第1章13部:EXTRA BATTLE――スクラーヴェリッター戦
道を引き返してアルベルト氏の屋敷へ戻っている最中だが、どうも辺りの様子がおかしい。
拠点に入る前は緑が生い茂っているはずなのに、草花が枯れており、所々にと人に害を加える魔物や無害の動物が倒れていた。外的な損傷はなく、何かを吸い取られているような様子である。
俺は不安に感じ、空を見上げると青く晴れた空がどんどん曇っていき、血のような赤い色が増していく。
「待ってください! 何か来ます! とてつもない何かが!」
ゆーりが叫んだ。胸の蒼いクリスタルが光だし、次第に黒色に染まっていく。
(この演出、まさか! ありえない! そんなこと。こんな序盤にだぞ!?)
俺は嫌な予感を感じ、血の気が引いていくのを感じる。想定外と言うか仕様外なことが起きようとしているのだ。
「見ツケタゾ……貴様ハココデ逃サヌ。粉砕シ貴様ヲ……!」
目の前に辺りから蠢く黒い物体が、目玉のようなコアを中心に集まり始めた。
(嘘だろ? なんでこいつが! スクラーヴェリッターと戦うなんて、聞いてないぞ!)
俺の全身から冷汗が出てきて、呼吸が荒くなる。
他の仲間は黒い物体が集まり、巨大化していく様子を固唾を呑んで見守っている。全員に緊張が走っている様子だ。
遠くに雷鳴が轟き、赤い雲がどんどん濃さを増していく。遠くから獣の遠吠えが聞こえた。今すぐ逃げろという合図なのであろうか。
やがて黒い物体は集まっていき、俺達の身長の二倍ほどある大きさまで膨れ上がった。
全身がジェル状で、四本の大きな足と四本の太い腕が生え、頭部には凹凸がなく、コアが一つ目のように埋め込まれているだけであった。
コアがぎょろぎょろと動き、俺達を捉える。
その時のっぺらぼうな顔から口が裂けてしゃべりだす。
「貴様ハココデ殺ス。ツイニ見ツケタ。『スクラーヴェリッター』ダ。ソノ体ヲ捧ゲ我ガ糧トナレ」
スクラーヴェリッターはそういうと、腕を上げて鋭利な黒爪が姿を表す。
まさに臨戦態勢という感じで俺達に近づいてくる。
「なによあいつ……本当に気持ち悪いじゃない」
「まずい! 逃げるぞ!」
スクラーヴェリッターと戦って勝てる見込みはほとんどない。
俺達はまともに戦うようなことはせず、一目散に駆け出した。ゆーり達も危険を感じてすぐにスクラーヴェリッターから離れるように走った。
「逃ガサン。貴様ハココデ果テルノダ」
俺達が逃げる中、スクラーヴェリッターがけたたましい不快な音を鳴らした。
俺達はその声に思わず耳を塞いだ。
スクラーヴェリッターの方を見ると、全身に目玉のようなものがグロテスクに蠢き、赤黒い光を放っている。
「な、なんだこの音は……!」
「あ、頭が、割れそうですわ……」
不快な音ともに周りの風景が歪み、次第に赤い雲のようなが俺達を囲むように立ちこむ。
気が付けば俺達は赤い雲に周りを覆われ、逃げ道を完全に失った。
スクラーヴェリッターは元の姿に戻っており、爪同士で弾く音を響かせていた。
まるで今から獲物をしとめる準備は万端と言った感じだ。
「こいつはまずい……本当にまずい」
俺は思わず口を覆った。逃げる方法がなくなった以上、スクラーヴェリッターと戦うしかない。
だが勝てる算段がどうしても見つからなかった。
今の段階の俺では攻撃がろくに通らないし、ミネルヴァでもあの爪の攻撃を全て防ぎきれる保証はない。
前衛である俺達が壊滅したら、そのあとは後衛に攻撃がいき全滅は必至だ。
「はは……どうすりゃいいんだよ。こんなやつ相手に戦うなんて聞いてないぞ……勝てるわけがない。まともに攻撃が通らないんだぞ……」
俺は逃げ場を失う状況になり、力なく笑ってしまう。
ゲームをやっていた身からすれば、スクラーヴェリッターのような強敵と、この段階で戦うなんてありえないのだ。
「なに、あんた戦う前から諦めてるのよ。このあたしがいるんだから無理なんて言わせないわよ」
アガタが腰に手を当て、普段と同じような生意気な顔を俺に向けた。
「あのなぁ。簡単に言ってくれるな。お前はこいつに勝てる作戦でもあるのか?」
「あるわけないでしょ! それはあんたが考えるの。得意分野でしょ」
アガタが俺の質問に即答した。俺はそれを聞いて深いため息をついた。
