・3・「東で三人、西で一人、ここで二人。計六人ですー」
さて、男との決闘を終えたロベリアは、ついに友人の住む溶岩洞窟へとたどり着いた。
あの後、解凍してやった男にいつものように抱きつかれた後、「やっぱり俺、お前を喰いたい!!」という告白をさくっと断った。
男は目に見えてしょぼくれ、尻尾を丸めて三角座りしてしまったが、「また来てあげるから、元気だしなー(まぁ、数百年後かもしれないけどー)」というロベリアの言葉に首と尻尾をぶんぶんとさせて喜んでいた。
ロベリアの中で、あの男は完全にご主人大好きな犬扱いであった。
洞窟の入り口は狭いため、翼と尾をしまい、ロベリアは地面に足をつけて、てくてく歩き出す。
溶岩洞窟は、冷えた溶岩石でてきているため、直に歩いても大丈夫である。
むしろ、この西方地域の中では、比較的涼しい、寒い場所に入るだろう。
元々は雪原に生きる魔族である友人は、さすがに灼熱の場所に住処を作るわけにもいかず、この溶岩洞窟に住み着いたと言っていた。
洞窟の中でも、道すがらいくつかの生き物と戦闘し、二人の魔族を氷漬けにして、ロベリアは友人の住処に到着した。
周辺には、白い冷気をまとった糸が縦横無尽に張られ、それにかかった哀れな犠牲者達の亡骸や、まだ生きているらしき塊が蠢いたりしている。
300年魔界で生きているロベリアでも、未だに慣れない気色悪い光景だった。
危険な糸に触れないよう、友人に教わった抜け道を慎重に通り、住処の中腹に足を踏み入れる。
「リンリーン。リャンー。お届け物に上がりましたー」
間延びした口調でそう呼びかけると、遠くでガサガサと音が近づいてきた。
「はいはいはーい。リャンメニカはここですよっと。お久、ロビー」
ハスキーな声で陽気に答えながら現れたのは、藤色の髪に、ぶどう酒のような瞳を持ち、額には赤い複眼が六つ、胸側に一対、背側に一対と四本の腕を持つ、眠たげな顔の女。
ロベリアの友人、リャンメニカである。
リャンメニカはカサカサと蜘蛛の身体の下半身で天井を移動しながら、逆さまの状態で親しげにロベリアに背側の手を上げた。
「おっす、リン。わたし疲れた」
「はいはい。そこのベッド使ってちょーだいな」
リャンメニカはさっと壁際にある白い繭のような物を右の前腕(胸側)でさす。
ロベリアは軽くため息を吐くと、ぼふっとベッドに倒れ込んだ。
それはふんわりとロベリアを受け止めてバウンドする。
「リンの繭フカフカー。なんかい寝ても最高。ちょっとひんやりしてて気持ちー」
気が抜けたように呟くロベリアを横目に、リャンメニカは地面に降りると、下半身を二本足に変え、近くの糸に座った。
「今日は何人だったのかな?」
「東で三人、西で一人、ここで二人。計六人ですー」
ふて腐れたように答えるロベリア。
リャンメニカは面白そうに目を輝かせる。
「はぁ〜、人気者ですなぁ、ロビー。二つ名は大変ですな」
「そーゆーリンだって二つ名じゃんかー。めんどくさいー」
「アタシは変わり者だからねぇ〜」
クスクスとリャンメニカが笑うと、ロベリアは悔しそうに呻いた。
二つ名は魔界のステータスである。
リャンメニカもロベリア同様二つ名持ちであり、生息域を出る事が可能な猛者であるが、彼女の二つ名は、一般的な物とは少し異なっている。
『カフマン湖の釣り師』。
それがリャンメニカの二つ名だ。
通常、二つ名はその魔族の力の現れ方や戦闘の性格などを表すものである。
つまり、ロベリアの『無慈悲な氷檻』とは、全く躊躇のない苛烈な攻め方と、氷漬けにして動きを封じる様から取られたものだ。
しかし、リャンメニカの二つ名は全く戦闘とは関連のないもの。
強さは当然あるものの、彼女は戦闘で周囲の魔族の目を引いたわけではなかったため、ロベリアに比べたら遥かに決闘を申し込まれる数は少ないのだ。
ロベリアはそれが常々羨ましいと思っていた。
ふと、リャンメニカがロベリアの抱える黒い箱に目を留める。
「――お! それはそれは、まさかまさかの、お届け物かい?」
「あ、そーいえば。忘れてた」
身を起こしたロベリアは、「はいどーぞ」とリャンメニカに箱を差し出す。
「キャーッ」と嬉しい悲鳴を上げて、リャンメニカは箱に飛びつき、いそいそと蓋を開けた。
中には、柔らかい布で丁寧に包まれた、黄色い楕円形の果物が六個。
ふんまりと爽やかな香りが漂ってくる。
リャンメニカは赤紫色の瞳を丸々と大きくして、
「来、たーーー!!! 20年ぶりのリモネ!!!」
叫んだ。
それを微笑ましそうに見つめるロベリア。
こんなにも喜んでくれるため、このリモネの実を手に入れる苦労も報われるのである。
食い入るようにリモネを見つめるリャンメニカに苦笑し、ロベリアはその肩をそっと叩く。
「食べないのー?」
「・・・・・・っは!? あまりにも嬉しすぎて目を離せなかった。ありがと、ロビー」
我に帰ったリャンメニカは、すたっと立ち上がると、箱を持ってどこかへ行き、戻ってきた時、その他には一つの皿とそこにリモネの実を二つ乗せていた。
皿を水平に渡した糸の上に乗せ、「はい」とリモネの一つをロベリアに渡す。
「いいの?」
「もちろん! これはロビーが持ってきてくれたんだからね」
「んー、じゃ、ありがたく」
ロベリアはリモネの実を受け取ると、右手の人差し指の爪を鋭く伸ばし、それを使ってリモネの皮を剥き始めた。
横のリャンメニカも同様に、自身の爪を使って、皮を剥いている。
リモネの皮はそこそこに硬く、しかし薄い。
その果実は房状になっていて、果実はプチプチとした食感に、爽やかな甘さのある味をしている。
魔界には絶対にないこの果物に、リャンメニカは虜になってしまったのだ。
最も、魔界の魔族なら、おそらく大半が虜になってしまうのだろうが。
ちなみに、ロベリアの家族もみんな好きである。
しかし、これは精霊界の果物のため、手に入れられる魔族はロベリアしかいない。
そしてロベリアも、いつでも自由に精霊界に出入りできるわけでもないため、超絶に貴重品なのであった。
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