第1章18部:再びこの地へ
強い陽光が俺の瞼をこじ開け、俺は思わず手で光を遮りながら起き上がった。
「マサキ! 大丈夫ですか」
ゆーりが俺に駆け寄って来て、抱き着いた。
「おいおい。急にどうしたんだよ」
「だって、死んでしまったのかと思いまして、その……つい……」
「こんなすぐに死んでたまるか。俺にはやりたいことがあるからな。ラインゴッドを目指すんだろ? 俺達と一緒に」
「はい……本当に無事でよかったです……」
ゆーりが強く俺の背中を抱きしめ、俺の胸で泣いていた。
ひとしきり泣き終わると、涙の雫を払い、いつもの汚れを知らぬ純粋な顔で笑う。
「ですが、もうこんな無茶はしないでください。約束ですよ」
「ああ、なんとか果たせるようにがんばるよ」
ゆーりの無垢で純粋な顔で言われたら、俺も断ることはできなかった。
「本当……あんたってバカなんだから……」
アガタが泣きながら俺に向かって話しかけてきた。
目が充血しており、顔も涙で崩れている。
俺が気を失っている間に大分泣いていたのか、声が掠れていた。
「お前が心配してくれるなんて珍しいな。今度は雨でも降るのか。それとも槍の雨か?」
「バ、バカ! 勘違いしてるんじゃないわよ! あんたがいなくなっちゃったらあたしの天才魔導士の証人がいなくなっちゃうでしょ!? だから死んでほしくないのよ!」
俺の茶化す言葉に反応して、アガタが上ずりながら言った。
その顔はさらに赤くなっている。
「で、でもあんたがいなかったら今頃あたしはもうここにはいないわ。そこだけは礼を言ってあげる。……ありがと」
「はは。本当に雨が降ってくるかもな」
「な、なによこいつ! あたしがせっかくお礼を言ってあげたのに。言って損しちゃったわ。だからあんたはバカなのよ!」
アガタが人差し指を俺に向けて言い放つ。よく見るアガタらしいポーズだ。
「ま、わんわん泣いているより。お前はそういう生意気な方が似合っているかもな」
「褒められてるのかバカにしてるかわからないわね……」
少し皮肉を込めて励ますと、アガタは困惑した顔を浮かべた。
泣かれている顔よりかは、元気いっぱいのほうがアガタらしく魅力的なのは確かだ。
「マサキ、目覚めましたのね。よかったですわ」
「メリエル、お前も心配してくれてたのか」
「当たり前、というより貴族として当然ですわ。召使とはいえわたくしに仕える人間には平等に慈しむ義務がありますの」
メリエルが髪をかき上げながら、誇らしく答えた。
「あんたさっきは、お願い生き返ってくださいませ! って必死に何度も回復魔法を唱えてた癖によく言うわよ」
アガタが口を挟んできた。
どうやら俺が気を失っている間に必死で回復を試みていたようだ。
「お、お黙りなさい! 召使を助けるのも、貴族の責務ですわ! わたくしだって必死になりますわ。次からは癒してあげませんわよ」
メリエルは余裕をかまそうとして、本当のことを言われて焦った風に取り繕う。
「召使になった覚えはないんだがな。まぁ、お前のおかげでもあるんだな。ありがとうな」
「ほ、褒められても何もありませんわ。何度も言っていますが、当然のことをしたまでですわ」
メリエルは少しだけ頬を染めて、顔をプイと俺から背けて、そのまま歩き出した。
「さっきは本当に申し訳なかった。マサキ。私はあなたを」
ミネルヴァが俺に歩み寄り、深く頭を下げた。
ひどく申し訳なさそうな顔をしている。
おそらくさっきの戦いで俺が生き返ったとは言え、重傷を負いひん死になったことに対して責任を感じているのだろう。
俺はその顔を見て、俺は首を横に振った。
「いいや。ミネルヴァのせいじゃない。あいつの攻撃を防ぎきるなんて無理な話だ。それがミネルヴァみたいな優秀な騎士でもな」
「だが、しかし……!」
自らの非を認めようとするミネルヴァに、俺は目を瞑り手の平を向け、黙っておくように合図した。
「あんなやつが相手だったんだ、仕方ないじゃねえか。そう自分を追い込むものじゃない。なんだかんだ言っても俺はこうやって生きてるんだ」
「……」
ミネルヴァは俺の言葉に耳を傾けながら、じっと立っていた。拳を強く握っているのが見える。
「互いの欠点を補うのがパーティと言うが、それは大事なことだしその通りだ。だが俺はミネルヴァの苦労も知らずに、その言葉を鵜呑みにし、頼りにし過ぎていたのかもな」
「だったら、私は」
「もっと守れるように、か? いいや違うだろ。ミネルヴァはベストを尽くした。それから先は俺達が応える番だ。まぁ今回は結果オーライって形になったがな」
俺は明るく笑い、ミネルヴァを慰めることに努めた。
「……優しくそして強いのだな、マサキは……」
「無事だったからな。だからこれからも頼むぜ、俺達の盾。いいや、ミネルヴァ。改めて言うのもなんだけど、本当に頼りにしてるんだぜ?」
ミネルヴァは顔を上げ、頬を伝う涙を拭って、そう言った。俺は変わらず笑顔で振る舞い、ミネルヴァを励ます。
太陽は依然として高く、心地よい風が俺達の間に吹く。草花が揺れ、草同士が互いに擦り会う音がした。
「さて、こうしちゃいられねえ。まだまだやることはあるんだ。キッドを放置すると後で何言われるかわからないからな」
俺はまだ抱き着いているゆーりに立つよう肩を叩いた後、立ち上がって大きな声で言った。
「そうですね。アルベルト氏のもとへ向かいましょう」
俺達はアルベルト氏の屋敷へとそれぞれ歩を進めた。ミネルヴァの傷は癒えたようで、ロジャーを担ぐ。
俺は歩きながら、少し自分の体に違和感を感じていた。
時々腕が重くなり変な違和感があるのだ。
もしかしたら目が切り裂かれた男のせいなのだろうか、と考える。
あの男は一体何者なのか、可能性、俺の転生した意味とはどういうことだ。
そしてあの男ともう一度見る機会はあるのだろうか。




