プロローグ1:召喚と転生
俺は望まれているのか、それとも疎まれているのか。無数の確かな記憶と、確かな仲間達、そして少しの不具合を含みながら俺はそれを確かめることになる。
俺は隙間からまばゆい光を放つ扉の前に立っていた。
ドアノブを触ってみたがどうやらこちらから開けることはできない。ふぅと一息ついてしばらく待つと、向こうからドアノブを回す音が聞こえた。
扉が少しずつ開き、光がだんだんまばゆくなり薄暗い空間が段々鮮明となってくる。完全に開くと扉の前に俺より小柄の少女がびっくりした顔で俺を見つめていた。
プレイヤーとなる主人公は新米召喚士という設定で、俺を召喚しているのだから無理もない。
俺はもう一度一息ついてから、その少女に台本通りに自己紹介を始めた。いかにもかっこよく、俺が大当たりであることを感じさせるように。
「やぁ、俺は東国の流浪人、マサキ。これも修行のうちだ。よろしく頼むな」
そして俺は頭上を見上げた。そこには星が一つ、レアと書かれていた。
なんということだ、と俺は開いた口がふさがらなかった。俺はこの世界におけるランクが最低のレアである1――言ってしまえば戦闘経験皆無のパンピーくらいのものだ。
しかも格好を見れば、驚いたことにこの世界に合わせた服装ではなくジャージ姿であり、脇に安そうな剣があるだけであった。
驚いた俺はあどけない少女の緊張した声を聞き、はっと我に帰り、少女を見つめた。
「わ、私は召喚士のゆーりです。遠くへ旅立った両親を探し、幻の大地ラインゴッドを目指しています。これから宜しくお願いします!」
「ゆーりっていうのか。これからよろしくな」
「あ、あの私、人を召喚するのは初めてで、まさか成功するなんて……」
ゆーりは見た目でみるなら15歳ほどで俺より一回り以上幼い。
そして抱えている杖は俺の目線まで高かった。
全身を灰色のローブで覆い、年季がはいっているのかくすぶったような黒い汚れや、ところどころに修繕したような縫い目がある。
胸元には首から青い水晶のペンダントをぶらさげている。
猫耳のフードを脱ぎ、黒いボブカットを揺らしながら頭を下げる姿は小さい人形そのものである。
顔を上げたゆーりの顔はハラハラしており、年の割には幼い印象を受けた。
一生懸命自己紹介したゆーりに対して、俺は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「まぁこんなことしながら言うのはなんだけど、レアで悪かったな」
俺が少し意地悪に聞いてみると。ゆーりは首を強く横に振って否定した。
ゆーりは年相応にはっきりものを言うタイプではないのかもしれない。
だが彼女はこれからの冒険の中で妙な意志の強さや強引な行動をとることを俺は知っている。
それもこれも、これは俺がはまっていたソシャゲの世界なのだ。
俺は海道正樹というしがないフリーターだった。大学生活でインフィニットサモンサーガというソーシャルゲームにはまっていた。
最初は周りがやっているのを見て誘われる形だった。
誘われたといっても紹介することによる特典目的であり、そこから友人はできるものではない。
俺もそこは重々承知であり、以前からインフィニットサモンサーガに興味があったのだ。
グラフィックも実写化と思うほど高解像度で、キャラクター育成のやりこみ要素が豊富、そして何よりもキャラクターが魅力的なのである。
頼りになるナイトや中二心をくすぐる魔剣士から清楚なヒーラー、心まで打ち抜きそうなきわどい格好をした弓使いと、王道ファンタジーRPG好きな俺はその世界観に魅了された。
さらにアップデートも頻繁であり、キャラクターの追加をはじめ、既存キャラクターのテコ入れも積極的な運営の姿勢に、自然にそのゲームがライフワークの一つとなっていた。
スタミナ管理は当たり前、ストーリー攻略か課金で手に入る青宝石を消費してランダムでキャラクターが手に入るガチャを、定期的にキャラクターが追加されるたびに行っていた。
順位を競うイベントにも常に上位に入れるよう毎日そのゲームを遊んでいた。
インフィニットサモンサーガが最初はありがちなソシャゲだと思ったが、遊ぶうちにキャラの魅力に取りつかれ、いずれ生活の一部となり、次第に生活の中心となっていたころには、俺は学校をやめ、フリーターとなっていた。
フリーターになって自ら稼ぐことで課金に関しては困るどころか満足しかない。
しかしイベントをこなしたり、ゲーム内順位で一位を固執するあまり、生活費の大半がそのゲームに費やされることになる。
バイトの同僚からも顔色を心配されたような気がするが、俺は全く気にかけずイベントの動向や、最も効率的にボスを倒せる編成のことしか頭に入らなかった。
