・31・「ロベルトって、飛べないよね?」
ぎゅうぎゅうとお互いに力を入れていれば、視界の端に光が見え、ロベリアはパッとそこを見た。
すると、光が消えたそこにいたのは先ほど姿を消した使者たる精霊族で、その手にはひとかかえの布を持っている。
精霊族はほとんど動かない表情をわずかにしかめて、
『・・・仲が宜しいようで』
ぼそりと呟いた。
自分の体勢を見て一気に恥ずかしくなったロベリアが体を離そうとするも、そっと力を込めたロベルトに阻まれる。
むっとしてその顔を見上げれば薄っすらと笑みを浮かべているものの、どこか背筋が寒くなるような感覚に、ロベリアはさっと目をそらして、そのままで対応することにした。
伝わってきた内心が、なんではなれなきゃいけないの? と純粋な疑問だったからというのもある。
精霊王の使者に対してそれは礼儀を欠いたものであるが、私たちは魔王だから使者よりも上、だからダイジョウブ・・・! と無理やり自分を納得させる。
そんな自己催眠に頑張るロベリアの頭を優しく撫でてくるものだから、
(やっぱり問題あるよねー・・・・すでに発生してるんですけど・・・)
思わず遠い目になりながら、ロベリアは精霊族に顔だけ向けた。
精霊族は少し言葉を捜すように目を伏せ、次にロベリアたちのそばに近づいてきた。
そしてその手に抱えていた布を広げてみせる。
それは茶色い布で、背中の中央にくるだろう位置に地竜が一匹描かれている、魔族の正装のケープである。
ケープに描かれるのはその魔族の原種の姿であるから、これはロベルトのケープなのだろう。
「これは・・・?」
『魔王・ロベルトへ、我らが”王”より祝いの品として与えられる』
「あぁ、えっと・・・我らが祖の慈悲の御心に言葉もありません、とお伝えを」
『確かに。だが、これだけではない。他にあなたたちに”王”としての象徴も与えられる。こちらが主となる下賜品だ』
そう言って使者は上にあった地竜のケープをたたむと、その下にあったもう二つほどの布の塊をロベリアに見せた。
それは先ほどと同様にケープであったが、一般のケープが胸ほどの丈に対して、それは腰までの長さであり、青と茶色の格子模様を地にした布の中央には白い翼ある氷竜と翼なき地竜が描かれ、その尾が絡み合っている意匠が施されている。
それを見たロベリアには、その二匹の竜が尻尾を絡ませている模様が魔王の象徴となる模様で、それを今回異例として氷竜の魔族のロベリアが半身になったために、特別に片方を氷竜に変えて作られたことが分かった。
さらに、その”王”のケープは二つあり、片方の肩の部分には氷竜が描かれ、背中には翼を出せるように切り込みが入り、もう片方にには地竜が描かれていることから、どちらがロベリアのもので、どちらがロベルトのものか一目で理解できた。
ロベリアはさすがにこの体勢では受け取れないと思い、ぽんぽんとロベルトの背中を叩く。
と、今度は素直に腕を広げて彼女を解放したロベルトも、半身が興味を示した物に目を向ける。
ロベリアはドレスのすそを掴み、膝を軽く曲げる礼をしてから、慎重な手つきでケープを受け取った。
そして、魔王としてのケープをロベルトに着けてあげる。
すると、それを黙って見ていた精霊族が、
『種族のケープは、”王”のケープの上から着るがいい』
と言ったため、ロベリアは地竜のケープをさらにロベルトに着させて、自分も元のケープのしたに魔王のそれをまとう。
腕の動きが遮られないようだろう、先ほどは分からなかったが、腕の部分には布がたっぷりとあり大きく伸びるようになっていた。
触っていて分かったのは、この布がロベリアの良く知るもの、友人の種族であるカマクラ蜘蛛が分泌する高級品の糸でできているということである。
それをロベリアが尋ねれば、使者は静かに首肯した。
やっぱりかー、と納得していれば、使者は懐から何か紙片を取り出す。
そして、ロベリアたちに向き合うと、深く腰を折った姿勢――最上級である精霊王以外に対する、二番目に最高の礼を行った。
それにロベリアは膝を曲げようとして、さっとロベルトに腕を掴まれて防がれる。
