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・20・「――――うぐっ!!!」

◆◆◆


ぺちぺちぺち。


「――――きよっ」


ぺちぺちぺちぺちっ。


「――きぬか、寝ぼすけめっ。わらわを待たせるでないっ」


(・・・・んー?)


頬を軽く打つ柔らかな感触と、お腹にずっしりとした何かが乗った感覚で、ロベリアの意識は急速に浮き上がった。


聞き覚えのある幼い高慢な声と、頬を行ったりきたりする小さな、おそらく手の平。


(・・・あー・・・)


ぺちぺちぺち、と続くか弱いビンタをくらいつつ、ロベリアは状況を理解した。


起き抜けに目を開けるのが得意でないロベリアは、まず頬をうつ小さな手を優しく掴み、乗っかっているであろう人物を落とさないようにゆっくりと上体を起こす。


「む! 起きたのか、ロベリア? このわらわが直々に起こしにきてやったのだ。感謝するがよいぞっ」


得意げに言い放つ高い女の子の声は間違いようもない妖精王のものであり、ロベリアはおよそ三回目となる起床方法にとりあえず礼を述べる。


「はぁ・・・ありがとうございます・・・」


目をこすりながらの、全く心も敬意もこもってないものであるが。


「むむ! ロベリア、そなた本当に起きておるのか!? 感謝の心が欠片も感じられぬぞっ」


「・・・・正直眠いです・・・今、何空ですかー・・・?」


「現在、明空の二刻目にございます。おはようございます、ロベリア様」


やっと視界が安定したロベリアが見たのは、自分のお腹にまたがってむー! とふくれっ面をする真紅の幼女。


高く二つに結った髪も、猫のような大きくややつり上がった瞳も、血のような底光りする真紅。


服は黒一色ながら細かい装飾と手の込んだ細工のなされた一級品で、幼い体躯を豪奢に包んでいる。


端整な顔と相まってまるで一つの人形のように、妖精王たる幼女は座っていた。


その背後、ロベリアの眠っていたベッドのそばにお仕着せをきて、一寸の隙もない出で立ちのベルヴァが低めな声で挨拶して頭を下げた。


ちなみに、明空の二刻は早朝5時に相当する。


「わらわは健康優良児であるからなっ。宵空二刻には寝て、明空二刻には起きるのであるぞっ」


「昨夜は頑張って三刻までは起きていらしたのでございますが、眠気に勝てずに寝入ってしまわれたのがお悔しく、ロベリア様に早くお会いしたくて来てしまわれたのです」


制止できずに申し訳ございません、とまた頭を下げるベルヴァに、ロベリアはいえいえと首を横に振り、今度はちゃんと妖精王の目を見てあらためて礼を伝えた。


「うむ!」と満足そうに頷いた妖精王はロベリアのお腹から飛び降りると、くるっと振り返り、


「ではっ、わらわは先に研究所で待っておるぞ! もうアラカも待機しておるからなっ。早く来るのだぞっ。絶対だぞっ」


と指差して念を押すと、たたたっ、と部屋を出て行った。


その後を大きな人影がついて出で行く。


そこでどうやらウォフが居たらしい、ということに気づいたロベリアであった。


のっそりとベッドから出たロベリアを、ベルヴァがてきぱきと世話していく。


昨日着ていた服はすでに洗濯されて返ってきた。


用意された朝食をもそもそしつつ、仕事の速さがプロすぎるー、と思わず内心でベルヴァに拍手を送るロベリア。


今日で帰るつもりなため、ベルヴァが用意してくれた宮殿にふさわしい服は遠慮し、着慣れたものに着替える。


薄茶色のマントをまとって姿を妖精族に変えれば、準備は終了である。


「すでに研究所には陛下とアラカ殿下がお待ちでございます。――何か(わたくし)に申し付けたい事などはございませんか?」


廊下を移動中に、ベルヴァがそう尋ねてくる。


