・22・「却下。帰れ」
魔石の入っているという白い箱の内部には、青い光沢のある布が敷かれ、いくつかに区切られた区画の中に、透明な球状の大きさの様々な輝石が収められていた。
最も大きいもので直径6cmほど、小さいものは1センチほどである。
ロベリアはかばんを開け、魔石をそれぞれのサイズで10個ずつしまった。
ホーンレスタの魔力量の大体の予想は3000ほどなので、最大サイズ、500の魔石が6個あれば足りるのだが、彼の魔族の身体組成魔力まで一滴残らず絞るつもりであるので、それ以上、もとい細かい数値がでる可能性がるため、容量の少ない魔石も保険で持っていくのだ。
その後、ロベリアの用事は済んだため、妖精王とアラカの気の済むまで実験をさせられる事となった。
それで半日ほど過ぎ、仕舞いにはぐったりと満身創痍(心理的に)なったロベリアだったが、二人とベルヴァにお礼を言って研究所を後にする。
ずっしりと肩に食い込むほどかばんは重く、それを持って飛んで帰らなければいけないことにうんざりしながら、ロベリアは休み休み、魔界への旅路に着く。
◆◆◆
青い”摂理”に穴を開けて、魔界へと帰還したロベリア。
彼女が出入りするのは常に雪原地帯からで、今日の天候はボタボタと重量を感じさせる重たい雪である。
とっさに霧の結界を出現させ、身を守ったロベリアは家を目指して白い皮翼を広げた。
道中何匹かの氷竜を墜落させ、吹雪蜂の群れを吹き飛ばして、視界の先に深緑の塊が見えた頃である。
その木々の手前で、雪原に在らざる緋色の柱が輝いた。
(は・・・? ・・・これ、って・・・アイツじゃ・・・ないよ、ね・・・?)
記憶の端に覚えのある光景に、嫌な予感がロベリアの心中に到来する。
雪に吸収されているのかロベリアにはかすかにしか聞こえていないが、見える景色からは明らかに轟音が発生するだろう衝撃がともなう爆発が頻発している。
乱立する溶岩だろう煌々とした赤い柱。
爆散する白い地面。
その間を縫って現れる若葉色の棘のついた蔓。
「・・・え、兄様?」
思わずついてでた言葉を肯定するかのように、ボタ雪に混じってひらひらとピンクの花びらが銀世界に漂い、それは怒涛の波となってある一点へと向かっていく。
そこへと目を向ければ、見知ったとある魔族の姿――真っ赤な長髪を振り乱し、黒い皮翼を駆使して花びらの嵐から飛びすさる『溶岩花火』が。
(何してんの、あの二人・・・?)
二つ名である『溶岩花火』が生息地である火山帯を抜け出せるのは理解できるのだが、なぜロベリアの兄であるアレンと決闘しているのか。
戦場から数m上空へと迫ったロベリアに、アレンの男として高めなやわらかい、しかし今は苛立ったような声が耳に入ってくる。
「――っだから、あの子がどこに行ったかなんて、僕は知らないって!」
声の方向を探れば、腰から生えた幾本もの蔓で宙を飛ぶように移動するアレンの姿を捉える。
「んなわけねーだろ!! あっちにはいなかったんだぞ!! 俺探したんだからな!!」
炎球をいくつも放ちながら、『溶岩花火』は叫ぶ。
「ほんっとにしつこいよねぇ、君! ――そんなんだから、あの子に振られるんだよ!」
炎球を蔓でなんなく弾き飛ばして、アレンは棘のついた蔓で拘束せんと、その数をぶわりと増やしてしならせる。
その様子を見ていたロベリアは、どうやら自分がらみのトラブルらしい、と気づく。
まるで初めてあの男に関わった時の、ストーカー騒ぎのようで、思わず頬が引きつる。
それと同時に、この戦いは決闘ではなくどうやらケンカのようだと見当をつけて、乱入することにした。
決闘に水を差すのは無作法だが、ただのケンカであるなら、第三者が介入しても相手に文句は言えない。
ロベリアは花びらから逃げ惑う『溶岩花火』に狙いをつけて、氷の礫を何百個と出現させた。
対象にぶつかった部分から凍結させる仕様にして、それを射出する。
「・・・っんな!?」
一方の事に気をとられていたはずの『溶岩花火』の紅い目がぎょっとしたようにロベリアを見たが、彼は回避することはできなかった。
ボタ雪とは異なる大粒の氷礫に全身を打たれ、さらにその部分から白く凍結して、『溶岩花火』はその身を凍らせて地面に落下した。
「――おやおや。ありがとう、ロベリア。お帰りなさい」
「ただいま、兄様。・・・なんか、そのー、大丈夫?」
おそるおそる尋ねれば、蔓をしまい、ふぅーと真紅の髪を払ったアレンは、じとーっとした視線を白くなった男に向ける。
「彼さぁ――――本当に、うざい」
かわいい顔立ちからぼそりと吐き出された毒に、びくっとロベリアは肩を浮かす。
温厚な兄が分かりやすく嫌う魔族の一人が、あの『溶岩花火』である。
彼の基本的な基準では嫌われる要素はないのだが、こと妹に関することとなると態度を変えるアレンである。
以前、現在のように雪原地帯の家まで押しかけ、ロベリアとの決闘をせがんできた『溶岩花火』のことを、それからアレンは毛嫌いするようになった。
ロベリアからすれば家族に迷惑をかけてしまった、という気まずさを感じているが、実際のところアレンが男を嫌う理由は「妹は渡さないよ――!」というブラコン精神からである。
固まっている『溶岩花火』を放置して、氷竜と吸血バラの兄妹は状況の共有を始めた。
「えっとー・・・どういう状況なの・・・?」
「それがね――僕が散歩してたらね、いきなり彼が現れて、『『無慈悲な氷檻』はどこだ!!』って言ってきてね・・・」
