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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

現実の夢

作者: 冬木香

 ・・・ドン、ドン、ドン、ドン、ドン・・・

 天井から響く音で目が覚めた。

 いや、今しがた眠りに落ちたところなのかもしれない。

 これが夢なのか、夢から覚めたのか、僕には判断がつかなかった。

「ここはどこだろう」

 周りは壁に囲まれていて、寝返りを打つことさえままならない。

 光は一切なく、真っ暗闇である。

 そして、腹には管がつながれていた。

 その管はしっかりとつながれているため外すことは出来そうもないし、それが外してもいいものなのかどうか、ということすらわからなかった。

 それどころか、今まで何をしていたのか、自分が誰なのか、記憶といったものが何一つ残っていない。

 天井から響く音は一定のリズムで今も鳴り続けている。

「僕以外に誰かいるのだろうか。その誰かが僕をここへ閉じ込めたのだろうか」

 そんなことを考えはするものの、情報が少なすぎるため答えが出るわけもなく、考えるだけ無駄であった。

 わかっていることは、光も入らないとてつもなく狭い部屋に閉じ込められているということだけだ。

 しかし、なぜか恐怖というものはなく、天井から響くその音に耳を傾けていると心が落ち着いてくる。

 しばらくその音を聞いていたが、一定のリズムを崩すことはなかった。

 そうしているうちに考えることを忘れて、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。


 次に目が覚めた時も、やはり天井から響く音は一定のリズムで鳴り続けていた。

 そして、今まで何か夢を見ていた気がするが、その記憶は目覚めてからだんだんと薄れていくことに気が付き、これが夢ではなく現実なのだろうと思った。

「何かしなければずっとここに閉じ込められたままになってしまうかもしれない」

 そう思い自分の体より少し広いだけのこの部屋の壁を蹴とばした。

 すると天井から響いてくる音とは違い、この部屋の外から音が聞こえてきた。

 トン、トン、とそれは壁を叩く音のようで、やはり外に誰かがいるのは間違いない。

 もう一度壁を蹴ってみると、次は女の人の静かな、優しい歌声が聞こえてきた。

 それと同時に、なんだかうれしくなってきた。

 しかし、それは僕の感情ではなかった。

 僕の頭に直接、誰かのうれしいという感情が流れ込んできたようだった。

 どうしてなのかはわからないが、それが外から聞こえてくる歌声の主だと直感した。

 しばらくその歌声を静かに聞いていた。

 この人は僕がここにいるとわかってうれしかったのだろう。

 頭に流れ込んできたものは、ただの感情であり、具体的なものではなかったが、なぜだかそんな気がしていた。

「この人は僕の味方だ」

 これが僕の出した結論だった。

 そしてこの優しい歌声を聴きながら、また眠りに落ちていくのだった。


 足に痛みを感じて目が覚めた。

 その原因はすぐに分かった。

 ごん、と何かが僕の腹を攻撃してきたのだ。

 それは外からのものではない。

 この部屋に閉じ込められているのは僕一人だと思っていたが、ほかにも誰かいたらしい。

 しかし光がないこの部屋では“見る”ことはできない。

 相手の正体を確かめるために、気配のする方向に向かって手を伸ばす。

 すると驚くことに、密着するほどの距離にその相手はいたのだった。

 僕と同じ人間で、体格もさほど差はないだろう。

 触りまわす訳にもいかないが、この狭い部屋に閉じ込められているのだ。

 確かめる必要もなかった。

 さっきはおそらく足で蹴られたのだろう。

 しかし、敵意というものは感じない。

 故意にやったことではなかったようだ。

 そして敵ではないのであれば、どうしてここにいるのか、ここはどこなのか、聞きたいことは山ほどあった。

 しかしどうやって聞けばいいのか、ということすらもわからなかった。

 言葉、というものも忘れてしまったのだろうか。

 あるいは元から知らなかったのかもしれない。

 それに、聞いたところで僕のように相手もなにもわかっていないのだろう。

 僕はとりあえず、何もせずに様子を見ていることにした。

 すると、この前僕がやったように壁を何度か蹴りだした。

 そして、僕がやった時と同じように、またあの優しい歌声と共にうれしいという感情が流れ込んできた。

 しかし、今回は僕はうれしいとは思えなかった。

 僕に向けられたものではなかったからである。

 それが何とも気に入らなかったので、僕も壁を何度か蹴とばしてみる。

 すると、今度は楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 そして、トン、トン、とこの前と同じように壁を叩く音がして、また歌声が聞こえてきた。

