・18・(妖精王サマは性悪だからなー)
「あぁぁぁ・・・・・・つかれたー」
さて、妖精界に戻ってきたロベリアは、腹の底から息を吐き出して脱力した。
地面に大の字の転がって、全身の力を抜く。
影移動だけでも魔力を大量に消費するが、言霊はそれ以上である。
それをあんなに多用したのだ。
”摂理”を破るとき以上の魔力を短時間に消費してしまったロベリアは、自身の魔力残量がかなり少ないことに気がついていた。
このままでは、動くこともままならなくなってしまう。
(きゅーけい、きゅーけい・・・しばらく、ねなくちゃ、ヤバイ、なー・・・ここまで、なったのって、ひさしぶ・・・・・・)
思っている途中で瞼は閉まり、ロベリアの意識はフェードアウトした。
◆◆◆
(・・・・・・・・・ん)
不意に上昇した意識を認識して、ロベリアは目を覚ます。
ゆっくりと目を開くと、飛び込んできたのは細い路地裏の隙間から見える、紺の背景に浮かぶ大きな金色の月である。
(夜だー・・・・・・そりゃそうか)
自身の内側に意識をむければ、魔力はそれなりに回復していた。
彼女の魔力が回復するくらいであるから、数時間経って日が落ちているのも納得である。
そっと身を起こし、体の調子を確認しながら周囲を見渡したロベリアは、いくつかの気配に気がついた。
それらは路地の入り口両端に二つ、上方、おそらく屋根に一つと、彼女から数mの地面に一つ、計4つの気配が姿なく、じっとロベリアを窺っている。
ロベリアは寝起きの回らない頭でぼんやりと考える。
それらの気配はなんとなく見覚えのあるものである。
なぜ自分がこんな監視されるような状態で、しかし拘束や接触などなく、ただじっと見られているような状態なのだろうか。
「・・・・・・・・・あっ」
しばし考えたロベリアは、魔界に行く前に影移動を見られないよう、周囲から見えないようにする魔術を展開した事をふっと思いだした。
それは場所に設置したものだったため、未だに解除されずに展開されたままなのだろう。
魔術の存在とともに、ロベリアは自身を監視するような気配の正体に思いあたる。
妖精王のいる宮殿には宮殿を守る衛士がおり、彼らは王族と妖精王の指示にのみ従って動くエリートである。
そして、宮殿では妖精界での魔力の動きを監視・察知するレーダーのようなものがあり、それが感知した魔力によっては衛士たちが調査に赴くことがあることを、ロベリアは知っていた。
影移動による魔力の大量消費を宮殿は察知したのだろう。
そして衛士が動かされた。
しかし、その地点には何もない。
その時点で衛士たちは困惑したに違いない。
しかも数分後にまた大きな魔力は感知された。
けれどもやはりそこには何も変化がないのである。
実際には、一回目はロベリアが消え、二回目はロベリアが現れたのであるが、魔術によってその姿は見えず、状況が不明なまま衛士たちはここを監視し続けるはめになったのだろう、と彼女は推測した。
(うわー・・・なんかごめんなさい。あと、絶対妖精王サマは分かってやってるよね・・・)
ロベリアは一日中ここにいるであろう衛士たちに内心謝りつつ、宮殿でニヤニヤしているであろう一人の人物の姿を思い浮かべ、苦笑いを浮かべた。
そして、展開していた魔術を解除しつつ、かばんからある物を取り出した。
丸い台座に差し伸べられたような片手が乗り、その手の平は血で染まり、その血が垂れている、そんな形のペンダントトップが銀色の鎖に通されたネックレスである。
台座は黒い金属、片手は青い発光する結晶で、血液を模したものは、本物の血のように少し赤黒い赤色の石でできており、ペンダントトップは5cmくらいの大きさであった。
「「「「っ!」」」」
4つの気配が、一気に緊張を帯びる。
ロベリアは刺激しないようにゆったりとした動きでネックレスを掲げ、
「あのー、怪しい者ではアリマセン・・・」
と微妙にカタコトになりつつそう言った。
すると、一番近くにいた気配だろう、すっと一人の黒ずくめの人物がロベリアに近づいてくる。
「・・・・・・! それは・・・!?」
そしてロベリアの持っていたネックレスに目をとめて、驚いたような声を上げる。
「・・・えっとー、ロベリアと申します・・・。何回か皆サンにはお世話になってまして・・・そのー、妖精王サマに何か聞いてます・・かね・・・?」
