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・23・「んーと・・・たとえばー・・・」

魔王再誕の儀式に必要な物は、多量の純粋な魔力・精霊族の生き血・地竜の生き血・半身の生き血・魔族の心臓を一つ。



内、純粋な魔力は閃光蛍の魔族・ホーンレスタを用い、そのための道具として、魔力計測器と魔石を用意した。


あとは彼の魔族を魔力に変換するだけである。


残りの、半身の生き血と魔族の心臓はロベリア自身のものを用いるため、儀式直前まで準備の必要はない。


――というわけで、次にロベリアが行ったのは、精霊族の生き血と地竜の生き血の採取である。


前日に『溶岩花火』と戦闘した疲労でか、ロベリアが目覚めたのは、妖精界製の空時計で陽空二刻、午前11時頃だった。


朝の準備を済ませた後、今日は薄い、白に近い青色のワンピースドレスに白いブーツ、正装のケープを

身に着けて、ロベリアは精霊界へと向かった。


持ち物には、母から許可を得て持ち出した採血用の吸血バラと、生き血の保存用にと買った瓶、他、協力者へのお土産である。


妖精族一歩手前の友人、精霊族のカイの血を採血しに行くつもりなのだ。


精霊王と謁見する予定はないが、一応の礼儀としてケープはまとっている。


魔界の青い領域境界からおよそ二刻ほどかけ、真昼の空を飛んでロベリアは精霊界へと侵入した。


緑の”摂理”からほど近い樹木の上にある、ウロにかかった浅黄色の布を無遠慮にまくる。


「こんにちはー。カイくん、いるー?・・・・・・あ、いた」


「どうも、ロベリアさん。いらっしゃい」


中に入ってから呼び声を上げて室内を見渡したロベリアの氷色の瞳が、部屋の隅、階段の上階から顔を出した鳥の巣のような黄金色の髪をとらえる。


すぐにひょこりと黄金色の目も現れ、のんびりと歓迎の言葉をかけた。


ロベリアはいつものように椅子に腰掛けて、水差しの中の液体で魔力を補給すると、静かに家主がやってくるのを待つ。


その間に吸血バラをテーブルの上に出し、ついでに瓶も並べておいた。


「よっとっと。お待たせしました――って、何ですかそれ!?」


足取り軽く階段を下りてきた華奢な精霊族は、テーブルの上に鎮座する物体にぎょっとしたように目を見開いた。


それは、真白い花びらに白い産毛の生えた薄緑の茎と葉を持つ、白い植木鉢に植わった小さな薔薇である。


「ん? 吸血バラだよー。妖精王サマとアラカ特製の品種改良したヤツ。吸血時の痛み無し、副作用無し、指定した量を正確に採取してくれるちょーイイ子な、採血用の薔薇ちゃんだよー」