「だけどね。あたしはこんなところでやられるわけにはいかないのよ。どんだけ無理でも立ち向かわなくちゃいけないって時はあるのよ。あたしは大魔導士になるって夢があるの! それまでは意地でも生き残ってやるわよ」
アガタはスクラーヴェリッターをまっすぐ見据えながら言った。決意を込めたというような眼差しだ。
「……」
俺は返す言葉が見つからなかった。確かにこの状況を切り抜けるにはスクラーヴェリッターを倒すしかない。
そうでなければ転生した翌日に終わりだなんてあまりにもあっけなさすぎる。
「アガタの言う通りだぞ。私達は仲間だ。どんだけ相手が強大でも、集まれば無理なことなんてないんじゃないか?」
「そうですわ。こんな時こそあなたの悪知恵が働くときですわ」
ミネルヴァとメリエルが次々と武器を構え、スクラーヴェリッターと対峙していく。
「マ、マサキ……私は戦うことはできませんけど。こう言ったら無責任かもしれません。でも、私達ならなんとかなると信じています。もちろん全員無事で、です!」
ゆーりが必死に俺を奮い立たせようと期待を込めた言い方をした。
ゆーりの顔を見ると精一杯笑顔をしている。
「ほら。こんな時こそ笑顔です! ピンチの時こそ笑顔ですよ!」
「ゆーりの言う通りですわ。余裕がなければ話になりませんわね。優雅に立ち回ってこそわたくしの召使にふさわしいですわ。あの屋敷の時のあなたはどこへいったのでしょう?」
俺は仲間たちの声を聞いて、頭をくしゃくしゃに掻いた後、腹を括って立ち上がり、剣を構えた。
「もうわかったよ。仕方がねえな。ここまでやる気なら俺もやるしかねえ。だがやるからにはもちろん全員生存だ! ゆーりはロジャーを連れて後ろで待機してくれ。俺達がこいつをなんとかする」
ゆーりがロジャーを引きずりながら、最後方のアガタとメリエルの後ろに移動した。
最前線にはミネルヴァが盾と剣で防御の耐性を取りながら、スクラーヴェリッターを睨み、俺がその後ろで相手の様子をうかがっていた。
(だがどうやってスクラーヴェリッターを倒すんだ。仲間の絆なんて都合のいいものがあるはずない。つまり今ある選択肢を駆使するしかないんだ。特に攻撃面や持久戦という点で後衛が頼りになる。なんとしてもアガタとメリエルの被弾を避けないと)
俺は一人でスクラーヴェリッター戦う上で重要なことを考えていた。
千変万化で弱点属性である炎に変えても俺の剣技ではおそらく傷一つつけられないだろう。
となるとダメージ源はアガタの魔法となる。
アガタのスキルで敵に狙われやすくなるため、ミネルヴァでの防御が不可欠だ。防御しているミネルヴァの回復がメリエルの役割となる。俺は遊撃のポジションに回って全体を支える役割になるしかない。
スクラーヴェリッターが腕を大きく腕を上げて、勢いよく爪を突き立てる。その狙いの先はアガタだ。
「ミネルヴァ!」
「ああ、任せてくれ!」
ミネルヴァがアガタを狙う爪を防ぐ。
その爪が四連続で襲い掛かってくる。
ミネルヴァで守られなければ即死だろう。
「くっ……! やるな……」
耐えているミネルヴァも、連続で受けきるのは難しいようで、後ずさりしながらもなんとか防いでいるという状況である。
四発目の爪を防ぐのではなく、ギリギリの間合いで交わすと、ミネルヴァが剣でスクラーヴェリッターの腕を横薙ぎで切り裂く。
連続攻撃を受けた時はミネルヴァのカウンタースキルが発動しやすくなるのだ。ミネルヴァの斬撃で傷をつけることができ、そこから体を構成している黒い物体が吹き出る。
ミネルヴァのカウンターのあと、俺がスクラーヴェリッターの足に切りかかる。
しかしほとんど傷をつけることがかなわなかった。俺の攻撃力ではまともにダメージを与えられない。
「くそ!」
「小賢シイ真似ヲ……邪魔ダ」
俺の攻撃に気づいたスクラーヴェリッターが爪で突き刺してくるが、俺はなんとかサイドステップで回避する。
伸びきった腕に再び斬りかかるが、ほとんどダメージを与えることはできなかった。
だがアガタの火球が俺の斬った跡に追撃として連続でヒットする。
それを受けてスクラーヴェリッターが低い声で唸り、慌てて腕を戻す。
「もう! 全然ダメダメじゃない! 少しは攻撃くらいしなさいよ」
「うるせーな。お前はもっと攻撃に集中しろ」