 僕はそれが自分に向けられたものだと確信して、安心すると共に眠りに落ちて行った。


 僕は水の底に沈められていた。

 そこは光も届かないほどに深い。

 水面まで這い上がろうと思うのだが、どれだけ泳げばいいのか見当もつかない。

 だんだんと息苦しくなってきた。

 早く水面へ出なければ死んでしまう。

 そう思いながらもだんだんと意識は薄れてきて、泳ぐことさえもままならなくなってきた。

 そして限界になり、もう死ぬのだと覚悟して、水を吸い込んでしまいそうになったところで目が覚めた。

 目が覚めてもそこは暗かった。

 夢から覚めても苦しかった。

 そして、自分の首のあたりに手を伸ばしてみると、僕と一緒に閉じ込められているもう一人の右腕が僕を押さえつけていた。

「このままでは死んでしまう」

 実際そこまで強い力をかけられていた訳ではなかったのだが、さっきまで見ていた夢の余韻で本当に死んでしまうかと思った。

 僕は相手の腹のあたりを蹴とばした。

 僕の首を押さえつけていた腕はすぐに解けて、苦しさはなくなった。

 少しの間僕は警戒して構えていたのだが、ただ寝相が悪いだけのようで、壁を蹴とばしたり殴ったりしていた。

 僕の足や腹を蹴とばしてきたときも、今と同じく眠っていたのかもしれない。

 しかし、今回は壁を何度も蹴ったり殴ったりしていたのに、いつもの優しい歌声は聞こえてこなかった。

 なんだか寂しくなった。

 僕も壁を蹴とばしてみようかと思ったのだが、眠っているのなら起こしてしまうかもしれないのでやめることにした。

 そして次に目覚めたときには、またあの優しい歌声が聞けるだろうと思い、僕も眠りにつくことにした。

 天井から響く音はいつもより少し速いリズムで鳴っている。

 しかし僕は特に気にすることもなく、いつも通り眠りに落ちていくのだった。


 何かとてもいい夢を見ていた気がする。

 思い出すことは出来ないのだが、とても幸福な気持ちで目が覚めた。

 しばらくはその夢の余韻に浸っていようかと思ったのだが、かすかに残った幸福感もすぐに薄れて消えていってしまう。

 思い出とは違い、夢は簡単に記憶から消え去り、なかったものになってしまうのだ。

 そう思うと、記憶のない自分の現実を思い出し悲しくなった。

 そしていつもの優しい歌声がとても恋しくなった。

 だから何度か壁を蹴ってみることにした。

 しかし、外からの反応はなかった。

 しばらくの間、外の様子を少しでも探ろうと耳を澄ませていた。

 すると、もう気にならなくなっていた天井から響く音が突然耳に入ってきた。

 ・・・ドッドッドッドッドッ・・・

 と、いつもより早く、大きな音だった。

 そして頭には、苦しいという感情が流れ込んできた。

「あの人が苦しんでいる」

 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。

 しかし、ここに閉じ込められている以上は何もすることは出来ない。

 そんなことを考えている今も、頭には、苦しい、苦しい、という尋常ではない苦しみの感情が流れ込んでくる。

 そして、いつもと違う状況に不安を感じていると、大きな音と共に部屋が揺れだした。

 揺れている時間は短時間だったが、まるで部屋がひっくり返ったかのようだった。

 中にいる僕には何が起きているのかはわからないが、ものすごい揺れと衝撃だった。

 外で何かが爆発でもしたのだろうか。


 揺れと共に僕のむかいで眠っていたもう一人は目を覚ましたらしく、寝ていた時とは比べ物にならない勢いで暴れだした。

 すると壁の向こうから苦しそうなうめき声が聞こえてきた。

 それは、間違いなくあの優しい歌声の主だった。

