・5・「うぅぅぅ・・・」
寂れた王城に灯りをつける者はとうにおらず、闇を見通す瞳を持つロベリアもまた、図書館にわざわざ灯りを持ち寄ることはない。
それでいて、ロベリアの視線の先に橙の炎が揺れているのは、どうやら男の髪の先に灯っているからのようだった。
(あれは・・・閃光蛍の魔族、かな)
心当たりのある種族名を思い浮かべ、その男の顔を窺うが、今相手は背を向けており、それは叶わない。
しかし、男が背を向けていたからこそ、ロベリアはかの魔族が持つ書物の正体に気がつく事ができた。
否、気がついてしまったと言うべきか。
(あれ、【半身の書】じゃんかぁぁぁ!マジでやばいぃぃぃ!!!)
唇を噛み締めながら、内心で悲鳴をあげる。
【半身の書】とは、かつての魔界では、魔王ととある一人のみが知る書物であり、現在その存在を知る事を許可されてるのはロベリアのみだった。
・・・はずなのだが。
「――ようやく! 1000年かけてようやくっ、私は見つけたぞ!!! これで、魔王を、あの方をこの世界に呼び戻す事が出来るのだっ!!!」
男はいまだ書物を高々と突き上げながら、何事かを叫んでいる。
ロベリアはざっと男と自身の距離を確認する。
広大な図書館で暗闇は魔族にあまり影響はなくとも、眠りこけて気配が薄かったのか、男はまだロベリアの存在に気がついていないだろう。
ロベリアはそっと手にしていた書物を床に置き、音もなく移動を開始した。
男の姿を捉えながら、半円を描くように接近する。
(我らが祖なる精霊王よ、堕ちし我らにその溢れる慈悲を与え給え、彼の者に深淵の如き眠りを、)
心中、詠唱をしながら右手に魔術を構築し、男からおよそ5m程の場所で、一度動きを止める。
その頭に狙いを定め、
(与え給え)
詠唱を完成させると共に右手を男に向けると、形を定めた魔力が男へと放たれる。
魔術がかけられた男は、一瞬で夢も見ない深い眠りに落ち、まるで糸が切れたようにぱたりと倒れた。
そうっと男に近づき、足先で身体を仰向けにする。
男は襟足に橙の炎が灯った黒髪を細かく編み込み、ヒゲを長く伸ばしていた。
服装は黒いローブに黒いケープと黒一色。
魔族としては珍しく、外見は老人と呼べるような容貌である。
そっとケープの文様を見れば、先ほどロベリアが予想した通り、閃光蛍が描かれていた。
(1000年超えの魔族・・・?でもわたし、こんな閃光蛍の魔族見た事ないなー。たぶん、二つ名だろーけど・・・)
首を捻りつつも、物知りの母親に尋ねようと決め、ロベリアは視線を取り落とされた書物に移す。
そこにあるのは、黒い表紙に銀糸で【片割れ】とだけ縫われた古い書物だ。
その内容は、男が言っていた通り、現在消滅して数千年になる魔王を復活させる方法が記されている。
ロベリアは慎重な手つきでそれを拾い、そっと埃を拭う。
(禁書を見られるなんて・・・。しかもよりによって【半身の書】だし・・・絶対精霊王サマに怒られるぅぅぅ)
思わず、ため息が出た。
禁書とは――言葉通り、禁じられた書物の事だ。
禁じられる理由は様々あれど、【半身の書】の機密度は魔界で一番。
名前、存在すら禁じられた書物を、あまつさえ自分以外の魔族に見られたとなれば、ロベリアに知る許可を与えた精霊王にどんな罰を与えられるか分からない。
否、この場合、ロベリア一人の問題ではないから問題なのである。
ロベリアは男を見下ろしながら、その発言を思い返してみた。
そして、今度は大きく嘆息する。
(思いっきり魔王サマを復活させようとしてた・・・)
精霊王によくよく注意されていたタイプの魔族である。
つまり、魔王を復活させるために、この禁書を探し求める類のやから。
絶対に禁書を見られてはいけない者であるが・・・時すでに遅し。
(ああああぁぁぁ! というかなんで【半身の書】がここにあんの!? わたし『片割れの間』から出した記憶なっ・・・・・・)
無言で頭を抱えたロベリアは、不意に蘇った記憶に思考が停止する。
たらり、と嫌な汗が頬を伝った。
厳重に秘されていた禁書が図書館にある心当たりを見つけてしまったのである。
そしてそれは、紛れもなくロベリアのうっかりのせいであった。
どうしようもなく、彼女の所業であった。
「うぅぅぅ・・・」
堪えきれず、小さな呻き声をもらす。
魔界全体を揺るがすかもしれない問題の原因を作ってしまった事にガクブルしながらも、ロベリアはとりあえず【半身の書】をリャンメニカの袋に大切にしまった。
男を見やり、記憶操作をするべきかと考えるが、ロベリアはあまり細かい調整が得意でないため、男が廃人になるかもしれず、今はやめておこうと思う。
事の次第を精霊王に報告しなければならない。
元々、リャンメニカの件でお礼に行く予定だったため、それに追加で行く事にした。
ロベリアの目一杯の魔力で魔術をかけたためか、男はぴくりともしない。
下手すれば数年眠り続けるかもしれないが、そうなる事を祈って、ロベリアは男を担ぎ上げた。
図書館で目を覚まして禁書の事を思い出されても困るため、適当に西方地域に放り出すつもりである。
閃光蛍は火山帯の種族であるし、おそらく他の生物に殺される程弱くないだろうと見込んでの事でもあった。
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