・26・【 血を捧げよ 】
※注意:残酷描写・流血描写有り
ロベリアは一つ目の部屋に入って初めて、振り返って『静寂の火花』に向き合った。
橙の瞳を爛々と輝かせた老人は、言霊の効果で黙っていてもその高揚を全身から放っている。
一瞬気圧されたロベリアだったが、正面にある入り口を指差して、
『あの部屋に入って服を脱ぎ、下穿きだけになれ。まずはお前を魔力に還元する儀式を行う。私は道具を取ってくるから、そこで待っておけ』
男は黙って頷き、正面奥の部屋へ入っていく。
ロベリアはその様子を見て、
(やべ、喋れるように戻したほーがいいかな・・・? ・・・いや、いっか。変に喋られえるとげんなりするし・・・)
とわずかに思考して、自分は左の部屋に向かった。
そこは一つ目の部屋よりわずかに狭く、壁一面に棚があり、様々は物が置いてあった。
ロベリアはしばし見渡して、その中から一本の煌く紅い結晶でできた長い杭と、同じ材質でできた金槌を手に取って、正面奥の部屋へ向かった。
そこは今までの部屋とは全く異なり、広さは直径およそ10mは軽くあり、その床ほとんどを使って巨大な魔方陣が床に刻まれている。
床は灰色以外に黒ずんだ部分も多く、壁にも何かが飛び散ったような黒ずみがいくつもある。
閃光蛍の魔族はその部屋の隅で、下穿き一枚となり、魔族らしく、年を経てもわずかにしか老化しないその肉体をさらしていた。
脱がれた衣服、黒いローブや履いていたらしき黒い革靴はきちんと畳まれてその足元に置いてある。
ロベリアは入り口を背後に右側へと歩いていった。
そこには巨大な魔方陣とは別の、こちらは直径2mほどの魔方陣が刻まれている。
ロベリアは持っていた道具とかばんを床におきながら、『静寂の火花』へ顔を向けた。
『待たせたな。こちらへ来い。・・・あぁ、服はそこでいい。ここに来て、この魔方陣の中に上向きに寝ろ』
またしても黙ったまま首肯して、男は部屋を横切って来ると、言葉通り魔方陣の上に寝そべった。
そこでロベリアはこの男の魔力を測ろうとして、大事なことに気がついた。
(・・・・・・あ! 計測器ない! 魔石も持ってこないと・・・もー・・・・・・)
忘れた頃にやって来るロベリアのうっかり。
すでにこの『片割れの間』には影蟲に運ばせてあるため、どこにあるかなー、とロベリアは先ほどの道具のあった部屋に早足に戻る。
部屋をぐるりと見渡して、魔力計測器の黒い箱は地面近くに、また50個にもある魔石は、家で皮袋に収めており、それは中段ほどにあった。
二つを抱えて小さな魔方陣の前まで戻ってきたロベリアは、それらも床に置き、男のそばにしゃがみこむ。
『動くなよ』
それだけ言って、何をするかは説明せず男の片手をとると、その指先を爪でわずかに切る。
そして出てきた血液を上手に爪先に乗せて、魔力計測器に垂らす。
重厚な黒い箱はブゥゥゥン・・・とかすかな音をたてた後、上面に3280という数値を浮かび上がらせた。
(ふーん。やっぱり1000年超えの魔族はすごいな)
などとその数値を見て思うロベリアだが、その彼女自身は齢300年で数値5000を超える、すごい程度の魔族でないことを忘れているようである。
男の魔力量が儀式に十分であることを確認し、ロベリアは魔力計測器をすぐに影移動で自室に運ばせた。
借り物であり、精密機械なため、これから膨大な魔力がうずまくこの部屋に置いておくのは危険だからであった。
ロベリアは次に魔石の入った皮袋を手にした。
中をのぞいて、今でた数値をぴったり収容する魔石を取り出していく。
3000分には容量500の魔石を6個。
200分には容量100の魔石を2個。
80中50分に容量50の魔石を1個と、残り30分に容量10の魔石を3個。
合計12個の魔石が必要なようである。
しかし、計測器が出したのは血中魔力濃度といって、血液中に含まれる魔力量を測り、そこから全体の量を推測するものである。
従って、体組成魔力を全て絞ると、これよりわずかに魔力量は増える可能性がある。
それをかんがみて、ロベリアは予備に容量100の魔石を5個取り出しておいた。
これで合計17個になった魔石を、魔方陣の基礎となる円にそって、男の周囲にぐるりと配置していく。