アラカ、という人物が待っているという言葉にうわーという気持ちでいたロベリアは、ハッとして一瞬考えた後、ある事をベルヴァに頼んだ。


かしこまりました、と頷いたベルヴァと別れ、ロベリアは一人で研究所なる場所に向かう。


正直何回も来ているため、案内は不必要なのである。


しかし、見るからに一般人らしきロベリアが一人で歩いていると、まるで迷子か不法侵入のようであるため、一応ベルヴァは一緒に行動してくれる事が多い。


ロベリアが目指すのは、いくつかの『宮』の間に挟まれた中庭に存在する施設である。


通称「研究所」と呼ばれるそこは、その名の通り、ありとあらゆる物・事を研究する場所である。


好奇心旺盛で、研究中毒と言っても過言でない妖精族の持つ数々の研究施設の中でも、宮殿内にあり、妖精王他王族も所属するここでは、いわゆる国家規模の研究課題を扱っているのだ。


その一つとして他世界に関する研究があり、ロベリア自身は「魔界及び魔族に関する貴重な研究材料」として扱われている。


あの妖精王にいつでも謁見できるネックレスが与えられたのは、そのためと言ってもいい。


他世界に行くことがめったにない妖精族からすれば、魔族という貴重な生きたサンプルが自ら訪れてくれるのを、身分のせいなどで阻害させるわけにはいかなかったのである。


植物園さながらの中庭の隅にある、宮殿とは異なる白い材質でできた三階立ての建物。


その扉をそっと開けて、ロベリアは中へ足を踏み入れた。


内部の光景は、初めて見たロベリアが「テレビで見るいかにもな研究室って感じ」と言ったような、白く清潔な空間に、防護服や白衣をまとった妖精族が黙々と作業を行っているものである。


妖精界の事象、生物の生態、気候の研究から、領域境界”摂理”の成分分析などを行う研究チームが一階にはいる。


研究員は皆一応に自身の作業に忙しいのか、そろそろと移動するロベリアに目もくれない。


これが通常運転であるのを知っているロベリアは、気にせずに奥の階段へ向かった。


妖精王ともう一人が待つのは、いつも三階である。


二階には妖精族や他種族に関する研究が主にされている。


それを横目に階段を上って、ロベリアは三階の扉を開いた。


中は一階・二階とは変わらない構造であるが、そこにいるのは先程もいた真紅の幼女――精霊王と、もう一人、こちらは光を吸収しそうなほどの漆黒。


黒髪に、遠目でも分かる鋭い黒目。


蒼色のシンプルなドレスに白衣を着ている。


配置は柔和な顔をキッときつくして、一人の女性が何かの液体を真剣に透明な器に注いでいた。


黒いドレスに白衣をまとった妖精王はその女性の横で、台に立って視線を上げたうえでその様子をじっと見ている。


さらに室内の隅、よく見なければ気づかないほど気配を薄めて、静かにウォフが立っていた。


いるのはこの三人だけである。


ロベリアは作業を邪魔しないようにと、足音を忍ばせてウォフの近くへと歩いていった。


「・・・おはようございます」


「・・・・・・」


小声で挨拶すれば、ウォフは視線もよこさずにただ頷く。


このように警護しているということは、ウォフもこの朝早くに起こされたんだろーなー、とロベリアは考えて「お疲れ様です」と言いたくなった。


と、ふと向こう側の壁を見ると、もう一人、本当に影のように気配なく一人の男がロベリアを見ていた。


完全に三人しかいないと思っていたロベリアは、目が合った瞬間大きく肩を浮かせたが、その人物が誰か気がついて、ふー・・・、と胸に手をあてて落ち着こうとする。


枯れ草色の刈り上げた髪に、左耳には黒い雫形のピアスをつけ、服はウォフと同じ近衛服、しかし、近衛とは思えないほど細いひょろりとした体躯のせいか、とても同業者には見えない。


