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・16・(気づいた・・・っ!?)

訪れた商店街で、ロベリアは三つの店に用があった。


一つ目の、儀式に使うための瓶を購入し、次の目的地、魔石店へと歩き出した彼女の足元――その影から、小さな何かが飛び出してきた。


それは妖精界にくる前、魔界の火山地帯で閃光蛍の魔族を捜索するために召喚した影蟲の一匹である。


それは新種のぬいぐるみを手に入れてルンルンとしているロベリアの耳に止まると、魔力の(リンク)が繋がった女王たるリベラから送られてきた映像を主人に伝える。


「――――見つけた?」


ぴたり、と歩みを止めて、ロベリアは誰ともなく囁く。


(リンク)の先、リベラは言葉を使うかわりに自身の視界と主人の視界を共有(リンク)した。


ロベリアの目に、妖精界の光景と同時に遠く離れた魔界の景色が映し出された。


視界の先に、先日遭遇したときと同様に、男の後姿が見えている。


周囲は薄暗く、天井につくほどの棚とそこに隙間なく収納された書物の数々――どうやらあの魔族はまた王城の図書館に来たようである。


やはりありったけの眠りの魔術も解けてしまい、西方地域で死ぬような魔族ではなかったようだ。


「・・・・・・無い無い無い無い無い無い無い! どこだっ! どこにある!!! 確かに見つけたはずなのだっ! あの方を呼び戻す(すべ)が記された書物が! ここにっ!!!」


暴風のごとく勢いで次から次へと書物を手にとっては、「違う! これも違う!」と投げ飛ばし、一心不乱に何かを探している。


(うわああぁぁぁ・・・)


燃えるような橙の眼を血走らせ、長いヒゲを振り乱したあまりにも必死なその様子に、ロベリアは心底引いた。


何を探しているかなど、問うまでもなく、魔王復活の儀式についてかかれた【半身の書】に違いない。


思わずたった鳥肌に腕をさすりつつ、ロベリアは狂気すら滲む様相の男を改めて観察した。


二つ名は『静寂の火花』。


母親の情報では、およそ1200年ほど生きていて、あまり外見の変化しない魔族には珍しい老人の姿をしている。


髪とヒゲは閃光蛍の魔族の特徴である、黒毛の毛先に橙色の火を灯したもの。


あまりに血気迫っているためか、前回はしまわれていた黒い艶のある硬い上翅と橙の炎でできた下翅も見える。


服装は変わらず黒いローブに、正装の種族の絵が描かれたケープ。


ロベリアは図書館内の構造を把握していないが、男が血眼になっているのは、前回ロベリアがうっかり【半身の書】を置き忘れた区画なのだろう。


古い繊細な書物をまるでゴミのように扱うその様に、書物が壊れてしまわないかハラハラする気持ちと、「本は大切に!」という標語が脳裏のどこかから現れ、やめてー!という気持ちがわくロベリア。


あれらはいわゆる文化遺産であり、魔族の豪腕で放り投げ出すなど論外な代物であるのだが、閃光蛍の男にとっては求めている一冊以外など、塵芥にも等しいのだろう。


ロベリアのうっかりは魔王信奉者を招いただけでなく、魔界の貴重な文化遺産の損失まで引き起こしたようであった。


(やべえヤツだよなぁぁぁ。完全にイッちゃってるもん・・・・・・どーしよ)


ロベリアはあの魔族をどうにかして儀式のための純粋な魔力に変えなければいけないのである。


細かい裁量はロベリアに任されているため、魔力にかえるためならどんな手段をとってもかまわない。


・・・が、男を殺す事は魔力変換時に必須であり、1000年を超えて生きる魔族を殺すとなると、おのずと生じるのは、相手との戦闘である。


前回の遭遇時、ロベリアが彼の魔族に不意をつけたのは、相手が完全に油断していたから。


しかし、あらためて殺しに行く、否、殺すのではなくたとえば拘束するにしても、殺気や気配を感じ取られる可能性は非常に高い。


そういう類に敏感でなければ魔界で生きていく事は不可能であるし、二つ名となればそこらの魔族よりよっぽど敏いのである。


それを身に沁みて分かっているロベリアは、あの男をどうやって相手すべきか悩んでいた。


真正面からは論外、奇襲も望みは薄く、そもそも初っ端から殺しにいくのか、それとも別の手段を考えるのかすら決めかねている。


何か役立つ物はないかと、魔術機関の発達した妖精界の道具を求めて、三つ目の店として最後に魔道具屋によろうと思っていたくらいだ。


(やーっぱり記憶消しとけばよかったかなー・・・)


男からわずかに視線をずらし、遠い目になってロベリアは思う。


脳を直接いじる魔術は対象への負担が大きすぎるゆえに制御は難しく、高度な操作性が必要であった。


そして細かい操作が苦手なロベリアがそれを実行していた場合、運がよければ成功、悪ければ対象の記憶が全て消し飛び、最悪なら人格崩壊していただろう。


より確実性を求めるなら言霊を使えばよかっただろうが、めったに使ってはいけないと精霊王に言いつけられていたこともあり、躊躇してしまった結果がこれである。


術を使わずとも、渇望していたものを見失った事によってすでに男の正気は失われているように思われた。


書棚を空にし、床に書物の塔を形成する男を見つめ、ロベリアはとにかくこの暴挙を阻止することを考えようと思った。


リベラを媒介にして、(リンク)越しにも魔術の行使は可能である。


(我らが祖なる精霊王よ、堕ちし我らにその溢れる慈悲を与え給え、彼の者に永久(とわ)に溶けぬ凍土の如き束縛を与え給え)


拘束の魔術を構築し、リベラの眼を通して閃光蛍の魔族に向かって形を成した魔力が放たれる。


すると、


「・・・・・・どこだどこだどこだっ! 必ず見つけてみせる! 諦める事など――――っ!」


延々と零していたうわ言を急に止め、血走った橙の双眸がロベリア(・・・・)を向く。


(気づいた・・・っ!?)


彼女が身を強張らせたと同時に、男は横に飛んで寸でで魔術をかわし、急速に冷静さを宿した目線でロベリアを――否、リベラのいる方向を睨み据えた。


ロベリアは一瞬で自身の失敗を悟り、意識を妖精界に戻して、手ごろな人気のない場所へと移動を始める。


まさか使い魔越しの魔術をかわされるとは思ってもみなかったロベリアだったが、すでに戦闘態勢に入った魔族を使い魔越しに相手する訳にはいかない。


自分はすでに攻撃をしてしまった時点で相手にとっては敵対対象である。


今にも攻撃が飛んできてもおかしくない。


影蟲は影に住み着いて魔力をくらう程度の魔蟲であるから、二つ名の攻撃など受ければそれこそ影も残らず消滅させられてしまうのだろう。


便利な使い魔を殺される訳にはいかないため、運よく見つけた建物の隙間に入るとロベリアはその場に座り込み、自身の姿が見えなくなる魔術を展開する。


そして影に覆われた地面に手を触れ一言。


「連れてって」


途端に影から霧のように影蟲の群れがあふれ、ロベリアの身体を覆った。


数秒も経たず黒い霧が影にもぐると、そこにロベリアの姿はなく、一匹の小蟲だけが残っていた。


◆◆◆

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