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・32・おれたちの、まぞくだよ、ろべりあ

手を繋ぎ、魔王城を歩いていく二人の魔王。


不満げな感情はすぐに消え去り、ただ楽しそうに手を振り歩くロベルトに、ロベリアも笑みを浮かべる。


ほとんど動かないロベルトの感情は、喜怒哀楽の喜と楽ばかりだ。


それにつられてロベリアも機嫌が良くなる。


それがまたロベルトに伝わって・・・と、お互いに反響し合い、増幅し合ういい意味での無限ループが起こっている。


感情が交流するとはいえ、二人の意思は別個に存在するわけで、性格も異なる上に考え方も違う。


それがこれからの生活にどんな影響を及ぼすのか、儀式の前には想像もつかなかったが、これなら結構うまくいきそー、とロベリアはぼんやりと考えていた。


角を頼りに適当に東へ歩いてきたが、出口にたどり着く気配はない。


適当であるから当然とも呼べるが、なんだか面倒になってきたロベリアは、なんでもいいから外に繋がっている扉を見つけて、外にでようと考えた。


魔族の中でも猛者のロベリアと魔王であるロベルトなら、それなりの高所から飛び降りようが怪我などするわけもないからである。


そういうわけで、それをロベルトに伝えて探した結果、ロベルトが「あれ」と指差した、テラスか何かに繋がっていそうな小さな扉を開けたロベリア。


幸運にもそれは植物が配置された小さなテラスだったが、ロベリアはその奥の景色を見て驚いた。


「・・・あ! え? 魔王城って庭とかあったんだ・・・」


知らなかった・・・と本気で衝撃を受けている。


テラスの奥には手入れがされていないせいか自由に生い茂る植物たちがあり、その先には魔王城の灰色の壁が高くそびえていた。


まともな中庭など妖精界の宮殿のものくらいしか知らなかったため、シャンデリアを見て思っていたような、魔族がこんなことするのかなという類の疑問がまた一つ増えた瞬間でもあった。


「てか、魔族に庭を愛でる感性ってあるの・・・あ、あるか」


訝しんで呟いたが、母・ロズレイアは珍しかったり美しい吸血バラを育ててては品評会に出したり、妖精界に輸出するような魔族の一人である。


それを思い出して、それなら庭くらいなら造るか、と思い直した。


が、現在大事なのはその点ではない。


外には出られたが、魔王城からは出られていない現状に、いい加減面倒くささが増してくる。


いっそ影移動で帰ろうかな、とまで思ったがロベリアにかけられた行動制限解除は魔王復活までであったし、家に帰るくらいで使うのもなーと迷う。


植物を睨みつけて思考するロベリアのから離れ、ロベルトは初めて見た魔界の植物をまじまじと観察している。


ニコニコとしながら、そっと触れたり匂いをかいだりと忙しい。


きょろきょろと周囲を行ったり来たりしていたが、ふと振り返った。


「ろべりあ、とべば?」


「・・・でも、ロベルトが・・・」


「おれ、ここのぼれるよ」


ここ、とロベルトが指差したのは高さ数十mは軽くある垂直な壁である。


といっても、どのような建築様式かロベリアにはさっぱりだが、なにかの文様のようなものや飾りが刻まれているため、ロッククライミングのようにして登るとして、魔族の身体能力を考えれば別にできないわけでもない。


わずかに想像したロベリアは、じゃあそーしよっか、と頷いて背中の白い翼を出現させる。


そのまま羽ばたいて、壁のそばで滞空した。


「おいでーロベルト。落ちそうになったら掴むし」


「うん」


たったっと駆け寄ってきた勢いで数mも飛び上がり、ガッと壁の飾りを掴むロベルト。


その獣染みた動きと予想以上の身体能力に内心びっくりしつつ、ロベルトに合わせてロベリアも高度を上げていく。


周囲を尖塔が囲むが、一先ず屋根の上にさえ出てしまえばどうにでもなる、と考えていたロベリアは、数秒あと、とんでもない光景を見ることになった。


ロベルトが猿でもこうはいかないだろうという俊敏さで壁をよじ登り、一足先に屋根の上に跳ぶように消えていくのを追いかけて、


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


絶句した。


およそ小さな山の頂上くらいはあるそこからは、魔界の極端な天候と大地とが一望できた。


しかし、ロベリアが見たのはそんなものではない。


「ほら、いっぱいいる」


どこか勝ち誇ったような声音でそばによってまた手をつないだロベルトが言う。


そう、いっぱいいた。


東の雪原地帯も西の火山帯も南の果てまで、埋め尽くすように蠢く魔族たちが。


「は――はぁ・・・?」


思わず声を上げ、自分の目を疑うロベリア。


そこここで戦闘が起こっているらしく、爆音や豪風、火や氷や植物や雷や、ありとあらゆるものが飛び交っている。


それでいて大半の魔族はじっと魔王城の方を向いて、口を閉ざして立っていたりもするのである。


朝も夜も関係なく、家族間の絆さえほとんどないのが当たり前で、強いものと見れば決闘を申し込み、敗者は同族でさえ食らうあの魔族が。


整列とまでもいかなくても、およそ魔界中の魔族がいるのではないかと思われるこの人数が、一ヶ所に集まって、(戦闘は激しく起こっているが)大人しく何かを待っているような。