順番は容量の最も多い500の魔石を頭におき、順番に容量の小さいものに。
それを終えると今度は杭を左手に、金槌を右手に持って、男の頭側に立ち、その顔を見下ろした。
「・・・・・・では、儀式を始める」
ぴん。 とロベリアらしくない感情の抜け落ちた冷たい声音でそう宣言するのに、ホーンレスタは全てを受け入れるというように、しっかりと大きく頷いた。
ロベリアは目を閉じてしばし心を静めると、すぅーっと息を吸って――――詠唱を始める。
【 一つにして二つ 二つにして一つ 我らが至宝 我らが”王”へ
これより行うは【昇華の儀式】 我らが血肉を”王”の力と為すため
我らは捧げん 我らが血肉 我らが命
選ばれし者よ 汝の心を顕せ それが”王”の力と成る 】
すらすらと言葉を紡いだロベリアは、そこで瞼を上げ、男の右側に移動して膝をつく。
そしてその右手首に紅い杭の先端をあて、紅い金槌を大きく振りかぶる。
【 血を捧げよ 】
振り下ろす。
「っ――――!!!」
ごちゃ。という肉が潰され引き裂かれる嫌な音が鳴り、ロベリアの手に気持ち悪い感触が響いてきた。
男は目をこれでもかと見開き、ぶるぶると体を痙攣させながら、それでも歯を食いしばって襲い掛かる激痛を耐えているようである。
ロベリアは男の手首を押さえ、貫通して地面に刺さっている杭を勢いよく引き抜く。
と、それについてくるように鮮血がぽっかり開いた穴から噴き出した。
赤い液体はロベリアの顔を濡らしたが、ロベリアの表情は凍りついたかのようにぴくりともせず、氷色の瞳はただその穴を見つめている。
流れ出した血液は刻まれた魔方陣の溝にみるみる満ちる。
と、魔方陣が赤い光を放ち、まるで時がゆっくりと流れ出したかのように血液の動きがゆるやかになり、それらはやがて浮かび上がって、男の頭の方へ、その上に置かれた魔石に向かって吸い込まれ始めた。
透明だった魔石は、血が流れ込むごとにどんどんその色を真紅に変えていく。
魔石が魔力を吸収し始めたのを確認して、ロベリアは移動を再開した。
男の足下に移動し、右足首に杭の先端をあて、金槌を振り上げる。
【 血を捧げよ 】
振り下ろす。
「――!! っ――!!」
ぐきゃ。
気持ち悪い感触。
男の痙攣が激しくなる。
杭を引き抜く。
感情を失くしたかのように、ロベリアは淡々と儀式を遂行し続ける。
【 血を捧げよ 】
左足首に。
ごちゃ。
気持ち悪い感触。
「―――っ!!! ・・・・・・」
男は白目を剥いた。
気絶したようである。
杭を引き抜く。
魔方陣の中はまるで血の雨が降っているかのよう。
しかし、血液は床に落ちることなく、空中で一つの川となって魔石に流れ込んでいく。
【 血を捧げよ 】
左手首に。
ぐきゃ。
気持ち悪い感触。
もはやぴくぴくと生理的に痙攣し続けるホーンレスタ。
杭を引き抜く。
ロベリアの手や顔や服に飛び散った血液も、すぐに浮かび上がって魔石への川に合流していく。
最後に、紅い杭の先端は胸の中心よりやや左、心臓の上に置かれた。
ロベリアは紅い金槌を振り上げる。
頂上のところで一度長く瞬きして、一気に右手を振り下ろした。
【 血を捧げよ 】
ずちゅ。 と深々と突き刺さったそれは、一人の魔族の息の根を止めた。
びくり、と大きく痙攣して、閃光蛍の魔族、『静寂の火花』という二つ名を持つ男、1200年を生きたホーンレスタという存在は死んだ。
ロベリアは杭を力一杯に引き抜いて、ゆっくりと魔方陣から後退する。
【 血を捧げよ 血を捧げよ 血を捧げよ
選ばれし者 汝の血を捧げよ
汝の命を捧げよ それが”王”の力と成る 】
詠唱を終えた数秒後――――ロベリアは夢から覚めたように顔をくしゃりと歪め、その場にしゃがみこんだ。
膝を抱えて何度も息を吸い込み、荒い呼吸を必死に抑えようとする。
ちらりと魔方陣に目を向けてみれば、体組成の魔力還元化が始まったのか、男の足先が砂のように崩れ、それは黒い粒子となって空中の赤い川に混じり始めていた。
ロベリアはさっと目をそらすと、強く目をつぶった。
早く終われ・・・! そうひたすらに考えながら、長いことその場から動くことができなかった。
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