・19・「さすがですね・・・仕事がお早い」
宮殿は、広大な妖精界の南西に位置する丘陵の上に鎮座している。
その全体はいくつかの丸いドーム状の『宮』といくつもの尖塔、そしてそれらを繋ぐ回廊によって構成されている。
建材はまろやかなクリーム色の石で、全体が太陽の光を浴びて緑の丘に光る真珠みたい、とロベリアは思っていた。
今夜も月明かりに照らされて、高貴な宮殿はひんやりと丘陵にそびえている。
そこには丘を登ってくる正面の大きな道と、裏や側面から入る小道がいくつかあり、ロベリアは慣れた様子で小道の一つへ向かう。
そこわ所謂使用人口で、立っている門兵がロベリアを止めようとするが、胸元のネックレスを掲げればさっと道を開けた。
その後ろをもはや言葉もなくついてくる黒ずくめ。
ロベリアが向かっているのは、複数ある『宮』の中でも王族と妖精王の住居となる『蒼晶宮』である。
入ってきた使用人口からの道を左へ右へ。
時折上階へ上り、回廊を渡り、さらに奥へ奥へ、宮殿の中心に進んでいく。
途中、ふと後ろを振り返ると、黒ずくめの姿がない事に気づく。
しかし、気配は感じられるためキョロキョロとしていれば、
「・・・只今影の姿でありますので、わたくしめは潜んで警護させて頂きます」
という黒ずくめの声が上方から聞こえ、天井にいたのかー、とロベリアは納得して歩みを再開した。
やがて、床に青い絨毯が引かれ始め、周囲の調度品が高級さをかもしだしてくる。
壁には歴代の王族らしき絵画がかけられ、人影は全くなくなった。
(・・・・・・あ、いた)
ロベリアの視界の先に、一つの扉の前に仁王立ちする男が現れる。
背の高いロベリアを軽く凌ぐ身長で、大柄な体には青を基調とした華美な服、そしてその腰には1mほどの黒い金属の棒を下げている。
光の加減で赤くも見える黒髪は長く、後ろでひとつに結んで前に流している。
近づいてくるロベリアに気がついたのか、男が目線を動かした。
その瞳は髪よりは薄い、赤みがかった茶色である。
ロベリアは男の眼前まで移動すると、おもむろに薄茶色のマントをはずした。
魔族本来の姿になったロベリアを見ても、男は眉一つ動かさず、数秒彼女を見つめる。
「・・・・・・陛下は待ちきれず眠ってしまわれた」
ぼそり、と重低音で紡がれた言葉に、ロベリアは苦笑いを浮かべて小さく頭を下げる。
この男が立ちはだかる扉の向こうは妖精王の私室である。
そして彼は妖精王専属の護衛であり、名をウォフ・マナフという。
毎回忍び込む度に妖精王本人に会えるわけではなく、また妖精界にいる魔族、という異端な存在であるロベリアを一応警戒して、ロベリアは宮殿に来てまず挨拶するのは彼なのである。
「・・・・・・テスカ、任務は終わりだ。もう下がれ」
ウォフがロベリアから視線を動かさずにそう言えば、上方にいた黒ずくめの気配が消えた。
「そのー、お部屋をお借りしてもいいですかねー・・・?」
おずおずとロベリアが尋ねると、ウォフは答えずにあごでロベリアの右後ろを示す。
ロベリアが振り返ると、いつの間に現れたのか、白を基調とした服に青いエプロンを着た女性が静かにきっちりとした礼を見せる。
「あ、ベルさん」
「お久しぶりでございますね、ロベリア様。お部屋の用意は整っております」
ベルと呼ばれた女性は、女性にしては低い落ち着いた声音で伝え、もう一度頭を下げる。
「さすがですね・・・仕事がお早い」
「恐縮です。陛下からロベリア様来訪の旨は昨日の時点で仰せつかりましたので」
「いつもいつもありがとうございます」
「いえいえ」
とお互いに礼合戦をしながら、ロベリアとベルは移動を開始していた。
このベルという女性は妖精王の筆頭侍女であり、ロベリアが魔族だと知る宮殿での少ない関係者でもあった。
ロベリアが宮殿に来た際には、ほぼ毎回妖精王と後もう一人によって引きとめられるため、彼女は宮殿に一泊する事になる。
その時にロベリアが滞在する部屋を整え、その他身の回りの世話をするように言い付かっているのが、このベルヴァ・リエという侍女なのである。
鮮やかな赤毛をきっちりと団子ヘアーにまとめ、来ているお仕着せにはしわ一つなく、赤褐色の目はいつも冷静に妖精王のわがままを受け止め、魔族のロベリアにも対等な敬意を示す、ロベリアの尊敬する妖精族ナンバーワンの人であった。
身長はかなり小柄であるのに、どこから出てくるのかという怪力でいつも暴走してロベリアを襲おうとする妖精王から彼女を守ってくれる頼もしい存在である。
ともかく、ロベリアの中のベルヴァの株はかなり高かった。
やがて到着した一つの部屋に通され、ロベリアはかばんをテーブルの一つに置く。
「どうぞ、湯浴みをなさるならお着替えはこちらに用意してあります。そのままお休みになられるのでしたらこちらの夜着をお召し下さいませ。後でお水と軽い夜食を持って参ります。――あぁ、それと、今お召しの物の洗濯は如何なさいますか?」
てきぱきと説明するベルヴァに頷きながら、問われた質問の一つに首を傾げるロベリア。
「えっとー、できればお洗濯してほしい・・・です?」
不思議そうに返答したロベリアに、ベルヴァは表情を変えず、
「申し訳ございません、言葉が足りませんでしたね。魔術のかかったそのマントを魔術機関に入れてしまうと、魔術同士が衝突する可能性がありますので手洗いになりますが、よろしいでしょうか?」
「あっ、そーいうことですか! はい・・・あー、えっと、洗わなくて大丈夫です」
「畏まりました」
諸々の手続きを終え、お風呂に入って指定された服に着替えたロベリアは、ベッドにもぐりこむと、ふぅーっと息をついた。
ここ数日で、ロベリアはかつてないほどに他世界に行き来し、魔力を消費し、緊張状態を強いられている。
すでに体は重く、眠気はすぐそこで手を振っていて、自覚している以上に疲れているんだろーなー、とロベリアは思った。
と、意識が途切れる寸前に、ふっと魔界で洗脳した例の魔族・ホーンレスタの存在を思い出す。
まだ図書館の整理をしているのかな、とロベリアは影蟲を呼び出し、ホーンレスタにつけた一匹と視界を共有させる。
と、その一匹はホーンレスタを前から監視するように飛んでいるのか、魔族には珍しい老成した男の顔を映し出した。
落ち着いた様子で書物を拾っては棚に戻す作業を繰り返しており、ときおり書物の順番を入れ替えたりなどもしている。
どうやら言霊の指示通りの行動をしているようである。
(このままおとなしくしてくれてるといーんだけどねー・・・)
影蟲との共有を切って、ロベリアはもう一度大きくため息をつく。
まだまだ儀式をするには準備がいる。
明日には大変な人物二人に猛攻撃されるのだろうな、などと考えているうちに、ロベリアの意識は沈んでいった。
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