・21・(ほんとに有能だな、この人・・・!)
さて、それから一刻ほど、ロベリアは二人の研究者に言われるがまま、様々なデータを取るための実験に協力した。
初めに基礎的な身体データを計り、採血用に改良された吸血バラにて採血をした後、アラカが持ってきた特製の大型魔力計測器で魔力量を確認した。
前回ロベリアが妖精界を訪れたのは50年ほど前で、その時の魔力量は数値にしておよそ4800ほどであった。
黒い縦15センチ、横30cm、高さ12センチの重厚な箱に妖精王が慎重な手つきで妖精界でのスポイト的道具でロベリアの血液を垂らす。
すると、ブゥゥゥン・・・とかすかな稼動音が鳴り、箱の上面に09853973958930・・・とものすごい速度で数字が流れたかと思えば、ピーと高い音が鳴った後、計測器は沈黙した。
「・・・・・・・・・(ヤバ・・・)」
「あら、壊れたのかしら?」
「・・・ロベリア、そなた本当に何者なのだ? また計測不能になったぞ」
妖精界に初めて訪れたときと同じ光景に、ロベリアは冷や汗を垂らして目をそらし、アラカは面白そうに首を傾げ、妖精王は好奇心と呆れを顔いっぱいに浮かべて、ロベリアを横目に見た。
数値5000を計れる計測器で計測不能になったということは、ロベリアの魔力量は5000を超えていることを意味する。
魔力は生命力と同義であり、成長とともに増加するのは不思議ではないが、すでに300年生きた成人した魔族でも、これほど急激な魔力の増加は珍しいと言えるだろう。
妖精族にいたってはそもそも魔力量は50が精々な最大値で、妖精王でさえ100あるかどうかというところである。
そんな彼女たちから見れば、魔力量5000以上となるロベリアはさながら化け物と言ってもよく、しかし、妖精族の性で、抱くのは恐怖ではなく好奇心であった。
もっとも、生涯魔力量など計らない魔界の魔族を計測してみれば、ロベリア程度ならおそらくゴロゴロいる、と知っているロベリアは懸命にもノーコメントを通した。
今回この装置を使うのはロベリアではなく閃光蛍の魔族――ホーンレスタである。
魔王の儀式に必要な魔力量は最低で1000であるし、あの男の魔力量はおおよそで感じ取ったかぎりでは計測できる量の内だったはず・・・! とわずかに不安になりながらも、ロベリアは計測器を借りていいかと妖精王に尋ねた。
「む? おぉ、その話なら我らが祖の使者から聞いておるぞ。そなたの研究への協力と引き換えにわらわは喜んで協力する、と言っておいたからなっ」
喜ぶがいいぞっ、と胸を張る妖精王に礼を言ってロベリアは計測器を手に取り、それを自身の足元に落とした。
黒い箱をロベリアの影に溶けるように沈んで消える。
影蟲の影移動で、ロベリアの魔界の自室まで運ぶように指示していた。
「まぁまぁ! ほーんと何度見ても不思議ですわね! ロベリア、あれ見せてくださらない?」
ぽん! と両手を打ってその光景に目を輝かせたアラカが、ロベリアに何事かを催促する。
「んー、いいよー。・・・・・・はい」
頷いたロベリアは右手を胸の高さまで上げて、アラカに差し出す。
すると、その手の平上に白い霧が湧き出したかと思えば、収束し、凍結し、やがて透明な氷の菊の花が現れた。
「まあー!」と嬉しそうに声を上げてアラカは氷の菊をそっと手に取り、高く掲げて光に透かして眺め始める。
「なんて綺麗なの・・・! ロベリアの氷竜の力は何度見ても美しいわ! 氷で花を作れるなんて・・・・・・あ、ワタクシ頑張って再現する魔術を構築しましたの。見てくださいな」
うっとりと冷たい花を眺めていたアラカが、はっとしたように真顔になって、花を近くのテーブルに置くと、
「我らが祖なる精霊王よ、堕ちし我らにその溢れる慈悲を与え給え、世に在らざる幻を、氷の薔薇を咲かせ給え」
すらすらと詠唱したアラカの手の平に、ロベリアが作ったものより一回り小さな氷の薔薇がふわりと出現した。
「おー、すごーい!」
「おぉ! すごいではないか、アラカ! そなたいつの間にこんな魔術を開発しておったのだ!?」
「ふふん。 以前にロベリアが見せてくれてからどーしても自分でも再現してみたくて、半年ほど頑張ったのですわ! 空気中の水分を凝縮した後、周囲の気温を急激に低下させる事に苦労しましたわ。それにどうしても菊は無理でしたので、色々試して、薔薇でやっと成功したんですのよ! ――ねえねえ、褒めてくださいな!」
驚きに勢いよく迫った妖精王にアラカは自慢げにそう言ってから、期待するような目でロベリアを見ると、そっと身をかがめて頭を差し出した。
よしよし、とロベリアが撫でてやると嬉しそうに顔を綻ばせて、
