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・29・「え、え、誰・・・?」

心臓を取り出したところで、ロベリアの意識はもうほとんど残っていなかった。


朦朧としながらも詠唱を完了させ、目の前が真っ暗になる。


――と、ロベリアはまるで水中でたゆたっているような感覚を覚えた。


ゆらゆらと、温かな空間で、幼子のように体を丸めている。


ふとその瞼が開き、ロベリアは自分が闇の中にいることを認識した。


闇夜を見通す目を持つ魔族であるが、この闇は何か異なっている。


自分の姿を見下ろして、その何かが、自身だけをはっきりと視認できることだと気が付いた。


周囲に目を向けてみるも、果てもないような、床も天井もなく、右も左もない。


(・・・もしかして、死んだ・・・?)


不意にそんな考えが浮かんだ。


儀式の最も重要で過酷なもの、それが儀式の行使者である半身の心臓を取り出す部分。


そこで失神でもしようものなら、儀式は失敗に終わり、心臓を失った行使者は死ぬ。


ロベリアは自分がちゃんと詠唱を完了させたと思ったが、もしかしたら失敗して、彼女は死んでしまったのかもしれない。


(死後の世界って、そういえば聞いたことなかったかも)


「神」という概念がなく、ヒトの祖である精霊王は未だ死んだことがなく、他の”王”は転生を繰り返している。


死した者を食らう魔界では死者を弔うという概念など当然存在せず、全ては魔力、力へと変換されると考えられている。


そんな環境で死後にどこへゆくのか、などという話を聞いたことがないと思いつき、実際はこのような闇だけなのか、とロベリアは納得した。


自身でも意外なほどに、自分が死んだ事実にロベリアは衝撃を受けていなかった。


魔界で暮らしてその考えに一片たりとも賛同できず、食らうのはいいが食らわれる気などない、と思っていたロベリアである。


儀式の前にもあれほど死なないように、と念を押して挑んだはずであるが、あっさりとこのような事態になっていても、それほど落胆も絶望もしなかった。


しばらくたゆたっていたロベリアが思ったのは、いつまでこの状態は続くのだろう、ということだった。


・・・もしかして、”王”以外の普通の魂は死んだら闇を漂うことになるの!? とそんな推測に衝撃を受けて目を見張る。


実はこの謎の空間が心地よく、眠気を感じるほどだったため、それなら魂も安らかに眠りについてしまうはずだ、と半ば確信を持ってしまったのである。


(んー、そっか・・・。じゃあ、私も眠ろうかな・・・)


緩やかに瞼が下りて、ロベリアは意識を手放そうとする。


温かな感覚に体の感覚さえ曖昧にぼやけ始めた――その時。


―・・・・・・ア・・・―


(・・・・・・ん?)


かすかに、本当にかすかに、どこかから声がしたような気がした。


すぅっと体の輪郭がはっきりして、ロベリアは覚醒に似た状態に戻る。


―・・・ア・・・・・・リア・・・―


確かに聞こえた。


小さな声である。


ロベリアは緩慢に氷色の瞳を開く。


視線を動かすが、その目にとらえられるものは見当たらない。


―・・・リア・・・・・・ロベリア―


「・・・え?」


その声は確かに彼女の名前を呼んだ。


それは耳に入るのではなく、頭の中で直接響いているようだ、とロベリアは気づく。


一体この声はなんなのだろうか。


ロベリアは心中にわいた驚きと少しの恐怖心から、きょろきょろと周りを見渡してしまう。


「え、え、誰・・・?」


その言葉に応えるように、また声が響く。


―ロベリア・・・お前の求める”王”はなんだ―


「・・・”王”・・・?」


ロベリアの脳裏に瞬間的に現れたのは、当然、魔王という言葉である。


「それは・・・魔王サマ、です」


正体不明な声相手に思わず敬語になりながら、ぽつりと答えるロベリア。


―お前の求める魔王はどのような存在か―


どのような存在? ロベリアは眉を寄せて考え込んだ。


伝説に伝わる魔王は、魔界で最も強く、魔族全てに敬愛され、魔界を良く治めた(魔族的に)と言われているが、それを言っているのだろうか。


それとも、精霊王に聞いた初代魔王、双子の魔王のことだろうか。


どちらもほとんどは共通していて、違うことは双子であるところと、初代以降は皆儀式によって創り(・・)あげられた(・・・・・)という点だろう。


「魔界で一番強く、全ての魔族に畏怖される・・・?」


不安さから疑問符がついてしまった。


―お前の求める魔王はどのような存在か―


しかし、恐々と反応を待つロベリアの脳内に響いたのは、一語一句同じセリフ。


ロベリアは返答に困った。


さっきの答えは声の求めるものではなかったようである。


さて、どのように答えればいいのだろうか。


そこで繰り返された言葉を思い返し、ロベリアは思考する。


(『お前の求める魔王』? 私の、個人の好みでいいの? ・・・好みの魔王サマって何・・・)


