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・6・「ううん。遠慮する」

家に着く頃、雪原は珍しく静かな粉雪が舞っていた。


ロベリアの家は、雪原地域でも針葉樹の生い茂る森の中にある。


高さは優に10mを超え、その幹の太さは3mを軽く超す魔界の針葉樹は、森の中にまともに光を通す事はなく、樹々の下に入れば、そこは暗闇の世界になる。


ロベリアは翼があるため、優雅に深緑色の屋根の上を飛び、深緑色の中に現れる白と透明の建物のバルコニーに降り立った。


扉を開けて中に入れば、そこは氷と雪で造られた吹き抜けがある。


螺旋階段を降りていくと、丁度庭の方からくすんだ赤い髪をゆるく結び、可憐な深緑のドレスを揺らす小柄な女の子が歩いて来た。


母様(かーサマ)ただいまー」


「あらまあ、リア。お帰りなさい」


ニコニコと笑むその女の子は、驚く事にロベリアの母親――ロズレイアである。


ロベリアは身長176㎝と女子としては高身長な方で、対してロズレイアは152㎝、常に親子関係を逆に捉えられる身長差である。


「母様なんか機嫌いい?」


普段から笑顔を絶やさない母親だが、今は一段とフワフワとして見え、ロベリアは首を傾げた。


すると、ロズレイアはぱあっと顔を輝かせ、


「そうなの! リア、ちょっとこっち来て見て頂戴!」


ロベリアの手を握ると、先ほど出て来たばかりの庭へと引っ張っていく。


トトト、と小走りな母親に早足でついて行けば、そこは色々な種類の薔薇が咲き誇る薔薇園。


その中でもまだ蕾の多い一角の前に行くと、ロズレイアはロベリアの手を離してしゃがみこんだ。


「ほら見て、リア! ずっと改良してた青系統から新種ができたのよ!」


心底嬉しそうな母親の声に「そーなの?」と相槌をしながら、上から覗き込めば、ロズレイアの手の中には、薄い青から濃い青へのグラデーションを下地に、なぜか黒い水玉模様になった花弁の小さな薔薇が咲いていた。


確かに見た事のない色と模様である。


「ねぇ、凄いでしょう? 見た目に加えて、花弁はしっとりしてるし、香りは青系統特有の底冷えするような爽やかさよ。加えて性格もとっても大人しくて、吸血の仕方もとても上品なの。リア、試しに見てみたいたいかしら?」


「ううん。遠慮する」


饒舌に語るロズレイアはとても可愛らしく、母親ながらほんわかした気分で眺めていたロベリアだが、吸血を試すかと問われれば、即答で拒否した。


と、その答えに気分を害したのか、不思議な模様の薔薇がふるっと震え、地面からこちらも青地に黒いドットになった細い蔓を伸ばし、ロベリアの左手に絡みつこうとした。


しかし、その蔓がロベリアの手を捉える前に、コケ色の蔓がピシリと打ち据える。


「こら、吸血を断られたからと言ってすぐに感情的になるのはレディとは言えないわよ。吸血バラは可憐に上品に獲物が貴女の魅力に惹かれて近づくのを待つものなの。お分りかしら?」


ドレスの腰元から蔓をムチのごとくしならせ、ロズレイアは毅然とした口調で薔薇に言い聞かせた。


薔薇はしゅんとしたように花弁を少し傾け、しゅるしゅると蔓をしまう。


「母様、あんまり怒らないであげて。わたしも言い方悪かったと思うし。・・・ごめんね?」


最後の言葉は薔薇に向け、ロベリアはロズレイアに言った。


黒ドットの薔薇は、恐縮したように花弁を左右に振る。


おおむねフワフワと夢見心地なロズレイアだが、自分の育てる吸血バラへのしつけはかなり厳しいのである。


吸血バラとしての矜持も強く、ロズレイアの基準を満たさない薔薇は処分(・・)される事も少なくない。


「この子はとても珍しいから、品評会に出そうと思っているのよ。そのためにはお客様や審査員の鑑賞に耐えるマナーが必要だわ。レディの心得を教えてあげる事が、育種家たるわたくしの役目ですもの。分かって頂戴、リア」


