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・7・「なんど見ても、キレイだよねぇ・・・」

――――チルルルルルル。


――――チルルルルルル。


そんな音で、ロベリアは目を覚ました。


朝鳴き鳥の鳴き声が響くのは、青を基調とした家具と、氷と雪の壁で造られたロベリアの自室である。


フカフカのカマクラ蜘蛛の糸でできたベッドで、ロベリアはぐーんと身体を伸ばす。


そして目をこすりながらベッドから抜け出し、そばのサイドテーブルにあった球体の頂点をトトン、と二回叩いた。


――――チルル、と鳴き声が止む。


「んんー・・・」


もう一度背伸びをしたロベリアは、大欠伸をしながら氷色の瞳を球体に向けた。


球体は黒い土台に固定され、周囲を月と太陽と星の模型が巡っている。


ガラス玉のような球体の中には八つの空が映し出され、薄青い、夜明けの空の部分に太陽が位置していた。


(えっとー、今は・・・明空(あけぞら)の三つ刻ー?)


ざっと起床時間をはかり、首を左右に捻る。


黒い鳥の模型が明空の位置にあり、それは昨夜ロベリアが起きる予定としてアラームを設置した時間であった。


この装置は、妖精界製の時計なのである。


広間の壁に張り付いた岩トカゲの曖昧な基準では、魔界以外の領域の時間帯を知る事はできない。


そのため、以前ちょっとした報酬で手に入れたこの妖精界製の時計で、ロベリアは他の領域の時間をはかっていた。


この球体に映し出された空は、妖精界の空である。


妖精界では一日を8つの空に分け、さらにその空毎に三つの刻を設けている。


ロベリアの感覚としては、一日24時間を3時間毎にまとめているという感じだ。


明空とは、言葉通り夜明け時を指し、4時、5時、6時に相当する。


明空の三つ刻なら、早朝6時と言ったところ。


魔界から精霊界までは最低でも二刻はかかるため、ロベリアは早起きしたのであった。


彼女はパジャマとして着ていた水色のワンピースを脱ぐと、青地に銀と白の糸で刺繍の入ったドレスをまとう。


肩に正装として青地に氷竜の描かれたケープを着けると、洗面所へ向かった。


出かける準備を済ませたロベリアは、自室のある二階から螺旋階段を下り、台所へと足を運んだ。


昼も夜もなく活動する魔族の事、家族の誰かと鉢合わせるかと考えていたが、幸いな事に、そこには誰もいなかった。


ロベリアは保存庫から魚と野菜を取り出して軽く調理し、手早く朝食を終えると三階のバルコニーへと向かう。


ロベリアと家族の住むこの屋敷には出入り口が二つあり、一つは母親と兄の使う一階の、そして三階のバルコニーはロベリアと父親が飛行して出かけるためのもう一つの出入り口であった。


ケープの切れ目から白い皮翼を伸ばし、ドレスの切れ目からは白い尾を出す。


最後に額の角を出現させると、ロベリアは結界を張ってバルコニーを飛び立った。


魔界は相変わらずの吹雪であった。


東に雪原地帯、西に火山帯、北には中間の地形と気候の王城があり、南に向かえば領域境界――魔界の果てがある。


横殴りの氷礫を結界で弾きつつ飛び続けたロベリアの視界の先に、薄っすらと青い壁が現れる。


否、それは壁ではなく境界、魔界の領域を形成する世界の"摂理"である。


境界へ数mまで近づいたロベリアは、高度を下げ、地上へと足をつける。


そして境界の青い"摂理"に触れると、自身の魔力を振り絞って手のひらから放出した。


奔流となって"摂理"にぶつかった魔力は、やがて青い壁に人が一人かろうじて通れる程の穴を開ける。


ロベリアはその穴に素早く身を潜らせた。


転がるようにして通り抜けた先には、全くの別世界が広がっている。


空にはすでに明るくなり始めた青空と白い雲。


白く輝く太陽。


地面は柔らかな草が一面に生える草原であり、遠く彼方まで続いていた。


ロベリアが振り返って見ると、青い壁の穴はすでに塞がっていた。


領域を形成する"摂理"は、その厚さこそ大したものではないが、気候と地形を定めるそれを領域内の生き物が通過する事は難しく、穴を開けるとなれば大量の魔力が必要となる。


魔界から他領域への出入りを基本的に許されていない魔族は、おそらく一生魔界から出ないものがほとんどである。


ロベリアが他の領域に行けるのは、ひとえに"摂理"を捩じ伏せる膨大な魔力があるからに他ならない。


「ふぁー・・・疲れた」


ぐでりと呟き、ロベリアはしばし身を休めるために地面に寝そべる。


魔力は生命力にも等しく、その大量消費は身体的のみならず精神的な疲労感をもたらす。


魔界を抜け出すだけでこの苦労である。


これからさらに彼女は精霊界に侵入しなければいけないのだから、そのためにも体力を回復する必要があった。


やがて飛行を再開したロベリアは、角を頼りに精霊界へと飛び始めた。


すでに霧の結界を解いてある。


ここでは彼女を襲う厳しい自然も物騒な生物も好戦的な魔族もいない。


この穏やかな場所は領域と領域のあいだにある空白地帯で、基本的には全て精霊王の領域である。


その中でも集中して精霊族の住む場所に精霊界は形成されており、それはしばらくするとロベリアの眼前に姿を現した。


緑の高い高い、果てのない壁。


魔界のものと同じ、精霊界の領域境界――世界の"摂理"である。


地に下り、数mの距離に近づいたロベリアは、魔界と同様に"摂理"に手を添え、勢いよく魔力をぶつけた。


しばしして生まれた穴を通り抜け、素早く身を起こしたロベリアを待っていたのは、深い深い森。


漂う空気さえ緑の色を孕む濃い森の香りと、首が痛くなるほどに高い樹々。


複雑に絡み合う枝や蔓がカーテンのように下がり、森の底には様々な花が咲き、色づいている。


荒くなった呼吸を整えようとうずくまるロベリアの視界を、虹色の輝きを持った蝶がひらひらと横切っていく。


その軌跡がキラキラと大気に跡を残していく様に、ロベリアは感嘆の息を吐いた。


「なんど見ても、キレイだよねぇ・・・」


高い枝々の天井では、何か小さな毛玉のような生き物がプフプフと不思議な鳴き声をもらしながら飛び跳ねていく。


少し離れた地面では、朝露を乗せた白い花がゆっくりゆっくりと花開きながら、甘い花粉を周囲に満たした。


それはロベリアの精神をリラックスさせ、その身体の隅々が魔力で充ちていく。


あの花の花粉には、豊富な魔力が含まれているのだ。


精霊界には、他の存在に害為す生き物は存在しない。


全て無垢で無害であり、あるいは他に利益をもたらすのである。


ロベリアは精霊界に来た目的を一時忘れ、精霊界の自然を堪能した。


◆◆◆


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