まるで好物の食べ物のように解釈してしまい、内心はさらに困惑する。


しばし考えたロベリアは、迷いながらも口を開く。


「・・・魔界で一番強くて、兄弟仲がとても良くて、魔族のことを愛していて・・・無闇な殺生はしない方、かな」


ロベリアがイメージしたのは、精霊王に聞いた初代魔王たちである。


二人はロベリアが述べたような人物であったらしく、最後に付け加えた要素が、ロベリアにとても魅力的に思えたのである。


―お前の求める魔王はどのような姿をしているか―


すると、声は彼女の答えに新しい問いを発してきた。


一瞬、なんのために聞いたんだろ・・・と疑問に思ったものの、次の質問の答えを考え始める。


(やっぱり初代みたいに双子がいいかなー。後は・・・特に無いかも)


魔族の容姿は種族に依存している。


精霊族と地竜の魔族であるから、魔王は必然的に地竜の魔族の姿になるわけであり、特に要求したいような見かけもなかった。


それを素直に伝えると、その時初めてこの闇の空間に変化が現れた。


ロベリアの眼前、1mも離れていない空間に白い光のようなものが収束し始めたのである。


目を瞠り、身を竦めたロベリアの前で、その白い何かはだんだんと形を成していく。


それは彼女とほぼ同じ身長のヒト――否、身長だけでなく体つきや顔が全く同じヒトが現れたのである。


体と顔のパーツは全く同じであるが、その髪色は茶色地にさまざまな緑色の混じったまだら模様、瞳は周囲が茶色く中心は黄みがかった緑色、縦長の瞳孔は竜の血を引く種族特有のもの。


また、骨ばった筋や平らでいて引きしまった胸筋、そして股間の象徴からして、そのヒトは男だった。


唖然としてぽかんと口を開けて固まったロベリアの前で、そのヒトはゆっくりと目を瞬いた。


『――ろべり、あ』


成人した低い声とどこか舌足らずな口調で、その男は彼女の名を呼んだ。


そこでロベリアは唐突に理解した。


(――あああぁぁぁ!!! 私死んでないっ!!! むしろしっかりちゃっかり儀式の続行中だったぁぁぁ!!! )


悲鳴をあげる内心は一切表情に出さずに、ロベリアは数秒心を落ち着けようと目をつむった。


目の前の現実から目を背けた、とも言える。


(まじかまじかまじかまじかまじですかっ。・・・あぁぁぁ!!! うわぁーそういうことなんだぁぁぁ!!! ちゃんと書いておいてくださいよぉぉぉ・・・)


ロベリアは、たった今現れた男が何者か分かってしまったのだ。


詠唱を完了させた、と思っていたのはやはり事実であり、儀式は完成していた。


心臓を取り出したあとに起こることも、当然【半身の書】に書いてあった。


今回犠牲になったホーンレスタはこの儀式で魔王を「復活」させると言っていたが、正確には全く異なるのである。


「復活」ではなく「再誕」。


前者が元の存在をそのまま元に戻すのに対して、後者は新しく生まれなおすこと。


初代魔王が死んでから、以降2代目以降の魔王たちは魔族の呪いとすら言える執念によって創られて、生み出されてきたのだ。


つまり、儀式の終わりに起こるのは魔王の再構築(・・・)


半身の心臓を核に、生き血で肉体を構成し、魔力で魂を創りあげる。


そして魔王はこの世に「再誕」する、と書かれていたのである。


であるからして、ロベリアがイメージしていたのは、心臓を捧げた後、魔法陣上に魔王が現れる、というものであった。


しかし、実際に気が付けば謎の空間にいたため、自分が死んだのかと勘違いしてしまったのである。


ではこの空間が何で、何が起こり、そしてこの男は誰なのか。


(『魂の練成』ですよねー・・・・・・うぅぅぅ・・・ちゃんと別空間にいくって、書いてくれれば・・・あ、違うか。ここたぶん、精神世界・・・?)


獣王と妖精王は、体は死滅すれど、その精神と「格」が新たな肉体に宿ることで転生を繰り返している。


しかし、残念ながら魔族の執念でさえ、魂の復元は不可能であった。


そこで魔王の魂、人格は儀式の行使者たる半身が創りだしてきたのである。


もっとも、代々の半身はみな初代を狂信的に崇拝しているものたちであったため、結果的に初代魔王のような性格の魔王が誕生してきた。


この謎の空間、謎の声、謎の質問。


それらは皆、魔王の魂を創りあげるためのもの。


半身であるロベリアの精神世界にて完成した儀式からの問い、つまり『魂の練成』のための魔王の性格と、肉体構成のための容姿の決定。


そして生まれたのが、先ほどの男――つまり第14代目の魔王である。


◆◆◆

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