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・8・「はいっ!ご報告させて頂きますぅぅぅ!」

・・・さて、身体的にも精神的にも癒されたロベリアは、翼をはばたかせ、高い樹木の上へと舞い出た。


数十mを超える樹々のその上となれば、そこはすでに上空で、精霊界を見渡す事ができる。


緑の"摂理"に囲まれた世界はそのほとんどが森林で、世界の中心には頂上の見えない巨木――いわゆる世界樹が鎮座している。


太さは竜が十匹囲んでもまだ足りず、高さは途中で雲に覆われて知る事は叶わない。


世界が始まった時より存在するというその巨木の頂上に、かの精霊王はいるのである。


ロベリアは自身の姿と荷物をここで確認した。


"王"である精霊王に謁見するからには、正装である氷竜の魔族のドレスとケープを着なければならない。


荷物は貢物のリャンメニカの布、そして(くだん)の【半身の書】。


精霊王への謁見はすでに予定されているものであるから、彼女が今世界樹に向かっても、とりあえず門前払いされる事はないだろう。


加えて、緊急事態が発生しているから謁見は可能なはず、とロベリアは自身を奮い立たせて、精霊界の中心へと飛行した。


飛んで飛んで、少しずつ高度を上げ、世界樹の枝の一つ、広場のようになった場所へとゆっくりと着地する。


そこには淡い翠の長い髪に瞳、長く細い耳、外見からは性別の窺えない、白と緑を基調とした服をまとった精霊族が一人。


現れたロベリアを感情の浮かばない瞳で迎えた。


ロベリアはすっと跪いた。


『その方は何者か』


滑らかな、低い声が問う。


どうやら男性のようである。


「我、氷竜の血を引きし魔族、ロベリアと申す者。我らが祖、精霊王と相見える事を約束された者。交わされた約定により、定められた捧げ物を持参した次第」


スラスラとロベリアは口上を述べ、リャンメニカの袋を差し出した。


男は音もなくするすると歩くと袋を受け取り、


(おの)が正体を示せ』


と、袋に向かって囁いた。


数秒袋を見つめていた男は顔をあげ、袋をロベリアに返す。


『確かに』


首肯した男はくるりと背中を見せ、滑るように歩き出す。


立ち上がって、ロベリアはその後についていった。


男が進んだ先には、世界樹の硬い苔むした樹皮が立ちはだかる。


そこに手を向け男が何事かを呟くと、樹皮が朧に揺らめいたと思えばやがてぽっかりと穴を開き、そこに世界樹のなかへと続く階段が現れた。


男は入り口の脇に立ち、手で中を示す。


ロベリアは一度男に膝を軽く曲げて礼をし、足早に階段を登り始めた。


入り口が見えなくなった所で、ドレスをたくしあげ、魔族としての全力で駆け上がる。


世界樹はとにかく高いのだ。


悠長に登っていたら、頂上に着くのに一日でも二日でも平気でかかってしまう。


精霊界に居る手前、精霊族への礼儀としてお淑やかな振る舞いもするが、この階段を登る時だけは魔族らしく膝をまでさらして爆走する事にしていた。


それでいて、階段が終わるのには一刻以上かかるのだから、正直気が滅入ってくる。


気が長い精霊族ならではの仕様なのだろうが、ロベリアはこの階段を登るくらいなら飛んだ方が絶対早い! と毎度思っていた。


世界樹の内側には、光を放つ苔とキノコが群生し、幻想的な景色を作り出している。


爆走しつつ、その光景を堪能しながら、ロベリアは上昇を続けた。


やがて階段の終わりが近づいてきたところでドレスを調え、いかにも歩いてきましたというように静々とした動作で出口をくぐる。


そこは世界樹に降り立った場所と似たような広場になっており、今度は肩口ほどの髪の精霊族が一人、同じように無表情に立っていた。


ロベリアが跪くと、その精霊族は音もなくそばに寄り、


『先触れは届いている。王がお待ちだ』


と静かに告げた。


立ち上がったロベリアは、膝を曲げる礼を送ると、氷色の瞳を精霊族の後ろに向けた。


視線の先には、大樹の広がった枝々が形成する籠のような空間。


大地と錯覚しそうなほど太い枝の一本の上に一人――少年がいた。


短い、若葉色の髪。


反対に底の見えない深緑の目。


体つきは華奢だが少年らしく骨ばっている。


白い簡素な服をまとい、足は裸足。


彼女の存在に気がついていないかのように、彼は宙を見つめて微笑んでいる。