思わず見上げた彼は真っ直ぐに精霊族の頭を見下ろしていたが、おれたちは”おう”でしょ? という思考が伝わり、はっとしてロベリアも精霊族に顔を戻した。
自分が魔王の半身になった、という事実をまだうまく理解できていないロベリアは、使者に対して儀式が始まる前と同様の対応をしようとしてしまう。
しかし、すでに彼女と使者の立場は逆転している。
捧げられた最高礼を、頷いて受け入れるべき立場になったのだ。
そのような事を、ロベリアが”王”にと望んで生まれた故か、ロベルトは創りだした本人より、”王”というものを理解しているように思われた。
『ここに第14代魔王・ロベルト、及びその半身たる氷竜の魔族ロベリアの誕生を宣言し、祝福しよう。君達の行く道に幸ありますように、心を込めて。――以上、我らが”王”のお言葉を代行して伝えさせて頂いた。これにて失礼する』
言葉を切ると、精霊族は手に持っていた紙片をまた宙に放った。
その紙片が光を放ち、消える頃には使者は消えている。
ロベリアは改めて、魔王になっちゃったなー、と実感する。
使者がいなくなったからか、ロベルトが今度はそっとその手を繋いできた。
それを抵抗なくするっと受け入れて、また思考を再開させるロベリア。
どうやら報告は必要ないようだ、と先ほどの使者の言葉から考え、この後の行動に焦点を当てる。
まず、第一に家族のことが脳裏に浮かんだ。
ロベリアが何かやらかして罰を受けている気配くらいは、きっと家族も感じていただろう。
しかし、その内容がまさか消滅した魔王の復活だとはさすがに思いもしないに違いない。
それをどうやって伝えようかということと、半身であるからして、ロベリアとロベルトが離れて暮らすことは考えられない。
それを考えた瞬間、握るロベルトの手に力が入り、ロベリアはつい苦笑して大丈夫だよー、とロベルトに笑いかける。
しゅん。とした表情になっていたロベルトはそれでぱっと笑顔になると、ふいに繋いだ手をぶんぶんと振り出した。
「ろべりあ、ろべりあ、それよりはやくここから、でよ」
わくわくとした感情と共に言われ、考えるよりとりあえず家に帰るか、と考えたロベリアは頷いて歩き出した。
秘密の地下を抜け、灯りのない図書館を出て、いつもの尖塔に向かおうとして、はた、と足が止まる。
「・・・? どうしたの?」
「ロベルトって、飛べないよね?」
「 ? うん」
きょとん、と首を傾げた半身に、ロベリアはどうしようかと思考を巡らせる。
彼女は当たり前のように毎回飛んで王城に来ていた。
しかし、ロベルトの種族・地竜は翼のない竜で、飛べない変わりに脚力が発達しており、そのスピードは翼での飛行にも劣らない
引きこもり時代に王城の中はいろいろと探検していたが、ロベリアはまともに王城の正面から出入りしたことがないため、どこに向かえばいいか分からなくなってしまった。
尖塔に向かうのはとりあえず中止し、ロベリアは額の白い角を出現させる。
角には本能的に方角を察知する能力があり、北がどこか必ず分かる。
王城が北方向であるから、家のある東のほうへ向かえばいい、と適当に結論つけた。
そうして歩みを再開したロベリアの真似をしてか、ロベルトも角を出現させる。
彼のは地竜の色、艶やかな緑色の二本角である。
角で何かを探るように周囲を見渡していたロベルトが、唐突にロベリアを向いた。
「・・・ろべりあ、なんかいっぱいいる」
「いっぱい?」
彼の不思議な発言を内心とともに考えると、どうやら人の気配がたくさんあるらしい。
が、ロベリアが探ってみても、少なくとも近くには誰もいない。
どーゆー事? と一瞬首を傾げたロベリアだが、魔王であるロベルトは自分より遥かに多い魔力があり、そのせいで知覚範囲がかなり広いのではないか、という仮説を思いついた。
角を出せば知覚能力が飛躍するため、コントロールがまだ未熟なロベルトはあらゆる生き物の気配を感じ取ってしまうのだろうと納得して、ロベリアは気にしないことにする。
そんな彼女の結論に不満のような感情が伝わってくるが、ロベリアはそれも気にせず歩き続けた。
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