・4・魔王のために頑張った魔族がいたんだろーなー
友人と希少な果実を味わったロベリアは、雪原に向かって飛行していた。
腕には、行きの黒い箱と入れ替えに、白い布で出来た袋を抱えている。
袋自体と中身はリャンメニカが紡いだ糸から出来た布である。
リャンメニカの種族・カマクラ蜘蛛の糸で出来た布は丈夫で涼しく、妖精界では高く売れる。
リモネを手に入れた報酬として、リャンメニカがくれたのだ。
それと同時に、リモネを手に入れる許可を与えてくれた精霊王への貢物でもある。
貢物を持っていくのは後日にしよう、とロベリアは家へと向かっていた。
・・・が、その道中でも一人の魔族に決闘を申し込まれ、イライラの溜まったロベリア。
西方地域と東方地域の中間、北方地域にあるとある場所に行き先を変更した。
その場所とは――王城である。
◆◆◆
雪原と火山帯の間、永久凍土の上に火山岩で築かれた灰色の建造物がある。
かつて、遥かに数千年前には華やかに栄えたというその場所は、いまは寂れ、人気のない王城。
王城というからには、王――この場合は魔界の王の住まいであり、政治・経済・文化・の詰まった場所だ。
しかし現在、魔界に王はいない。
伝説、及び当時を生きていた齢千年を超える魔族によれば、魔王はある日消滅してしまったという。
崇める王の喪失は、当時の魔界に相当なショックを与えたようだが、すでに数千年。
魔王不在で生まれたロベリアのような若い魔族からすれば、ただのおとぎ話のようなものだった。
人気のない王城は、ロベリアの憩いの場であり、隠れ場所である。
空を飛べば竜にぶつかり、道を歩けば決闘を申し込まれる魔界の生活に疲れたある日、ふと足を向けたのが最初だった。
そこには今はない古い意匠の建築物や家具、そして膨大な書物があった。
魔族として生まれたロベリアは、おそらく、魔族としては変わり者である。
友人のリャンメニカも結構な変人だが、戦闘民族らしくなくロベリアは読書にのめり込んだ。
二つ名で呼び始められた数年は、家に引きこもり、さらに王城に移ってひたすら読書していた程である。
自分の全く知らない世界や、物語、知識を吸収するのは、力を全開にしてぶつけ合うのと同様に楽しかった。
それから、ふと気が向けば王城に通っていたロベリア。
勝手知ったる動作で一つの尖塔のバルコニーに降り立ち、階段を降りていく。
書物のある部屋――ロベリアは勝手に図書館と呼んでいるが――そこは王城の北側、一階から地下にかけてある。
そこまでてくてく歩きつつ、廊下に飾られたシャンデリアを眺めるのも好きだった。
(正直、魔族がこんな繊細な物作れるとか想像できないんだけど)
なんてことを毎回考える。
実力至上主義の魔界で、弱肉強食を物理で行う魔族である。
建物を建てるのはともかく、微細な装飾や繊細な細工など、可能どころか行おうという考えすらあるかどうか。
と、思うものの、現に王城は存在するわけであり、かつて魔王のいた時代には、魔王のために頑張った魔族がいたんだろーなー、と考えるロベリアだった。
ぼんやりとしていても、足は道筋を覚えており、ロベリアは図書館の重い扉をゆっくりと開く。
ここに通ってからすでに120年は経っているが、未だこの蔵書の半分も読めていないだろう。
ロベリアは端からきっちりと読んでいくわけではなく、適当に書棚の間を歩き、適当に目に止まった書物を読んでいた。
そのため、足を踏み入れた場所から適当に進み、不意に視界に入った、【魔界の植物〜西方地域〜】という書物を手に取る。
題名からして、図鑑のようなものだろう。
その場に座り、パラパラとページをめくっていたが、1日の疲れが出たのだろう。
やがて、こっくりこっくりと船をかき、その瞼がゆっくりと閉まった。
そして、それから数刻後――冒頭での出来事に戻るのである。
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