第1章17話:ゲームの謎
俺は目を覚ますと、起き上がり辺りを見渡した。また薄暗い空間である。
体のだるさは抜けており、まるで久しぶりに10時間の睡眠をとったときのような心地だ。
「やれやれ。またこんなところか。今度はどっちだ? 別のゲームの神様か?」
暗がりの向こうに椅子に座り、見覚えのある女性のシルエットは浮かんでいた。そちらの方向から声がする。
「目が覚めましたか」
その声の主はスカディであった。俺を転生した張本人だ。
「今度はあんたが俺と戦うっていうのか? 勘弁してくれ。しばらくは休ませてくれよ」
「そんなつもりはありません」
スカディはニコニコした顔で答えた。その不自然な笑顔に俺は怪訝に話しかける。
「まるでここに来るのをわかっていたかのようだが、ずっと見ていたのか」
「ええもちろんでございます」
「それじゃ俺の……」
「ええ、小さいサイズでしたね。あれは恥ずかしいですね」
俺は顔を真っ赤にして吹き出した。そして一息コホンと吐いて、本題へと入る。
「まぁいい。一度お前に会ったから都合がいい。聞きたいことはたくさんあるんだ」
俺は最初に会ったころに使っていた敬語を忘れ、スカディに言い放つ。
「なんで俺のレアリティが最低なんだ? それでスクラーヴェリッターとなんで戦うんだ。そしてあの目を切り裂かれた男は何者なんだ。これはゲームの世界なんだろ。どうなってんだよ」
「フフフ。とても気になっているようですね」
スカディは顔色一つ変えず答えた。
まるでその質問をされることを予め知っていたように。
「あなたのレアリティが1なのは仕様です。そういうものと諦めてください。ですが限界突破はありますので、それで補うことは可能です」
淡々としたまるで何度も話してきたかのような口ぶりであった。
あくまでゲームシステム内で解決する問題点らしい。
「スクラーヴェリッターと目を切り裂かれた男ですね。それはお答えできません」
スカディは笑顔を崩さず言った。
そして次の言葉を話すとき、細くなった目から覗く瞳は怪しさや不気味さを纏っていた。
「強いて言うなら不具合ですね。あなたならわかるでしょう」
「不具合ね……」
俺は納得できない風に言葉を繰り返した。
「お詫びで創蒼石ならお渡しできると思いますので、それで今回はお引き取りを」
スカディの無責任な言葉を聞いて俺はカチンと来た。
石とは仲間の召喚などに使うもので、創蒼石と呼ぶ。俺達プレイヤーはそれを略して石と呼んでいた。
入手はクエストクリアーやイベント報酬で獲得するものが多く、場合によっては運営の不具合の補てんや課金で手に入れる方法がある。
「石がもらえるっていう問題じゃねえよ。石をもらえるのは確かに嬉しい。だがこっちは死にかけたんだぞ。あんな場違いな強さの敵を出しやがって」
「そうですね。それは大変申し訳ございません。ですが死ななくてよかったですね。そしてマサキ様ならきっと乗り越えて見せると信じておりました」
「そこで一つだけ疑問なんだ。戦闘不能になれば時間経過で復活するが、死亡つまりロストした場合はゲーム同様、石を使っての復活が必要か」
「ええその通りです。ゲームの仕様通りです」
スカディは即答した。
創蒼石を使用しての蘇生は可能だ。
生き返ったとしても、得た経験値の一部や特殊イベント開放に必要な信頼度がリセットされる。
経験値リセットによる育成しなおしは手間だが、信頼度がなくなってしまうのは、この世界において記憶が抜け落ちるということなのだろう。
それだけは何としても避けたかった。
また蘇生による石のコストも通常の召喚よりも高くなっており、蘇生するよりも新しく召喚した方が得になることが多い。
「それは本当か? 例えば死んだ奴がずっと放置なんてのもあり得るが、その時はどうなるんだ」
「ええ、石を一つ使うことで復活は可能としかお答えできません」
それ以上の質問を答えることはできないという風に笑顔を崩さず話した。
「それじゃ質問を変えていいか。今この場にいる俺は?」
「マサキ様は、気を失っているだけで死んでいるわけではありません」
「そうか。それじゃスクラーヴェリッターの爪で切り裂かれた時の俺は?」
「死んでおります」
「戦闘不能、ではないということか」
俺は顎に手を当てて考え、俺が生き返った理由を考える。
二人の間に静寂が包んだ。壁にかかってある、時計の針のみが進んでいく。
「石を使ったのか? インフィニットサモンサーガでは全滅以外、戦闘中に石は使えないはずだが?」
「ええ、仕様ではその通りでございます。ですが想定外の力でマサキ様が生き返ったということでしょう。そしてその時のマサキ様のお姿については我々も存じ上げません」
「想定外か……ふぅん」
口ではわからないといっているが、どこかそこが不自然であった。
一貫してあまりにもスカディが落ち着きすぎているのだ。
あの男性の姿を見ていたのであれば逆に質問されてもおかしくない。
俺の体が一時的とはあの男性と似た姿へ変化したのだ。
そしてスカディ本人も知らないとなれば、おそらく未知の存在なのであろう。
どうやっても口を割らないスカディを見て、俺はため息をついた。
どうやら謎を解き明かすには俺の力で探すしかないようだ。
(女神様が何を考えているかわからねえが、どうやら何か企んでいるようだ。初めて会った時と態度が違いすぎる)
「わかったよ。まぁお前に転生されたからには俺は楽しく第二の人生を楽しむとするよ」
「ええ、それがよろしいかと」
スカディが満面の笑みで、声を一段階上げて答えた。
「さささ。お仲間様がマサキ様のお帰りをお待ちしていますよ」
天井から声が漏れていた。どうやら俺を呼びかけているようだ。
「……わかった。それじゃ俺を送ってくれよ」
「かしこまりました」
スカディは天からの光を俺に向かって降り注いだ。
俺は光に包まれると体が宙にふんわりと浮き始める。
そしてそのまま灯り一つない天井に吸い込まれていった。
(何だかわからねえが、おかしなことがある。スクラーヴェリッターと序盤で戦う? そんな不具合聞いたことないぞ……)
俺は宙に浮きながら、座ってこちらを見上げながら手を振っているスカディを、遠くから見下ろして考えていた。