なんの理由が、どんな訳があればこのような状態になるのか。


300年の人生の中で想像もしなかった、常識を粉砕されるような光景に、ロベリアは思考が完全にストップする。


呆然とするロベリアとは異なり、彼女の手を引いて歩き出したロベルトは、屋根の終わりまで近づくと、停止しているロベリアを横抱きにした。


それでもロベリアはただ激しく瞬きしているのみである。


ロベルトの腰あたりから緑色の尾が現れ、それと同時にその両足が急激に厚みを増す。


ビキ! バリ! ブチ! と一瞬の間にスラックスの膝から下の布は糸着れに変わり、ロベルトのそこは強靭な筋肉と硬い緑の鱗を持つ竜の(あし)になっていた。


地竜の魔族は、翼がないかわりにそれに匹敵する脚力をもち、これが本来の姿になる。


その過程でスラックスと同様に破壊されたのか、ロベリアが履かせたはずの父・キースの靴は消滅していた。


ロベリアが見ればため息をつきそうな事態に気づきもせず、ロベルトは微笑を浮かべたまま、宙に身をおどらせた。


当然重力に従って二人は急速に落下し始める。


数十、否、数百mの高所から落下してきた誰かに、地上に群がっていた魔族たちかちらほらと気がつき始めた。


二人を見て、慌てたようにその真下に空白地帯が生まれ、じっとその様子を窺う。


数分にもなる落下時間を経て、まるで隕石が墜落したかと錯覚するような轟音を立てて、ロベルトは地上に着地した(・・・・)


強靭な両足は、彼自身になんらダメージを与えることなく、勿論、言うまでもなく大切な半身(ロベリア)にも振動一つ及ぼしていない。


しかし、かわりに膨大な運動エネルギーを叩きつけられた地面は盛大に陥没し、二人を中心にして本当にクレーターが生み出されている。


それは同時に強力な衝撃波を発生させたのだろう、周囲にいた魔族の大半が遠くに弾き飛ばされ、クレーターの周りには誰もいなかった。


この時点でさえまだ思考が復旧していないロベリアは、ようやくロベルトの腕の中にいることに気がついたのか、ん? と眉を寄せて不可解そうにロベルトの顔を見上げる。


ロベルトはそれににっこりと笑うと、しっかりした足取りでクレーターから出るべく歩き出す。


そして数mのクレーターをささっと出たそこでは、地面に膝をつき、頭を下げる魔族の群れ。


先ほどまでの戦闘の影もなく、風の音しか聞こえないほどの静寂さで。


地の果てまで続く、魔界全土が敬意を示すそれに、ロベルトは一つ頷いてロベリアをゆっくりとおろした。


「――っひ」


同様の景色を見て、ロベリアは思わず息を呑み込む。


(なにっ!? きもっ! こわっ! こわいぃぃぃ!!!)


半身(ロベルト)と異なり、目の前の現象の意味が理解できないロベリアには、ただただ不気味で恐怖を抱かせるものでしかなく、縋るようにロベルトにしがみつく。


その肩に顔を埋めて見ないようにするロベリアをなだめるように優しく背中を撫でながら、ロベルトは誰かを探すように魔族たちを見渡している。


と、跪く魔族の群れから、数人の魔族が二人の魔王に近づいてきた。


それはロベルトと同じ色彩を持つ翼なく、角と尾、そして竜の肢を持つ地竜の魔族たちである。


三人現れた彼らは、一人を先頭に一度深くロベルトたちに頭を下げ、やがて重々しく口を開いた。


「――お慶び申し上げる! 我らが”王”! 我ら魔族の祖! この数千年、深い悲しみと失望に包まれながらも待ち続けた我らに、今日、新たな希望が現れた! 貴方様達の再来を我らは地に身を伏せ祝う!」


その魔族は宣言通り、言葉を終えるとともに、両膝をつき、その角を地面について全身で魔王に対する恭順の意を示した。


それを合図にしたように、ざあああああああぁぁぁぁぁ・・・・・・と波のごとく遥かかなたまで続く魔族の群れが、かつて失われて久しかった魔界の最上級礼を新たな魔王たちに捧げた。