恐る恐るロベリアが窺うように話しかければ、黒ずくめは一瞬じっとロベリアを見つめ、ハッとしたように目を見張ると、片手を上げた。
それは合図だったのか、他の3つの気配が姿を現して初めの黒ずくめの後ろにさっと回ると、4人の黒ずくめはロベリアに膝を折った。
その俊敏さにロベリアはびくっとしつつ、自分が予想した感じになっていることを直感した。
「――恐れながら、貴女様は陛下より仰せつかった『氷竜の魔族・ロベリア様』に相違ないので御座いましょうか。伺っていたお姿と異なります故、ご確認させて頂きたく存じます」
リーダーらしき先程の黒ずくめの言葉に、ロベリアは一つ頷いて、薄茶色のマントを外した。
途端、彼女の姿がぼやけ、次の瞬間にはロベリア本来の姿へと変わっていく。
栗色の三つ編みは二つに結んだ雪色の長い髪へ。
肌も透けるように白く、その瞳は褐色から氷色へ変わり、瞳孔は竜のごとく縦に細長いものに。
耳も尖り、妖精界ではありえない存在、魔族そのものとなった。
黒ずくめは今度は驚きを気配だけに留め、
「・・・確かに確認致しました。どうぞマントをお召し下さいます様」
頷いて立ち上がった。
そしてまた片手を上げると、後ろの3人がさっと姿を消し、その気配はどこかへ去っていく。
ロベリアはマントをまとって、手にしていたネックレスを首にかけた。
「今、お迎えをお呼び致しました。申し訳御座いませんが、少々の間、お待ち頂きたく存じます」
黒ずくめが丁寧な礼をしてそう告げるのに、ロベリアは軽く首を振って笑う。
「あー、いいですよ、そーいう丁寧な扱い。えっと、近衛の方ですよね?」
「・・・? はい、光栄ながら、拝命させて頂いておりますが」
少し訝しげな声の黒ずくめにロベリアは少し罪悪感を覚えつつ、
「私、いつも精霊王サマの所に直接忍び込むんです・・・。というか、堂々と入っちゃいけないと言いますかー・・・。えっと、これがあれば許可されてるので、一緒に来てもらっていいでしょーか・・・?」
胸元のペンダントトップを揺らす。
それとロベリアの顔を交互に見た黒ずくめは、ますます訝しげに「それは・・・返答致しかねます」と答える。
その態度にだよねーと苦笑して、ロベリアは足に力をこめ、路地の両側の壁を利用してその屋根へと駆けあがった。
「っ!? お待ち下さいっ」
不意をつかれた黒ずくめも、焦ったように後をついてくる。
その気配を背中で感じつつ、ロベリアは黒ずくめを無視して宮殿へと駆け出した。
精霊王と謁見した際、ロベリアが妖精界に行く事を見越してか、精霊王は妖精王に便宜を図っておく、と言っていたのである。
それゆえ、妖精王はロベリアが自分に会いに来る事を知っているだろう、とロベリアは考えていた。
そして、ロベリアが首に下げているネックレス――そのペンダントトップは妖精王の象徴であり、妖精王にいつでも謁見が可能になるという特別なものであった。
初めに魔族だとばれて宮殿に連行された時、ロベリアに興味を示した妖精王本人に直接もらったものであり、それからたまに宮殿に行く時は、これを見せて入っていたのである。
一部の高位の貴族しか持っていないこのネックレスを持っている、貴族にも見えない少女。
そんな人物はかなり怪しいので、ロベリアはネックレスを使いつつも、こっそりと宮殿へと行っていたのだ。
もちろん、妖精王及び王族の許可をもらった上で、である。
今回この黒ずくめ改め近衛たちが派遣された所を考えても、妖精王が宮殿で察知した魔力がロベリアだと分かっていることが読み取れる。
衛士の中でも特にエリートを選んだのは、この近衛たちを案内人および宮殿に入る際の証人にするためなのだろう、とロベリアは推測していた。
しかし、黒ずくめたちの様子を見るに、どうやらそのような意図は伝えられていないようである。
概ね、調査ついでに『氷竜の魔族・ロベリア様』がいる可能性があるから、その場合は宮殿に連れてくるように言われていたのだろう。
まさかそのまま宮殿に忍び込むなどとは思いもしなかったに違いない。
(妖精王サマは性悪だからなー)
後ろの黒ずくめに聞かれたら不敬罪で切り付けられそうな事を思いつつ、ロベリアは妖精界の屋根を宮殿目指して走り続けた。
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