のあたりにあった、短剣を握り自分の首元に突き立てる。
その様子を見て俺は駆け寄り、短剣を持つ手を払う。
「何をするのですか! 誇りや名誉を失い、信頼まで失った私には、もうなにも残されていないのです。寄る辺のない濁流でもがきながら苦しむより、自らの手で死を選びます」
「おいおい。何言っているんだよ、お前。手が震えてるんだ。口ではそういうが、本当はそう望んでいないはずだ」
ロジャーの短剣を持つ手が力を失い、その場で短剣を落とす。からんと鉄の音が響く。
ロジャーの顔に涙が頬を伝う。
「お前の誇りはこう言っていると思う。私はまだ生きたい! ってな。そう簡単に命を捨てるもんじゃない」
「さっき死にかけた奴が言うセリフじゃないわね」
「同感ですわ」
「お前ら……水を差すなよ……」
俺は声がした方向へ振り向いて呟く。
そこには呆れかえって首を横に振るアガタと、やれやれという風にリボンをいじるメリエルがいた。
「だが、私は。私はいったいどうすれば。合わせる顔が……」
「と、ここでいい知らせだ。幸い盗賊の正体は誰もお前と言うことを知らないらしい。そこでお前ができることは二つある」
俺は人差し指を立て、ロジャーに見せる。
「一つ目はこのまま、逃げかえること。俺達は盗賊の頭目が死んだこととして報告する。お前はこのまま平和に暮らせるんだ。そして俺は報酬を得る。どっちもお得だな」
「もう一つは?」
ロジャーが声を震わせて聞いてくる。
そして俺はもったいぶるように、にやりと微笑んだ。
二本目の指を立てる。
「弟であるお前がアルベルト氏に成り代わって、当主の座に就く。お前が操られていたとき同様に、反乱を起こすんだ」
「あなた……私に誇りを捨てろとおっしゃっているのですか。どういう意図があるのか私には見当がつきません」
ロジャーはひどく困惑した顔をし、口を手で覆っている。俺はそれにかまわず話を続ける。
「いいや。そういうことを言っているんじゃない。むしろ人々のためにと思って提案しているんだぜ」
俺を手を広げ仰々しく、声を高らかにする。
「まずお前は、アルベルト氏に後継者争いで負けた。それをきっかけに姿を消したらしいな。それはなぜだ?」
「わ、私はその報せを聞いて衝撃を受けました。その時は私の方が当主として相応しいという自負がありました。だがそうはいきませんでした。それで子供みたいに家を出てしまいました。あまりにも恥ずかしいことです。それで私は取り返しのつかないことをしてしまったのですから」
「ああ、恥ずかしいことかもな。だが俺はお前の方が統治する才があると思う。人のことをよく思い、責任感もある。ただそれが裏目に出てしまうことが多かっただけだ。例えば小さな村を見て回ることがそうだ。それをアルベルト氏が親父に吹聴したんだろう。あれじゃ騎士の下っ端と変わらないってな」
「ええ、おそらくその通りでしょう。私がそう言われるのも無理もない話です」
「悔しくはないのか?」
「悔しいですが、もう終わってしまったことです。反乱も私の一時の気の迷いであると思います」
スクラーヴェリッターに感情を支配されたため、本人も気の迷いとしか受け止めるしかない。
「あの時はお前も操られていたからな。その悔しさをつけ込まれた形だろう。しょうがないさ」
俺はロジャーの諦めたような表情を見て、それに共感を示した。
「ただあの永劫の鏡がもし奪い返されなかったらどうなるか知ってるか?」
「それは何とかして奪い返さなければいけないのではないでしょうか。あれは代々、我がショウイゼ家に伝わるものです。あれを失うということはご先祖様に申し訳が立ちません」
きっぱりとした物言いのロジャーに俺は耳打ちをする。
それを聞いてロジャーの顔が紅潮し、怒りとしてわなわなと震えだす。
「それがなんと、あのままにするつもりだったそうだ。もう忌まわしい習慣だとなんとか言ってな」
「な、そんなことが……! 兄上、まさか当主としての誇りや威厳まで失われたといのですか!?」
「ああ、残念ながらな」
俺は肩をすくめてため息を吐いた。
「だがしょうがないな。現当主のアルベルト氏が伝統などをいらないものとして扱っているんだ。所詮俺達との関係はあくまで仕事だ。依頼人にものを渡して、報酬をもらったらそれで終わり。悪いが、ある名家の行く末なんて興味はこれっぽちもない。アルベルト氏が今後何やらかすかなんて、別の大陸の天気くらいでしか関心がないさ」
「いいえ。こうなれば話は変わります。責務と誇りを失ったものは貴族ではありません。責務とは綿々と連なる家を守り抜き、受け継ぐこと。誇りとは人を統べて守り、高潔の意志を貫くことです」
「その通りですわ。貴族がなんたるかをあなたは知っているようですわね」
ロジャーは一歩も譲らないといった強い口調で俺達に言い放つ。
その鋭く整った目には強い責任感が宿っているように見えた。
メリエルがそれを聞いて、強くうなずく。
「でもお前は俺の二つ目の案を蹴るんだろ?」
「いえ、このままではいずれこの地域は遅かれ早かれ廃れるでしょう。賊となった私に手を打てなかったのです。別の脅威が発生した時、途絶えて滅んでしまうでしょう」
場に緊張感が走り、沈黙が俺達の間を包む。
突風で近くの草木が揺れ、沈黙を切り裂く。
話を聞いていたアガタやメリエルはその風で、髪が乱れたので整えていた。
だがロジャーは動じない。俺はその堂々とした佇まいを見てにやりと笑う。
「なら、決意をしたんだな? 俺は本気でやる。後悔はするなよ」
「ええ。我が誇りに誓います。ショウイゼ家を守り、人々の平和をもたらすために、私は再び剣をとりましょう」
「よし。それじゃこれから俺が話すことを実践してくれ。すべてうまくいくはずだ」
そして俺はロジャーにこれからの作戦について話す。
俺達ではなく別の誰か――ロジャーが依頼を達成したことにすること。鏡をもってアルベルト氏の前にロジャーが登場すること。
「それだけでよいのですか?」
「ああ。あとはこっちがなんとかする。ごねられようが先手は打ってある」
俺はほくそ笑んで答えた。
「さぁて、最後の大詰めだ」
俺達は仲間に呼びかけ、勇ましい足取りで屋敷に向かう。
俺はどこか楽しさで心が弾んでいるのを感じる。
このクエストの最終局面まで大きく変えることになるが、せっかく転生したからには自由にやらせてもらう。
こうなったら不具合が起きようが知ったことではない。
俺はゲームが有利に動くように、そして面白くなるように立ち回るだけだ。




