・15・「モ、モフモフ!フワフワ・・・!!!」
元は精霊族であるためか、妖精族は技術を発達させた現在も自然を好んでいる。
そのため街中には自然に生えている木々があり、地面は石畳だがそのすきまから花が咲いているのがありふれた風景である。
家々は木造が多く、他には石造りも多い。
一戸建てが集まる住宅街に、小さく区切られた部屋が連なるアパート、大木を利用したアパートの大型版など、どこか見たことのある風景を楽しみながら、ロベリアは商店街を目指して歩いていた。
今のロベリアはいつもの彼女とはみかけが異なっている。
雪色の長い髪は栗色の三つ編みに、氷色の瞳は褐色で、その瞳孔も丸いものになっている。
尖っている耳も丸い妖精族のものになっていて、その容姿は一般的な妖精族同様になっていた。
出発前に兄・アレンに指摘されたように、以前計測期の件で魔族だとばれてしまった際、好奇心の強い妖精族のことである、魔族が魔界から出る事はめったに叶わず、また魔界に行くことのない妖精族からしたらとても珍しい本物の魔族が現れた。
となればその生態やら見かけやら性格やらが気になるわけであり、ロベリアは妖精族たちに囲まれ、身動きできないほど詰め寄られたのである。
そこに騒ぎを聞きつけた宮殿の衛士がかけつけて、連行と同時に保護されたのだった。
それからは騒ぎにならないよう、薄茶色のマントに幻覚の魔術を施し、これを着ている間、ロベリアの外見が一般的な妖精族と同じようにみせかけるようになった。
もっとも顔や身長はそのままなため、知り合いが見ればすぐに彼女と分かるようにはなっている。
足取りも軽く、石畳を踏みしめていけば、やがて商店街へと着いた。
普通の住居とは異なり、店々には必ずどこかに看板がかかっている。
ロベリアはその看板を見ることもなく、通いなれた道筋を歩いてとある店の前まで行った。
そこは周囲の店と似たような二階建ての中程度の家で、一階の正面の扉は大きく開かれ、中の様子が見えるようになっている。
扉のすぐ前には立て板に「雫の雑貨屋」と妖精族の文字で書かれている。
その名の通り、ここは様々な小物や生活用品を販売する雑貨店のようだった。
ちなみに、文字を初めに発明したのは妖精族であり、さらにまともに使用しているのも彼らぐらいである。
ロベリアは店の中に足を入れると、一先ず商品棚を見回した。
そこには小皿やポーチ、書き物に必要な文房具など、雑貨屋らしいものが考えられた配置で陳列されている。
そのどれもが可愛らしく、小さいものが多く、少女らしさ感じさせるところから、女性向けの雑貨屋なのかもしれない。
二、三人いる客もみな女性である。
(あ、また新しいの入ってるー)
ロベリアは妖精界の生物だろう、動物をモチーフにしたぬいぐるみのコーナーに目を向け、そこに見慣れない種類を見つけて、ほんのりと笑みを浮かべた。
”摂理”をぶち破ってまで他の世界にくるほど、妖精族並に好奇心旺盛なロベリアは、この妖精界の動物が分かるぬいぐるみが地味にお気に入りである。
値段はそんなに高いわけでもなく、ために妖精界に来たらついつい買ってしまっては、自室に飾ったりしていた。
「――あら、いらっしゃい。お久しぶりね~」
棚にかがみ込んでどれにしようかと狙いを定めていたロベリアの背後から、彼女の間延びした口調にも似た、高い声がかかる。
「あー、ティアさん、久しぶりですー」
振り返ったロベリアは、自分より少し小さなその人に、ペコリを頭を下げる。
そこにいたのは、赤茶色の短いかみに同色のすこしたれた目をニコニコと笑ませた妖精族の女性。
長袖の浅黄色のワンピースに、腰には緑色のエプロンをしている。
彼女は本名をアワリ・ティアと言い、この「雫の雑貨屋」の店主であった。
ティアはロベリアの後ろに視線を向けて、ぱっと両手を合わせた。
「あ!それ新しい種類が入ったのよ~!」
「はい!すぐに分かりました!今度はウサギですね!」
「えぇ!ウサギは前に黒雲ウサギがいたけれど、今度は綿雲ウサギよ~!」
ティアは棚から黒いモコモコした動物と白いフワフワした動物を取り出して、自慢げにロベリアに披露する。
(か、かわいいぃぃぃ!!!)
