・24・(この人魔族に珍しいタイプの人だ・・・)
各世界の領域境界の外にある、空白地帯はその大部分が草原になっている。
膝に届かないくらいの草が一面に緑の絨毯として茂り、ぽつぽつと木々の生えた林のような場所もある。
その中でも森の形成し、高い山と谷を有する地形が、地竜の生息地であった。
精霊界から西へ、角で方角を探りながら飛行するロベリア。
その耳元に、黒い小さな蟲が飛んできて止まる。
「――ん? ・・・あー、あの人ね。繋げて」
何事かを納得した彼女の指示に従って、繋がれた共有によって、ロベリアの視界が二重になる。
一面は空白地帯の穏やか風景。
もう一面は、灯りのない薄暗い室内と、天井につくほどの棚とぎっしりと並べられた大量の書物――王城のいつもの図書館である。
さらに、図書館側の影蟲が移動したのか、その光景の中心に老成したヒゲの長い男の顔が映し出された。
「どーも、『静寂の火花』さん。何か御用ですか?」
飛行は続けたままロベリアが口を開くと、男は一つ頷いた。
「うむ。貴様に言われたとおりに書物を棚に収めたのだがな・・・いかんせん置き方も並びもてんでばらばらでな。気持ちが悪くてかなわん。きっちり整理しようと思ったのだが、貴様の首尾はどうか聞いてからにしようと思うてな」
「あー・・・(この人魔族に珍しいタイプの人だ・・・)材料はあと少しで揃います。なんで、私がそこに行くまで思う存分整理しててください。・・・あ、行くときは連絡するので」
「うむ。了解した。では、それだけだ」
「はーい。切りますね」
ロベリアの言葉とともに、視界の共有は途切れ、影蟲は姿を消した。
男こと閃光蛍の魔族・ホーンレスタを言霊で洗脳したのが、二日前の午後。
どうやら彼はあれからずっと図書館での作業を続けていたらしい。
研究バカの二人からの猛攻や、戦闘バカのストーカー兼決闘ですっかり忘れていたロベリアである。
かくいう今も、共有を切って三分後くらいにはもう記憶の隅に追いやり、どうやって地竜の血を採ろうか、ということを考えていた。
地竜は森の中に暮らす、数種類いる竜の中で最も大人しい竜である。
体色は森にまぎれる緑や茶色で、体高は生体なら3mほど。
めったに怒らないが、もし一度怒らせれば、竜の中で最も危険な生き物になる、と言われている。
とは言っても、そもそも地竜の生息域を訪れる者などほとんどいないために、それは伝説や言い伝え程度の認識である。
ロベリアも、300年の人生で一度みたことがあるきりで、地竜の生態などはほとんど知らない。
何が彼らを怒らせるかについては話で聞く程度であるが、地雷をぶち抜くようなヘマをして命の危機に陥るつもりはさらさらないので、安全第一にいくつもりである。
地竜は初めの魔族・魔王の種族でもある。
そのためか魔族にとって特別な生き物という感覚を普通の魔族は持っている。
魔族の種族の一種でありながら、その原種は魔界に棲んでいない、という矛盾ゆえに一般の魔族は一生その姿を見ないことも少なくない。
”王”の血を引く地竜の魔族だけは、特別に彼らの生息地に行くことができるという。
・・・しかし、自力で世界間を移動できるロベリアは普通の魔族ではないし、特にそういった感情も事情も関係ないものであったが。
地竜の生息地に近づき、眼下に森が広がり出してから、ロベリアは地竜の気配を探し始めた。
高度を下げ、念のために霧の結界を展開し、自動防御できるようにしておく。
5mほどの樹木すれすれに飛びながら、竜が最もいるであろう場所――谷を目指す。
すると、右斜め前方下に、三つほどの魔力の気配を感知した。
ロベリアはその数m前で地上に降り立ち、できるだけ気配を隠してそこへ歩いていった。
果たして、そこには食事中であるのか、親子に見える地竜が三匹いた。
二匹は番なのか大きな生体の地竜、そしてそれらより一回り小さな幼体らしき地竜が一匹。
(うわぁぁぁ・・・・・・運悪ー・・・親子かー)
地竜を起こらせる簡単な方法のうち二つが、子供・卵に害をなす、番に害をなす、である。
二つも当てはまるような危険な状況では、たとえ魔術で眠らせることが前提でも怖すぎる。
そう判断したロベリアはさっと諦めてその場を静かに離れ、今度は歩きながら違う地竜を探すことにした。
角で谷の方角は常に把握して、なるべく谷に進みながら。
空白地帯の天候は穏やかで太陽は午後も変わらず地上を照らしていたが、深い森の中では少し薄暗い。
ところどころにゆらめく木漏れ日を見つけては、平和だなーという感想を思い浮かべつつ、ロベリアは数十分探索を続けた。
そして、次に左前方、谷までそ距離がそこそこに近くなった時、一匹分の魔力の気配を感じた。
その正体を確かめれば、一匹の大きな地竜。
どうやらお昼寝でもしているのか、その巨体は地面に丸くなっており、ゆっくりと呼吸している動きがかすかに見て取れた。
(お、ラッキー!)
笑顔になったロベリアは、それでも静かに慎重に地竜に近づくと、
(我らが祖なる精霊王よ、堕ちし我らにその溢れる慈悲を与え給え、彼の者に深淵の如き眠りを、与え給え)
魔術を手のひらに構築し、そっと地竜の背中に触った。
「――・・・ぎゃうっ」
「 !? 」
構成された魔力はすうーっとその緑色の鱗の中に入っていったが、一瞬地竜が声を上げ、心臓が爆発せんばかりに驚くロベリア。
ばくばくする胸に手をあて、しばし地竜の様子を窺って、どうやらちゃんと深い眠りに入ったことを確認してから、ほーっと詰めていた息を吐き出した。
そのせいかかなりの疲労感を全身に感じたが、よし、と内心気合を入れて、ロベリアは生き血採取の準備を始めた。
地面に保存用の瓶を置き、採血用の吸血バラの鉢植えも用意しておく。
次に、自身の爪を鋭く長く変化させると、目の前の地竜の背中に一筋の切り傷を作り出す。
その傷口からはじわりと赤い液体が滲み出してくる。
吸血バラはもともと、そのバラに魅いられて近寄ってきた生き物を捕縛してその血を吸収する魔植物である。
魔界での生物としての強さはお世辞にも高いとは言えないため、自力では竜種の鱗を突き破ることはできないため、ロベリアはあらかじめ鱗を除去したのである。
その傷口の前に吸血バラを持ち上げて、
「大包を6個、今度は休憩なしで採取してください。はい、どうぞ」
そう指示すると、小さな白いバラは従順に白い産毛の生えた蔓を伸ばし、採血を始めた。
ロベリアはもう一つ魔術を切り傷周辺に展開し、その血の臭いが広がらないようにする。
そして、周囲を警戒しながら作業が終わるのを待った。
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