 頭には今まで以上に苦しいという感情が流れ込んでくる。

 しかし、僕は人のことを考えていられる状況ではなくなっていた。

 もう一人が目を覚まして暴れだしてから、今もずっと僕は殴られたり蹴られたりしているのだ。

 僕は僕自身の心配をしなければならなくなった。

 何度も腹を蹴とばされた。

 何度も首を殴られた

 とてつもなく苦しかった。

 最初は身を守っているだけだったが、このままでは本当に死んでしまうと思った。

 僕は相手の動きを止めるために腕や足をつかもうとするのだが、何も見えないこの部屋の中なのだ、そう簡単にはいかない。

 そんなことをしているうちに、今度は首を掴まれて押さえつけられた。

 もうなりふり構っている場合ではなくなった。

 僕も相手の首に手を伸ばし、首を絞めようとした。

 しかし、思った以上に相手の首が太いうえ、僕の力は弱かった。

 記憶がない間、僕はずっと眠っていたのだろうか。

 だから力が落ちているのかもしれない。

 どうしたらいいかわからなくなった。

 そして焦っていた僕は、とっさに右手で相手の腹につながっている管を掴んだ。

 両手で握ろうと管に向かって左手を伸ばすと相手の管には結び目のようなものがあった。

 その結び目を両手で引っ張り足を使って引き伸ばし固く結ばれるようにする。

 すると相手の首を絞める力がだんだんと弱まってきた。

 しかしまた足をバタバタと動かしだしたので、僕は足や腹を何度も蹴られて手は離れてしまった。

 今度は精一杯、出来る限りの力を込めた。

 また何度も蹴られたりしたが、手は絶対に離さなかった。

 そして相手はだんだんと動かなくなっていった。


 動かなくなってからも僕は手を離さなかった。

 起きているときはもちろん、寝ているときも離さないようにしていた。

 どれだけの時間が経っているのかも分からない。

 数日か、いやそれ以上経っているかもしれない。

 ふと、我に返るとハッとしてすぐに両手を離し、胸の前で祈るように手を組んだ。

「初めて人を殺してしまった」

 だんだんと実感がわいてきた。

 だが、悩んでいる暇はなかった。

 天井から響く音は今までとは違い、だんだんと遅く、小さな、静かな音になっていた。

 しかし、壁の向こうは騒がしく、聞いたことのない人の声や、様々な物音が聞こえてくる。

 そして、頭に流れ込んでいた苦しいという感情も、いつの間にかなくなっていた。

「あの人は助かったのだろうか。」

 そんなことを考えていると、壁から光が入ってきた。

 ・・・ピーーーーーーー・・・

 誰かが僕を部屋の外に引き出した。

「逆子の双子で帝王切開をしたが、臍帯結節で一人は死亡、生き残ったのはこの子だけか」

 僕を抱いている人が何か喋っている。

 ・・・ピーーーーーーー・・・

 だが僕には何を言っているのか分からない。

 外は光があふれていた。

 光のない部屋にいた僕には、あまりにまぶしくて、目を開けることができなかった。

 だがその光はまるで、朝の陽ざしを浴びて夢から覚めるような感覚だった。

 僕はいま初めてこの世界に生まれたのだ。

 ・・・ピーーーーーーー・・・

 今までの出来事はまるで夢のように忘れていく。

 双子の兄弟を殺したことも、命をかけて双子の幸せを願った母親の最後の希望を、僕自身が壊してしまったことも。

 誰もしらない。

 それは現実に起きた、ただの夢に過ぎないのだ。

 ・・・ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・

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