「はーい」


この小さな薔薇が果たして品評会まで生き残れるのか、ロベリアは考えずにはいられなかったが、ふと、母親に聞きたかった事を思い出し、話題を変える。


「そーいえば母様、閃光蛍の魔族知ってる?」


「閃光蛍? 突然どうしたの?」


急な話題転換に、ロズレイアが不思議そうにロベリアを振り返った。


彼女は若干気まずげに目をそらしつつ、


「1000年超えしてて、見た目が老人で、閃光蛍でー・・・あと、は黒いローブ、かな」


図書館で見た男の特徴をあげつらい、


「なんかちょっと見かけて、でも、見た事ない魔族だったから。たぶん、二つ名なんだー」


と説明する。


まさか、禁書を見た魔王復活を目論む魔族の素性が知りたい、などとは言えない。


ロズレイアはわずかに考えるように目を伏せ、


「・・・それは、おそらく『静寂の火花』ではないかしら」


と、何やら一つの名を上げる。


『静寂の火花』。


ロベリアの聞き覚えのない二つ名だ。


推測するに、「火花」の部分は、閃光蛍としての力か何かを差しているのだろうが、「静寂」とは魔族らしくない、とロベリアは思う。


ロベリアのぽかんとした様子に、ロズレイアは自身の知る詳細をつけ加える。


「およそ1200年程生きている古い魔族の方よ。あの魔王陛下がご存命だった時代に生きていたの。若い頃、500年くらいはすごく好戦的で有名だったらしいけれど、最近はほとんど自分からはお闘いにならないから、若い貴女が知らなくても無理はないわね」


「魔王サマが生きてた頃?」


ぴん!と反応したロベリアに、ロズレイアは一つ頷く。


「ええ。といっても、その時はまだ200歳くらいだと思うけれど。・・・・・・ロベリア、何かあったのかしら?」


真正面に向き直り、フルネームで娘を呼んだロズレイアは、鋭い視線を投げかけた。


ぎくり、と身体を跳ねさせたロベリアは、


「え、えー?な、何でもないよー?」


と見るからに動揺する。


20㎝強の身長差で上目遣いに覗き込んでくるコケ色の目は、「貴方また(・・)何かやらかしたのかしら?」と訴えてくる。


「リア、ロベリア、正直に仰いなさい。大変なことにならないうちに」


「い、いやー。そんな、母様に言うような事は何も・・・」


(むしろ精霊王サマに言わないといけないレベルですからー!!!)


わずかに涙目になりながら、内心で言えるわけのない本音を叫ぶ。


がしり、とロベリアの両手がロズレイアの蔓に拘束された。


ガチな尋問体勢である。


母親の本気度を感じ取ったロベリアはすぐさま態度を翻し、


「精霊王サマとの約束を破っちゃったんですぅぅぅぅ!」


と白状した。


ロズレイアは目をパチクリとさせ、「あらまぁ」とだけ呟いた。


「それは大変ね。わたくしの手には負えないわ。ロベリア、分かっているわね?」


「はぁーい・・・」


手の拘束は解かれたものの、ロズレイアの問いにロベリアはぐったりと了承の返事を返す。


つまり、今すぐにでも謝って来い、という意味である。


「母様、おやすみなさーい・・・」


「ええ。お休みなさい。ちゃんと行くのよ~」


フワフワした母親の声を背に、のろのろと庭を後にしたロベリアは、広間の壁に張り付く岩トカゲを見上げた。


白と灰色のまだらのトカゲは、寝息をたててぐっすりと眠っていた。


まともな天候の時がない魔界では、規則正しく活動するこの岩トカゲを時計がわりにしている。


岩トカゲが起きていれば昼、寝ていれば夜、という大雑把なものだが目安程度にはなる。


最も、魔族たちは昼も夜も気にかけず生活するため、本当に気休め程度の扱いであるが。


しかし、魔界を飛び出し他の領域に出かける事も多いロベリアには、ある程度の基準が必要であり、彼女の自室にはもっと正確に時刻の分かる妖精界製の時計もあった。


「・・・・・・つかれた」


ともかく、岩トカゲが寝ているということは、今は夜ということ。


精霊王への報告は急を要するが、領域間の移動には体力も魔力も消費する。


多少眠り、疲労を回復してから向かった方がいいだろうとロベリアは判断して、ゆっくりと自分の部屋へと歩き出した。


◆◆◆

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