・9・魔王サマ不在の件について
そもそも、ロベリアの生きるこの世界には、”王”が四人存在する。
全ての人の祖、原初から今に至るまで生きる”精霊王”。
その精霊王から最初の人、精霊族が生まれた。
そして精霊族の一人が地竜と子をなし、生まれたのが魔族の祖となる”魔王”。
次に生まれたのが、精霊族が大狼と子をなし、獣族の祖となった”獣王”。
最後に、精霊族の禁忌である流血を犯し、「格」を堕とした精霊族の子であり、妖精族の祖となる”妖精王”の四人。
”王”はその種族の祖であるがゆえに、その種族に無条件の畏敬と敬愛を抱かれる存在であり、唯一無二の存在である。
精霊王は、原初の世界から今に至るまで精霊族および全ての種族からの敬意を持って扱われる。
獣王と妖精王は、寿命によってその肉体は朽ちるものの、その血を引く一族の中から新たに肉体を経て転生を繰り返し、それぞれの界に君臨している。
そして、ロベリアたち魔族の崇めるべき魔王は、不幸なことに、数千年前に消滅してから現在まで存在していなかった。
千年を超えて生きる魔族ならともかく、今生きている魔族のほとんどにとって魔王は物語の中の存在であり、その消滅の原因を知る者も皆無である。
それはまだ300年ほどしか生きていないロベリアも同様であったが、ちょっとした偶然とおもにロベリアの好奇心によって、ロベリアはその当時の出来事を精霊王から教えられていた。
それは、初代の魔王が双子であったことから始まる。
他の”王”と魔王は、”王”が二人であるという点で決定的に異なっていた。
そしてそれゆえに、唯一であるはずの”王”に初代、2代目とつく事になった要因が、双子の”王”の魂の共有であった。
獣王と妖精王は、死しても新たな肉体に魂が宿り、その意思は同じままに受け継がれている。
しかし、双子であった魔王は二つの意思でありながら、その魂は二人で一つであった。
片方の死がもう片方の死に繋がるという事実が判明したのは、不幸にも初代の魔王の兄が亡くなった後。
弟も後を追うように亡くなり、魔族たちは絶望の淵に放り込まれたように嘆いたという。
しかしそれだけなら、他の種族でも”王”の死の際には同様に種族全体が悲しみに襲われるものである。
本当の絶望に魔族が気がついたのは、”王”の死から待てども待てども魔王の転生が起こらない、数百年経ってからだった。
魔王の血筋である地竜の一族からはもちろん、魔界全土のどこにも、魔王は現れない。
魔族にも当然双子は生まれていたものの、なぜか魔王は転生してこない。
辛抱強さとは無縁な魔族であるが、それでも数千年待っても、とうとう魔王は還ってこなかった。
そして、ついに痺れを切らしたとある魔族が、魔王を復活させる儀式を創り出してしまった。
その方法が書かれたものこそが、ロベリアがうっかり隠された地下から持ち出して、うっかり図書館に置き忘れ、うっかり魔王復活信奉者に見られてしまった【半身の書】だったのである。
その儀式は魔族らしく、他の犠牲を厭わない、それどころか儀式の行使者すら犠牲を払わなければならないものであったが、”王”とは己の命よりも尊いものであり、日常的に命のやりとりを行う魔族たちはそれを実行した。
そして誕生したのが、2代目魔王。
しかし、儀式によって復活したのは、始まりの魔王そのものとは全く異なってしまっていた。
それでも魔族たちにとって”王”であることは変わりなく、それ以降、魔王が亡くなる度に儀式は行われ、魔王は12代まで誕生と消失を繰り返した。
その儀式の存在は特定の種族の、それも資格をもつ数人にとどめられ、魔族たちのほとんどはただ純粋に魔王を慕っていた。
悲劇が起こったのは、その機密さゆえに、儀式の詳細を知る者が数人しかいなかった事が要因の一つだろう。
13代目の魔王――ロベリアの知る最後の魔王が死を迎えた、消滅したのは、予想外の出来事だったという。
本来しかるべき手順をもって継承される儀式の知識が継承されないまま、魔王とその周辺の魔族が亡くなってしまったのである。
それによって魔王復活の秘儀は失われ、現在にまで至る魔王の不在という状況が出来上がってしまったのだった。
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