「はぁ!? 言われるまでもないわよ。見てなさい! さっさと倒してやるわよ。ヒートストーム!」
アガタが頬を膨らませて俺に返すと、詠唱を行う。火炎がスクラーヴェリッターを包み、続けざまに突風を起こし火炎をまき散らす。
強烈な風で身動きでないスクラーヴェリッターの体に炎が燃え移る。
「ウオォォォオオオ!! 味ナ真似ヲ!」
スクラーヴェリッターがアガタに向かって再び、爪を突き立てる。
それをミネルヴァが盾で防いで防御する。
防御してもダメージは受けてしまい、傷ついたミネルヴァをメリエルが回復を行い、その隙にアガタが攻撃するというルーチンができていた。
(俺の攻撃ではまるでダメージが通らない。ここではなんとかして防御力無視のクライマックスアーツを発動して大ダメージを与えるしかないな)
俺はそのパターンを見て呟いたが、このまま続けていくとこちらが疲弊してしまうことは明白だった。
俺の攻撃ではまともにダメージは与えられないが、少しでも早く決着をつけるために、アガタやミネルヴァが傷跡を付けた箇所に攻撃を加えるという形で参加した。
しかし順調に進んでいると思われたが、スクラーヴェリッターの攻撃パターンが変わる。上から突き立てる攻撃から、爪を左右に挟み込むかたちになったのだ。
ターゲットは変わらずアガタのようであった。あれを受けるのは非常に危険だ。
「ミネルヴァ! まずい! 交わせ」
だがミネルヴァはすでにアガタの前でかばう態勢を取っていた。回避は間に合いそうにない。
「うわぁぁあああ!!」
ミネルヴァが攻撃を防ぎきれずに、盾を構えている方向の逆方向に二本の爪が突き刺さる。
戦闘不能を受けるほどではないが、かなりのダメージを受けたようで、呼吸が荒くなり、刺された箇所を手で抑えていた。
このままではミネルヴァがアガタを守ることが困難になる。あの攻撃が直撃したらアガタは戦闘不能になるだろう。
俺はスクラーヴェリッターの脆くなった場所を攻め立てるように攻撃した。スクラーヴェリッターはそれに気づいたのか、コアの目玉がこちらに向く。
なんとかヘイトを反らすことに成功したのだ。
「貴様……性懲リモナク。望ミ通リ殺シテヤロウ」
スクラーヴェリッターが俺に先ほどミネルヴァをひん死にした、4本の爪で挟みこむ攻撃をしてくる。さきほどの挟み込む動きで回避が困難なのはわかっていた。
先読みで回避してもいともたやすく、その回避先に挟み込んでくるだろう。
「死ネ……蘇リシ屍ヨ!」
猛烈な速度で俺に爪が迫ってくる。このままでは直撃必至で、俺が受けた場合、戦闘不能どころか死亡する可能性まである。
「マサキ、危ないです!」
「俺を狙われるのをわかっているぜ。だが、それこそこっちの狙いなんだ! メリエル、頼む!」
「ええ、あなたのやりたいことはわかりますわ! 外しませんことよ。ライトニングバインド!」
メリエルが左右に挟まれた二本ずつの爪を、それぞれ光の輪で一本ずつに結束した。
こうすることで、動きを一つの方向に集中させた。あの爪の速度では動きを急に変えることはできない。
俺は反射的にバックステップで交わした。
スクラーヴェリッターの爪は、止まることができず互いにぶつかりあい、爪同士がえぐるよう突き刺さっていた。
「グォオオオオオオオオオオオオ!! 我ガ爪ガ……!」
スクラーヴェリッターが突き刺さった爪を引き抜こうとして、動きが止まる。
その間にアガタは詠唱を行っている。
俺はその時がチャンスとばかりに、防御力が低下した傷跡に攻撃を加え、確実にダメージを与える。
「ふふ。わたくしのおかげですわね。我ながら召使のことは手足のように理解できますわね」
「ああ、本当に頼りになるぜ。何も言わなくても判断してくれるなんてな」
「ですが、あなたみたいなずる賢いやり方が、わたくしにまで移ってるみたいで気に食いにませんわね」
メリエルは少し頬を赤らめるも、余裕たっぷりの表情のまま髪を掻き揚げる。
「なによあんたたち。あんたたちだけで楽しそうにしてるんじゃないわよ。誰が主役か教えてあげるわ! エクスプロージョンフレア!」
アガタがなぜかイライラしながら詠唱を完了し、強烈な爆発をスクラーヴェリッターの爪に放ち、黒い物体が腕ごと勢いよく弾け飛ぶ。
スクラーヴェリッターは腕が千切れてしまいうめき声を漏らす。