にっこりとロベリアが説明すれば、カイは怯えたように眉をしかめながらも、大いに興味を引かれたのか、おそるおそる椅子に座った。


そして、そうっとその白い薔薇に手を伸ばす。


薔薇は動く様子もなく、されるがままカイに撫でられている。


「・・・大人しい、ですね。その、吸血バラというのは、もっと凶暴だと聞いていましたけど・・・」


「その子はイイ子だからねー。採血用に人を襲わないようになってるの。でも、医療用だからあんまり触らないであげてねー」


「あっ、そうなんですか。済みません」


その言葉にカイはパッと薔薇から手を引く。


その様子に恐怖はほとんどなさそうだ、と判断して、ロベリアは話を始めた。


「今日来たのは、分かると思いますが、カイくんの血をもらうためです」


「はい」


「でも、精霊族のカイくんにとっては辛いことだと思うので、協力してくれるお礼として、お土産持ってきました」


「!!! そ、それは本当ですか!? い、一体どのような物なんですか、それは!?」


テーブルに手をついて目を輝かせる精霊族に、ロベリアはちょっと身を引きながらどうどうと両手を出す。


「お、落ち着いてカイヤ。お土産は採血の後だから! ほら、やる気になったでしょ!? 全然怖くないでしょ!?」


「ええ! ドンと来い、です! さあさあ、やっちゃってください! そして、お土産をください!」


胸に手をあててフンスと鼻息荒くし始めたカイに、やっぱり妖精族になりそー・・・と内心思いながらも、ロベリアはこのやる気が消えないうちに、と作業を開始した。


まずカイヤの利き腕を尋ね、左手と答えたため、右腕を露出させる。


腕全体を生み出した水でさっと洗浄した後、吸血バラのすぐそばに腕を置かせた。


「動かないでね。一応麻酔液の効果で痛みはないんだけど、傷口が広がっちゃうかもしれないから」


ロベリアの忠告にカイはさっと顔を青ざめたが、黙って首肯した。


「んじゃー、薔薇ちゃん。大包を6個、採取して下さい。2個採取するごとに休憩を挟みます。お願いね」


話しかけたロベリアに、頷くように白い薔薇は上下に揺れ、その植わった土の中から茎と同様に白い産毛の生えた、棘のある蔓がしゅるりと伸びてきた。


それらがカイの細い腕にそっと絡みつくと、棘のうちの一つが正確に血管を探って、皮膚を突き破った。


刺された感触に一瞬びくっとしたカイだったが、本当に痛みを感じないことに恐怖より好奇心が勝って、その傷口をじーっと観察し始めた。


数秒すると、吸血バラの茎に変化が現れる。


細い茎の中ほどがゆっくりと膨らんでいき、透明な袋のようなものの中に紅い液体がたまって、さらに体積を増していく。


これは吸血バラ特有の血袋、俗に「包」と呼ばれるもので、吸血した血液を保存するための器官である。


本来は安全な土の下、根に形成されるものであるが、これは形成後に医療者が採取できるようにと茎に形成されるように改良されている。


また、その大きさは丸い楕円形で、およそ長さ5cmに幅3センチほどで止まり、別の部位に新しい包が形成され始めている。


これは「大包」と呼ばれるサイズで、採血用なため量を調整できるように包のサイズに名前がつけられ、吸血バラはその指示された大きさ、量の血液を吸収するのだ。


この吸血バラ自体のサイズが最小のため、「大包」でも一般的な採血用であれば「中包」に相当する量となっている。


この精霊族の友人、および精霊族に共通するのは皆体つきが華奢なところで、いっぺんに大量の採血は無理だろうと判断して、最小サイズを持ってきたのである。


2個目の包の形成が終わった時点で、吸収は一度停止する。


ロベリアは包を慎重に摘み取ると、瓶の中に入れた。


そして、コップに水差しから液体を注ぎ、少し顔色の悪くなった友人に渡した。


「・・・・・・大丈夫、カイくん? ゆっくり飲んでー」


「はい・・・ありがとうございます」


開始前の飛び上がったテンションは消え、ゆったりした動作でカイはコップを傾ける。


精霊界にあるものは、全て他の生物に恵みを与える。


この液体も精霊界ではごく普通の飲料水に過ぎないが、豊富な魔力を含んでおり、血を失った――つまり魔力を失ったときに飲めば天然の魔力補給水になるのである。


ゆえにカイの家を訪れたロベリアは好んでこの水を飲んでいる。


カイがコップをあけるのをじっと待って、ロベリアは吸血バラへ採血再開の指示を出した。


と、また数秒後に白い産毛の生えた茎からぷわりとふくらみが現れ始める。


同様の作業が続き、楕円の包が6個瓶に入れられたところで、採血は終了した。


「――――はい! お疲れ様でしたー!」


「お疲れさま、です・・・」


弾けるように伸びをしたロベリアと、ぐったりとテーブルにうつぶせたカイ。


すっかり覇気をなくしたカイヤの様子に、ロベリアは慌ててかばんの中からあるものを取り出した。


彼女が取り出したのは、ロベリアの手より幾分か大きな鈍い深紅の輝きを放つ結晶の塊。


「!!! それは!」


「はい、お土産、とゆーか、ご褒美です! ほんとにありがとうねー」


ごつごつしたその石をカイに手渡せば、シャキッと棒でも入ったかのように背筋を伸ばして、黄金色の瞳をこぼれそうなほど見開いた。


その頬がじわりと色づき、滲むように笑顔を浮かべる。


「えっとー・・・西方地帯、火山帯で採れる結晶・・・だと思う。リンにもらったんだけど、魔界ではだれも宝石とか貴石とか興味ないから・・・・・・って、泣かないでよカイくん」


「・・・え? あ・・・う゛、う゛れじく、て・・・・・・」


(ほーんとに好きなんだなー、他世界の物。・・・もう精霊界から出ちゃえばいいのに・・・)


自身でも気がついていなかったのか、だーっと笑顔のまま涙をこぼす友人に、思わずそんな事を思ってしまうロベリア。


精霊族は精霊界を出るということは、ほぼイコールで堕落であるため、妖精族に堕ちる可能性が高いのだが、いっそその方が彼にとっての幸せであるのではないかと思えてくるのであった。


「うん。そんなに喜んでもらっちゃうと、持ってきたかいあったよー。好きなだけ分解するなり分析するなりしてくださいな。――あ、よければ何かの形にカットしてみたら?」


「う゛・・・何か、とは、なんですか・・・?」


「んーと・・・たとえばー・・・」


涙を拭いもせずに早速観察を始めた精霊族に問い返されて、ロベリアは考えるように口に指をあてる。


その脳裏に、精霊界でよく見かける虹色の翅を持った蝶が浮かんだ。


「・・・あ、そーだ。精霊界にいる蝶々(ちょーちょ)! あれ、作ってみたら?」


あらゆるものを分解できる手先の器用さを持つ彼なら、結晶でそのようなものを作ることも簡単だろうと思っての提案だった。


カイは一度結晶をじっと見つめて一つ頷くと、黄金色の瞳をロベリアに向けて、


「分かりました。今度ロベリアさんがいらした時にお渡ししますね」


強い決意のこもった声音でそう告げられ、ロベリアは反射的に「う、うん」と頷いた。


集中し出して声が届かなくなる前に、とロベリアはカイに礼を告げ、ウロの中の部屋を後にした。


これで精霊族の生き血は手に入り、残るは地竜の生き血のみである。


地竜は魔界ではなく、基本的に精霊王の領域となる空白地帯に生息している。


魔界への帰路にいるだろう、と見当をつけて、ロベリアは飛行を開始した。


◆◆◆

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