「頑張ったかいがありましたわ!」
と、ぐっと拳を握った。
アラカはとにかくロベリアが好きなのである。
貴重なサンプルとして、稀有な力を持つ者として、という点を分かっているロベリアはだいぶ苦笑いであるが。
ご機嫌になったアラカと反対に、妖精王は腕を組み、頬を膨らませて、どうやら拗ねた様子を見せている。
「・・・わらわもナデナデされたい・・・しかし、自慢できる事など一昨日に一刻夜更かしした事くらい・・・むむぅ・・・」
小声で唸る幼女に気がついて、ロベリアは彼女の真紅の頭も撫でてやる。
「!」
と、ぱっと顔を上げた妖精王は破顔して、瞬時に機嫌を直した。
ほのぼのとしていた研究室に、ノックの音が響く。
「む? リエか。入るがよいぞ」
振り向いた妖精王が姿も見ずにそう呟いて、入室の許可を出す。
果たして、開かれた扉から入ってきたのは、青を基調としたお仕着せをぴしりと着こなした赤毛の女性。
手には一抱えもある白い箱を抱えている。
「ご研究の途中、失礼致します。ロベリア様に依頼された物をお届けに参りました」
女性にしては低めな声でベルヴァは一言断ると、氷の菊が置かれていたテーブルにその白い箱をおろした。
「あ。ありがとうございます」
「恐縮です。――なるべく大容量の魔石を、との事でしたので、数値500から順に100、50、10、5、1とそれぞれ20個ずつ用意させて頂きました」
「え!? そこまでしてくれるなんて、ほんとにありがとうございます!(ほんとに有能だな、この人・・・!)」
ロベリアは心底尊敬してぺこぺこと頭を下げた。
それに丁寧な礼を返して、ベルヴァは白い箱のふたを開ける。
「む? 魔石などなんに使うのだ?」
訝しげに尋ねてきた妖精王に、ロベリアは意外なことを聞いたといった表情で問い返す。
「あれ? 精霊王サマから聞いてるんじゃないんですか?」
「わらわは、そなたが妖精界に来た時になんでも力を貸してやるように言われただけだぞ? そなたがまた何か我らが祖の言いつけを破ったのであろうな、とは思ったが、何をするかまでは知らないのだ」
「あー・・・・・・」
当然のように罰を受けていると解釈されていたことに、思わず顔が引きつるロベリア。
しかし、実際のところそれは事実であり、以前妖精界を訪れたのもそのような事情のときもあったゆえに、何も弁解ができないのであった。
「まぁ、ロベリア、貴女また何か精霊王様にお仕置きされているんですの?」
「うっ・・・」
純粋に不思議そうに顔を覗き込んできたアラカに、ロベリアは言葉に詰まって後ずさる。
今回は魔王復活という、世界全体に影響のある内容である。
”王”の一人である妖精王に打ち明けるのは大丈夫であろうが、王族に過ぎないアラカに教えてもいいのだろうか。
しばし黙って悩んだロベリアだったが、ちょいちょいと二人をそばに寄せると、小声で事情を説明した。
そして、魔石を何に使うかも同時に伝える。
「なるほどな。それで魔力計測器も借りたいという事だったのだな」
「まぁまぁ、今回は随分と厳しいお仕置きですのね。あぁでも――ある意味でワタクシより立場が上になるんではなくて、貴女?」
「うん・・・あー・・・確かに、よく考えたらそう・・・かも」
身分制度がきっちりしている妖精界では、魔界でどんなに強かろうが、部外者であるロベリアは平民、もしくはそれ以下の他界者という扱いになる。
身分トップの妖精王と第三王女のアラカと接することができるのは、あくまでロベリアが「貴重なサンプル」であるからであり、普通に考えたら一生関わることなどできない存在なのである。
しかし、今度の「罰」である魔王の復活の際、ロベリアは魔王の「半身」となるように精霊王に命じられている。
それは、実質魔王と同等に地位につく事であり、魔界のナンバー2という扱いになる。
そうすれば魔王の「半身」であるロベリアのほうが、妖精王の子孫である王族のアラカよりも身分は上に変わるのだ。
しかし、実力のみが法となる魔界で身分があろうとなかろうととくに生活に影響は無い。
それゆえにロベリアはそのような事は考えもしていなかった。
ロベリアにとって重要なのは、いかに問題なく魔王再誕を完遂し、日常生活に戻るか、ということである。
もっとも、無条件で全ての魔族に敬意を向けられる”王”の「半身」になることは魔界では最上級の栄誉であるからには、ロベリアにこれまでの日常が送れるわけもないのだが、彼女はまだそれに気がついていないようであった。
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