恐慌状態に陥っていたロベリアは、だいじょうぶだよ、というロベルトの内心に促されるように深呼吸を繰り返し、恐る恐る振り返った。


「・・・・・・(うわぁ・・・)」


今度はもはや土下座ともつかない姿勢になっていたそれに、驚きを通り越して引いたロベリアは、それによって逆に心に落ち着きが戻ってきた。


そして現状が一体なんであるのかを、ようやっと理解することができた。


つまり、これは戴冠式のようなもの。


儀式の完成と精霊王による承認によって、魔王の再誕は魔界全土、全ての魔族に感知され、彼らは”王”のもとに馳せ参じた、といったところであろうか。


あまりに衝撃的な光景過ぎて頭がホワイトアウトしそうになったが、魔王になったのである、これは起こるべくして起こったものだ。


そう自分の心を納得させ、ロベリアはなんとか平静を取り戻す。


が、なんとも精神衛生に悪い光景である。


地の果てまで続く土下座の群れ、というのはロベリアに罪悪感ばかりを想起させ、やめてくれないかなぁ・・・と素で考えてしまう。


これが魔界での最上級礼、急所である頭を差し出す、さらに竜の血を引くものであれば重要な知覚器官である角を地面に置くことで敵意が完全にないことを示す姿勢であるが、こめられた意味が魔界で考えると物騒すぎて遠い目になりそうである。


「――そういうの、いい」


唐突に、ロベルトが言った。


一瞬なにを言われたのかと虚をつかれたロベリアだが、彼の視線が頭を垂れる魔族たちに向いているのを見て、思い違いに気がつく。


『かたくるしいのは、しなくていい。おれたちも、ひとりのまぞく、だから』


ぼわん、とロベルトの声が反響した。


それは魔族の群れの一人ひとりに届く”王”が自らの種族に言葉を伝えるもの。


「・・・・・・な、なんと」


ロベルトの言葉に従ってか、またもや波がたつように顔を上げていく魔族たちだったが、先頭の先ほど口上を述べた魔族が、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。


(えっ、なにっ!?)


驚きと共に怒っているのかと思って怯えたロベリアの予想に反し、男の茶色と黄緑の瞳からはらはらと涙がこぼれたのである。


男は怒るどころか感激していた。


「なんということだっ! まさに初代のお言葉そのものっ! おおぉぉお! 魔王様万歳!!!」


号泣しながらあがった感嘆の叫びは後ろにいた地竜の魔族も加わり、徐々に広がっていって魔界の大地を震わすほど大歓声になった。


「なに、これ・・・」


「これがまかい、おれたちまぞく。ろべりあ、しらなかった?」


もはや唖然とするロベリアに、不思議そうに首を傾げたロベルト。


「知らないよこんなのぉぉぉ・・・・・・」


「これが”おう”のいるまぞく。おれたちの、まぞくだよ、ろべりあ」


涙目で抱きついてきたロベリアを抱きしめて、言い聞かせるようにロベルトは言った。


初代の魔王を雛形としてロベリアが創り出した半身たる魔王は、やはり彼女より”王”を、愛する魔族を知っているのかもしれない。


この程度で泣きそうになっている彼女は想像することもできない。


これから彼女についてまわるのが、この視線、この態度だということに。


二つ名がついてからの煩わしさを上回るめんどくささが彼女を待っていることに。


魔王になったことによって、ロベリアの以前の平和な日常はなくなったことに。


そんな未来を知っているはずのロベルトは、大事な半身(ロベリア)が泣かないよう、今はただ優しく頭を撫でることに専念していた。


◆◆◆


ロベリアの家族は、彼女が魔王の半身になったことにはひどく驚いていたが、ロベリアが思っていたよりはずっと自然に受け入れられた。

友人も相変わらずただの友達として接してくれる。

ロベルトとは部屋の配置を少しいじって一緒に暮らすようになった。 

ただ、地竜の魔族から頼まれて、魔王としての仕事があるときは魔王城で泊まったりもしている。

・・・彼女がとても意外に思っていて、かつ一番に面倒なのは、あの犬属性100%の魔族、炎竜のガイトが未だにプロポーズしてくることだろうか。

セリフは相変わらずの「お前を喰いたい!」のまま。

それを聞いた父「せめて、喰べてくださいだろう?」

兄「――せめて喰べてほしいです、とかさぁ」

そして半身は、「そこは、たべて、じゃないの?」と異口同音に抗議して追い払っている。

やっぱり食べられる気は一ミリたりともないが、彼らの言うようにせめて下手にでよーよ、と適当に考えつつ氷漬けにする毎日である。


◆◆◆

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