内心で萌えの叫びを上げ、ティアの手に乗った二匹に反射的に手を伸ばす。
その感触は。
「モ、モフモフ!フワフワ・・・!!!」
思わず目を閉じて、至福の感覚に浸る。
我を忘れそうな素敵さだったが、それは手の上から重さが消えることで終了してしまう。
「・・・え。あー・・・」
「こんなに気に入ってもられて嬉しいわ~。良ければ買っていってちょうだいね~」
まぶたを上げれば、ティアが白と黒の塊を取り上げ、商品棚へと戻していた。
『――ティアさーん』
「あ、ごめんなさい。呼んでるから行くわね~。ごゆっくり~」
にこやかにそう言って、ティアは別の客のもとへと歩いていく。
ロベリアはがっくりしたものの、あのフワフワ絶対買うーっ!と固く決意して、この店を訪れた本来の用事を思い出した。
未練がましくぬいぐるみの棚をちらちら見ながら、ロベリアは目的の商品がある場所へと移動する。
そこは皿やコップ、箱などの小物入れや容器が並んだ棚。
(ビン、ビン・・・あ、あったー)
視線をめぐらせて、ロベリアは求めていた商品を発見する。
それは透明な大小様々、形もいろいろある瓶であった。
その中から、ロベリアは中くらいのサイズ、おおよその容量にして500mlほどのものを四つ手にとる。
腕に抱えるのが大変だと思ったロベリアは周囲を見渡し、折り重なった籠をつかんでビンをその中に入れた。
この瓶は儀式の材料となる生き血を入れるための容器である。
生き血は三種類、また心臓を入れるのにも足りるだろうと四つ購入するつもりで、この店に来たのだった。
それから、ロベリアは先程のぬいぐるみの商品棚から白いフワフワした動物を籠に入れると、店の奥にあるカウンター、いわゆるレジのような場所まで行き、ティアの姿を探す。
と、他の客の相手をしていた彼女と偶然目が合い、ティアはその客に何事かを言うと、ロベリアのもとへとやってきた。
「ごめんなさい。これ、買います」
「あらあら、いつも謝らなくてもいいのよ~。瓶四つに綿雲ウサギのぬいぐるみが一つで、え~っと・・・」
ロベリアが差しだした籠をざっと見て、ティアはしばし考えるように黙る。
「・・・全部で450ラフュよ~。袋はいるかしら~?」
「ううん・・・あ、やっぱりビンは入れてください。えっとー450ラフュかー・・・」
「分かったわ~」
ティアは頷くと、そばにあった紙束から紙を一枚取り、それを折って袋の形にすると、瓶を慎重に入れていく。
値段を聞いて、ロベリアは持ってきたかばんの中から財布を取り出して、中を覗き込む。
財布は黒い皮で作られた巾着型で、内側には光を発する青い粒のようなものがたくさん入っていた。
これは妖精界の貨幣的存在であるとある結晶の欠片で、ラフュと呼ばれている。
一粒で1ラフュであるから、450ラフュは450粒ということになる。
非常に数えるのがめんどくさくなりそうだが、それを解決する道具が対応するように妖精界にはある。
瓶を袋に入れたティアは、カウンターの裏からなにか箱のようなものを取り出した。
銀色で高さ20cm、縦横ともに5センチほどの細長い箱と、同じ縦横に高さが10センチほどの箱が底をそろえてくっついたような形である。
高いほうの上部の面には穴があいており、低い方の箱の上部には一回り切れ込みが入っている。
この銀色の長方体は指定した個数のラフュの数を数え、それ以上の粒を低い方の箱に分ける、妖精界製のキャッシュレジスターなのである。
ティアは箱の背面を指でなぞるようなしぐさをした後、
「はい、どうぞ~」
とロベリアにその箱を差し出してきた。
ロベリアは慣れた動作で財布からラフュを一掴みすると、それを箱の上部に開いた穴に入れていく。
二回、一掴みした青い欠片を投入した所で、箱からポンという音が鳴った。
精算終了の合図である。
するとティアは低い方の箱をぱちりと高いほうと分離し、それをロベリアに渡す。
受け取ったロベリアは切れ込みが入っていた上部を開け、財布に向かって逆さにした。
チャリチャリと音を立てて、青い光る粒が財布にこぼれていく。
財布と瓶の入った袋、そして白い毛玉のようなぬいぐるみをロベリアはかばんへとしまった。
「いつもありがと~。今度はいつ来てくれるかしら~?」
今回妖精界を訪れたのは、実に50年ぶりほどだろうか。
ロベリアは一瞬考え、しばらく来る事はないだろうと推測した。
「んー、わかんないですけど・・・ぬいぐるみの新作が入る頃にまたきます!」
冗談めかしてロベリアがそういえば、ティアは「そう~」とだけ言って笑い、手を振った。
ロベリアもまたペコリと頭を下げて、雑貨店を後にした。
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