ロベリアは少年の下まで歩み寄ると、気負うこともなく声をかけた。


「・・・精霊王サマ」


呼びかけに、彼はすっと顔を下に向けた。


その身体は不可思議なことに、かすかに白い光を放ち、背後の景色が透けて見えて(・・・・・・)いる。


少年はロベリアを認識すると、ふわりと笑みを深くした。


『やぁ・・・よく来たね、ロベリア』


少年特有の、高い涼やかな声音。


そう、この少年こそが世界の原初より今に至るまで生きる、全ての人の祖先――精霊王その人であった。


精霊王が座っていた枝から身をおどらせれば、重力を無視した緩やかなスピードでロベリアの前に降り立つ。


「えっとー・・・」


ロベリアは、王城での自身の失態について報告するか、それともリャンメニカの袋を渡すかで悩み、とりあえず袋の中から【半身の書】を取り出した。


そして、白い柔らかな袋を精霊王に差し出す。


「どぞ。カマクラ蜘蛛の糸でできた布です。リンめっちゃ喜んでましたよー」


『そう。それはよかった。魔界で生きる者には想像もできないような味だろうからねぇ』


それにうんうんと頷き、精霊王はリャンメニカの袋を受け取り、いつの間にかロベリアの背後に立っていた先程の精霊族に手渡す。


ロベリアは気づいていなかったのか、わずかにびくっとした。


(いつも思うけどっ・・・精霊族、気配無さすぎぃぃぃぃ!)


魔族としてかなりの強者にあたるロベリアであるが、その彼女でさえ気配を悟らせないほど、なぜか精霊族はみな存在感のようなものが希薄であった。


バクバクする胸をそっと押さえ、ロベリアは精霊王に視線を戻してまたびくりと肩を浮かせる。


一瞬前までそこにいた少年の姿が消え、ロベリアより頭二つほど背が高く、体つきもがっしりとした、肩下まで髪を伸ばした青年がいたからである。


青年はびっくりと顔に描くロベリアに気がついていないのか、不思議そうに首を傾げる。


『・・・それで、他に何か用事とかはあるのかい?』


先程の少年と同じ色合いの髪を揺らし、しかし、その声は成人した男性らしい低い穏やかなもの。


「あーっとぉぉぉ・・・・・・」


ロベリアは驚きはしたものの、その現象そのものには気を留めず、気まずそうに口を濁す。


胸中にうずまくのは自身が犯してしまった失態と、それが及ぼす影響に、精霊王の反応。


否、精霊王の反応は概ね予想できている。


ロベリアが彼と相対したのは両手で数えられるよりは多く、ある程度の性格は把握していた。


それゆえに、自分が伝えなければならない事実を聞いた精霊王が、彼女にどんな罰や要求をするか想像できて、かなり怖いのである。


過去にもいろいろとやらかしているロベリアの自業自得とも言えるが、今回のはその中でも悪い部類に入っていることが、彼女の不安をより一層大きくさせた。


目を泳がせて中々口を開かないロベリアに、青年は深緑の目を数回瞬かせると、興味を失ったかのように彼女から視線を外した。


するとその体がふわりと浮かび、籠のように張り出した太い枝の一つにすとんと座る。


足を組み、そこに肘をついて顎をのせた青年が、どこでもない中空を見つめながら、ぽつりとこぼす。


『・・・・・・ロベリア、それは【半身の書】かい?』


ギックウ!!! と擬音がつきそうな程に肩を浮かせるロベリア。


「あっ、これはっ、そのっ・・・・うぅぅぅぅ・・・・・ハイ、ソウデス」


盛大に動揺し、結局しょんぼりと肯定した。


青年はロベリアの様子には触れず、変わらない穏やかな口調で続ける。


『それは禁書だと、誰にも見せてはいけない、動かしてはいけないモノだと私はよくよく君に伝えたはずだけれど――――なぜそれがここにあるのかな?』


「そ、それは・・・それがですね・・・」


『うん、それが?』


「あの、ですね・・・」


静かな、しかし確かな詰問に、ロベリアの声がだんだんと小さくなっていく。


『・・・ロベリア』


不意に優しさを含んだ声で青年がロベリアを呼ぶ。


それにはっと顔を上げたロベリアに、青年はにっこりと微笑んで、


『早くお言いよ。この私を――精霊王を焦らすものではないよ?』


いっそ無邪気ささえ窺える口調で言った。


「はいっ! ご報告させて頂きますぅぅぅ!」


ロベリアは涙目になりながら、一連の出来事を洗いざらい話す事となった。


◆◆◆

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