「あー・・・」
「リアは妖精界だけど、それを言っても仕方ないだろう? だから知らないよって答えたんだけどさ」
「アイツ、話聞かないもんねー・・・」
「本当に迷惑。『言わないなら力ずくだ!!』とか言ってきて――――僕に勝てる訳もないクセに」
心底軽蔑した表情で吐き捨てたアレンに、ロベリアはしゅんと身を縮こまらせた。
「ほんとにごめんね、兄様・・・私があんな奴に目ーつけられちゃったから・・・」
目を伏せて今にも泣きそうな顔になった妹に、兄は慌ててその手を握る。
「そ、そんな、リアは何も悪くないよ! 悪いのは全部彼だから!」
「でも・・・」
「なー、話終わったか!? もういいか!?」
唐突に背後から張り上げた声がかかったが、気配に気がついていた二人は一瞬目を合わせて肩をすくめた後、ゆっくりと振り返った。
すると、そこには凍結していたはずの『溶岩花火』は立ち上がって、黒い尾をビタビタと地面に打ち付けながら、不機嫌そうに二人を見ていた。
この男なら自力で氷を溶かすだろうと分かっていた二人は、それにはなんらリアクションを見せず、アレンがロベリアをかばうように一歩前へ出た。
「よう、『無慈悲な氷檻!! 会いたかったぜ!!」
「私は会いたくなかったけどー。で、なんの用ー?」
にっかりと告げた男に反して、淡々と返すロベリア。
「いやーひさしぶりに勝負したら楽しかったからさ!! もっと長くやりてーなって思ったんだよ!!」
「却下。帰れ」
「冷てーなー!! そーいわずに、やろうぜっ!! なあなあ!!」
まるで散歩に行きたくてたまらない犬、あるいは主人に遊んでほしくてたまらない犬。
どっちにせよ犬属性丸出しの『溶岩花火』の黒い二本角のそばにぴんと立った犬耳が見えたような気がして、実際に黒い尾はぶんぶんと振り切っていて、ロベリアは遠い目になった。
こうなった男は何日でも彼女に付きまとうようになるのだ。
(めんどいー。最高にめんどいよー・・・もー)
「――『溶岩花火』クン、決闘がしたいなら僕といないかい? 思う存分叩き潰してあげるよ?」
最高の笑みで告げたアレンはブラックオーラ全開で、「殺ってあげるよ?」という言葉が副音声で聞こえてくるよう。
「いや、俺は『無慈悲な氷檻』がいい」
しかし、ひどく真剣に答えた男に、アレンの額に青筋が浮かぶ。
兄がこれ以上本気で怒る前に、とロベリアは慌てて『溶岩花火』に駆け寄り、その手をつかむと、ばさりと翼をはためかせた。
「コイツ黙らせてくるからっ、に、兄様はさ、散歩の続きしてきてっ」
「うお!?」
「――! リア! さっさっと潰して帰っておいで!」
「分かったー!」
男を引っ張りながら飛び上がれば、『溶岩花火』も自身の翼を動かし始める。
とりあえず森から離れた所にいかなくちゃ! と焦っているロベリアの心中も知らず、のんきに男は笑っている。
つながった手に力をこめて握ると、
「いいな、コレ!! 番みたいだな!!」
などと言い出すものだから、ロベリアはハッとしてその手を振り払った。
「おいおい!! さびしーじゃねーかよ!!」
「いや、マジでない。番とかほんとない」
寒さではない鳥肌に腕をさすりながら、その言葉を全力で拒否するロベリア。
(ないないない・・・! コイツと番とか・・・ないわー)
言葉とは裏腹に犬歯を見せて笑う男を横目に、ロベリアは内心で首を横に振る。
戦闘民族で文化的精神など持ってないような魔族でも、番の存在は特別なのである。
お互いに命を預けられる相手、そして命を捧げてもいい、と契約した相手――それが番。
強いものを食せばその力を吸収し、自分のものにできる。
そんな弱肉強食を言葉通りに行われる魔界において、同じ魔族を食べるのはごく普通のことである。
だからこそ強い魔族は常に他の魔族に戦いを望まれ、もしどちらかが死亡すれば、勝利した者には相手を食べる権利が発生する。
そこから派生して、相手を食べたいほど強者と認めている、という意味で「あなたを食べたい」という言い回しが生まれ、いつしかそれは番として契約してほしい、という意味合いへと変わっていった。
そらにその上の最上級の言い方は「あなたに食べられたい」で、これはあなたの力になるためならこの身を捧げてもいい、という魔族としては最上の告白になる。
ロベリアの父・キースは、これを母・ロズレイアに告げて見事番になったという経緯があったりする。
それを何度も聞いていたロベリアは、初めて「お前喰いたい!!」と『溶岩花火』に言われたときは、これが例のアレか・・・! と戦慄した。
しかし、決闘のたびに言われている内に慣れてしまって、今では簡単に受け流すようになっていた。
残念ながら、熱烈なアプローチにも関わらずロベリアがその告白に頷かないのは、誰かに食べられる気がさっぱりないからである。
合わせていうなら、この男のことは犬っぽさが強すぎて、異性としてまったく見れない、という事情もあった。
そんなことを知らない『溶岩花火』は全く諦める様子はない。
けれども、ロベリアは応える気がさらさらない、というなんとも不毛な関係をかれこれ何十年としているのだった。
――――しかるべき広い場所に着いて、ロベリアは早々に『溶岩花火』を氷漬けにした後、男を火山帯に放って、やれやれと家に帰ることができた。
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