これでしばらくは攻撃はできないはずだ。
「再生するまであいつは無防備だ! 今のうちに畳みかけるぞ!」
俺はスクラーヴェリッターの腕再生するまで、無防備となった腹を攻撃した。有効打が決まっているとは言えないが、斬りつけるうちに少しずつスクラーヴェリッターの体が削られていく。
メリエルがミネルヴァの回復の準備を行い、アガタもまたもう一度強烈な爆発魔道を行うための準備をしている。
俺の攻撃でスクラーヴェリッターの腹に亀裂が走った。
体に出来た裂け目から、スクラーヴェリッターを構成する黒い泥状のものが吹き出し、俺の体が返り血のように黒く染まる。
スクラーヴェリッターの体が少し萎んだ。そこにアガタが再び腕を吹き飛ばしたものと同じ爆発魔法を撃ちこむ。
スクラーヴェリッターは慟哭を上げ、膝をつき、コアである頭を下げた。
もはや腕の再生よりも体の再生を優先している。
ついにスクラーヴェリッターは完全に無防備な状態となったのだ。
「今です! 総攻撃の準備を!」
「ああ! 仕掛けるなら今が絶好の機会だ!」
後方からのゆーりのアドバイスを聞き、俺はクライマックスアーツの準備をする。
どこからともな力が沸き上がるのを感じた。
「準備はよくってよ。誰に逆らったか教えてあげますわ」
「ああ、さっきはすまなかったな。もう準備万端整った、いつでも任せるがいい」
「あーはっはっはっは。あたしの力が必要ってわけね。いいわよ。あたしの真の力見せてあげるわ」
仲間全員から昂るようなオーラが見える。
メリエルは余裕な表情で、ミネルヴァは精神を落ちつけながらも剣を上段に構えながら強く握っている。
アガタは高笑いをしながら、手の魔導書のページが凄まじいペースでめくられている。
「まずはわたくしですからね」
杖を掲げ光が灯った後、スクラーヴェリッターに杖を向ける。するとスクラーヴェリッターに無数の爆発を包み、最後に強い光とともに弾け飛んだ。
「無数の光よ。高貴なる光の名のもとに彼の者を浄化せよ。
『ノーブルシャイニング』!
さぁ、ミネルヴァ!」
続いてミネルヴァが剣を地面に叩きつけ地走りを放ち、怯んだスクラーヴェリッターに地面に剣を引きずるように走らせながら、勢いをつけて斬り上げ、そのあとに盾を前に構え体ごと突っ込む。
「皆を守る力を私に! 覚悟するがいい!
『ロードオブナイト』!
マサキいまだ!」
「俺の出番だな。お前にこれが耐えられるか!」
我流の剣による、がむしゃらのようだが的確に相手に有効な攻撃として切り裂き、相手に休む暇を与えぬよう体術を繰り出す無数の連撃を行う。
「型はないが、俺はこっちの方が性に合っているんでね。受けてみな。
『無限乃無型』!
アガタ! 最後はお前に譲ってやる」
「あたしがシメね! バカキもいいところあるじゃない」
アガタがスクラーヴェリッターの周りに無数の爆発魔法を放つ。
「あら? これではあなたわたくしと一緒ではなくて?」
「お嬢様は口を挟まないでちょうだい。ここからが未来の大魔導士、天才にして最強のアガタ様の真骨頂なのよ」
スクラーヴェリッターが爆発に怯んだ隙に、アガタが風を利用した高速移動で懐まで飛び込む。
そしてほぼ零距離の位置で、スクラーヴェリッターの頭に両手をかざした。
「さぁ! 恐れおののくがいいわ! あたしの才能と底知れぬ魔力に!
『クリムゾンバーニング』!」
両手から魔方陣が出たと同時に、真紅の火炎がスクラーヴェリッターを包み焼き尽くした後、無数の光とともに猛烈な爆発した。
「グォオオオオオオオオ!! 貴様ラゴトキニ!!」
スクラーヴェリッターが断末魔の叫びのようなものを上げる。
黒い物体は蠢きながらも四散しており、残りはむき出しとなったコアだけになっている。
アガタは決まったと言わんばかりに自信満々な顔で片腕を横に広げ決めポーズを取る。
「やりました!」
ゆーりが全員のクライマックスアーツが決まり飛び跳ねて喜んだ。
だが俺は油断せず、剣を構えていた。
(こいつには第二形態がある。この連携で倒しきれれば……)
俺は心の中で、爆風の中にスクラーヴェリッターが残骸となった後に消滅することを期待していた。
これ以上にない仲間の連携を与えたのだ。
消滅しなくても、ひん死であればなんとかなるが、果たしてどうだ。