赤みがかった褐色の瞳はいつも半分下がったまぶたのせいでほとんど見えず、眠そうな表情のせいか、やる気が微塵も感じられない。


しかし、その腰にはこちらもウォフと同じ黒い金属の棒が下がっている。


ハダル・ニーアというのが、この男の名前である。


第三王女の専属護衛であり、ウォフと同様にロベリアの正体を知っており、宮殿に来た際にはよく顔を見る相手でもあった。


しかし、精霊族並みに気配の薄いこの男は、ロベリアどころか護衛している本人にさえ、たまに存在を忘れられていることがある。


ハダルとはまともに話したことのないロベリアは、曖昧な笑顔を浮かべて頭を下げると、さっと視線を白衣の二人にそらした。


と、漆黒の女性が注いでいた赤い液体が、器の中の透明な液体と混ざると、その色を無くしてただ透明な液体が残る。


「ほぉー・・・」


「むー・・・そうなるか・・・」


何かを納得したような表情で女性は息を吐き、そばにあったノートらしきものに書き込みを始める。


腕を組んで頷いていた妖精王の真紅の目と、不意にロベリアは目が合った。


「む? ロベリア! 来ていたのなら早く言わぬかっ。待ちくたびれて、実験を始めてしまったではないかっ」


ぱぁっと破顔した妖精王が、たたたっとロベリアの元へ走りよってくる。


それに返事しようとしたロベリアより先に、一つの叫びがあがった。


「ロベリアですって――――!?」


ばっ!!! と勢いよく振り返った漆黒の女性が、飛ぶような速さでロベリアに走ってきた。


そして、抱きついた。


「――――うぐっ!!!」


「ロベリアロベリアロベリアロベリア!!! ワタクシの大好きなサンプル!!! 愛すべき実験台!!! 貴重すぎる魔族!!! 魔族!!! ロベリア――!!!」


「・・・ア・・・アラカァ・・・し、しぬ・・・」


アラカと呼ばれた女性の、まるで生き別れた恋人にあったかのような歓迎に、ぎゅうぎゅうと胴体を締め付けられ、息も絶え絶えになるロベリア。


加えて歓迎の物騒な言葉に、心理的にも恐怖を感じて冷や汗まで出てくる。


すると、いつの間に接近したのか、気配なくハダルがその細い腕でアラカの拘束をほどき、どうどうとなだめた。


開放され、思いっきり深呼吸をしたロベリアは涙目で、


「・・・ハグ、は・・・・・・ソフト、にお願い・・・します・・・」


とお腹をさする。


「毎度毎度災難だなぁ、ロベリア」


「うぅぅぅ・・・」


哀れみを含んだ目線を幼女に向けられ、さらにぐったりとする。


「・・・ごめんなさい、ロベリア。つい、貴女が来てくれたのが嬉しくて・・・」


幾分か落ち着いたのか、可憐な声音でアラカが謝罪してきた。


「いや・・・なんか、もういいよー・・・」


あはは、と乾いた笑いを浮かべ、ロベリアは首を振る。


彼女に会えばほぼ必ずされるコレに、何回されても大ダメージを受けていた。


そんなに力が強いわけではないはずなのに、メンタルとフィジカル両面でくるダブルアタックに太刀打ちできない。


そんなアグレッシブな漆黒の女性・アラカは、正真正銘の王族、第三王女アラカ・ブロドである。


第三王女専属護衛としてハダルが守るのは彼女であるが、このように好きなものには正直すぎて周りが見えなくなる彼女をサポートするのが主な役目である。


総じて好奇心旺盛な妖精族でも、一番は当然妖精王で、次いではその血を最も濃く引く王族。


その内でも、今代の王族で最もそれが顕著だったのがアラカであり、それが高じて研究所の所長にまでなっている。


ロベリアは宮殿に行くたび、魔界および魔族に関する研究のためと称して、妖精王と第三王女アラカ、この二人の研究の餌食にされるのであった。


◆◆◆

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