そしてある日のことである。イベントを無事完走し、今回も順位が一位になったことを確認すると、俺は意識が飛んでそのままうつ伏せで倒れた。
「大変お気の毒ですが灰原正樹は栄養失調で死にました。ソシャゲに課金しすぎてご飯も食べれずに死ぬなんてよほど大馬鹿ですね」
そこには白いローブを着たいかにも女神という姿をした女性が座って、呆れた顔で俺を見ていた。だが俺はその女性が何者かを知っている。
彼女はインフィニットサモンサーガの世界における大地の女神、スカディなのである。物語中に姿を現し、力を貸してくれたり、時には試練として戦闘する大型ボスなのだ。
麗しい女性の姿をしており、キャラ人気もあり、いつガチャ排出キャラになるか俺は心待ちにしていた。
「あっはっはっは。何言っているんですか、確かに俺はインフィニットサモンサーガが好きですけど、そんなことないじゃないですか。もしかしてもうすぐスカディ様が排出されるってことですか」
「あなたは何を言っているのですか。あなたは死んだのです。その証拠に見てください」
そうスカディが言うとモニターが頭上から現れた。そこには仏壇に俺の遺影が映っており、奥では家族が能天気にテレビを見ているのだ。
「ね。わかったでしょ。あなたは死んだのです。ゲームのやりすぎでね」
当初はいきなりゲームキャラが出てきて、死の宣告されたのでもしや夢の一部かと思う。
しかし証拠に映像まで見せられて俺の居場所がなくなるとなると俺は事の重大さに気づいた。
映像がリアルタイムに動いておりどう見てもねつ造したものには見えない。
「それじゃ俺はこれからどうなるんです? ゲームのやりすぎでゲーム地獄に落とされて永遠にクソゲーをやらされるんですか。操作性劣悪で敵が無駄に固いアクションゲームや、一向に対戦相手が見つからない格闘ゲームや、いきなり敵のレベルが上がって全滅したりあらすじがわからないRPG、ヒントが全く分からないアドベンチャーゲーム、これらを全部やるんですかー!!?」
かなり焦っていた。
それもそうだ。いくらなんでも死ぬまでゲームやるとは思わないのだ。
ゲームのやりすぎで死ぬとはまさか考えてもない。
「いや、そうじゃないわ。あなただってそんなこといやでしょ?」
スカディはため息をついた。少しだけ口元をにやりとさせながら。
「そうだけど、なら何をすればいいんですか」
「あなたにはインフィニットサモンサーガの世界に入ってもらうわ。主人公じゃなくてパーティメンバーとしてね。そこでクリアーまでナビゲートしてもらいます」
「え、いや、マジっすか」
スカディの言葉は俺にとって願ってもないことだった。人生の中心であるゲームの世界に入るのだ。
しかもかなりやりこんだゲームである。ボスの攻略法や弱点、ボスごとに発生するギミックに関しても理解している。
俺は喜んでスカディの言葉に頷いた。
「それじゃちょっと退屈だけど薄暗い部屋に飛ばされるので、そこで待っていてください。直に扉が開いて召喚士の方が出てきますので、そうなったら部屋に置いてある設定メモに沿った自己紹介をしてください」
「ところで俺のロールとかレアリティとかってわかりますか。あとキャラ設定の自己紹介とテンプレートとか」
「そんなものは今は決まっていません。召喚された時に発表されます。それとさっき自己紹介はメモに沿ってと言いませんでした?」
スカディは淡々と返事した。俺の質問には答えられないようだ。
だが問題ない。だが俺の知識ややりこみさえあればインフィニットサモンサーガはクリアーまで導く自信がある。俺を召喚したプレイヤーは相当な幸運に違いない。
「さ、早く準備してください。イベント中でガチャのペースが速いから、すぐ名前を呼ばれるかもしれません。さっさと仕事を済ませたいので」
「了解しました。まぁ見ていてくださいよ。俺があっという間にクリアーしますよ」
そういうと俺は宙に浮いた後そのまま真っ暗な天井に吸い込まれていった。
その時ちらっと見降ろした時のスカディの顔が完全に俺への興味を失っていたのが気がかりだ。
そして気が付けば薄暗い部屋に待機させられていたのだ。
と、そんな風に俺はインフィニットサモンサーガのガチャ排出キャラのマサキとして転生した。
元のゲームを知っているため、召喚士であるゆーりが話したラインゴッドという地について多少は知っている。
ゲーム内では空想上の地域とされ、神話のものとなっているが、実際に存在しているのである。
そこには物語の核心に迫る物語があるのだが、アップデートの都合上、俺がそこまでプレイするまでに人生のゲームオーバーをしてしまったのだ。
始めまして山崎ジャスティスと申します。
小説投稿サイトに投稿するのは初めてなのでいささか緊張しています。
何か感想をいただけますと幸いです。
なんとか話をまとめていけるよう頑張っていきます。