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・13・(やっぱり兄様ってすごい。・・・・というか怖い)

ロベリアは、カイヤに魔王復活の儀式については伏せて、彼の生き血が必要であると伝えた。


妖精族への堕落一歩手前とは言え、精霊族らしくカイヤは酷く怯えた。


しかし、ロベリアは「ほんのちょっぴりだから! ほんとにちょっぴり! 痛くない、痛くないよー」と宥めすかし、なんとか了解させることに成功した。


採血には、医療用に妖精界で品種改良された採血用の吸血バラを使う。


それを母のロズレイアが所持しているため、ロベリアは一旦魔界に帰ると言って、カイヤの家を後にした。


精霊界の穏やかな青空はやや暗くなってきており、あと数刻で夕陽が差し始めるだろう。


魔界に帰る頃には夜だなー、と考えつつ、ロベリアは精霊界の領域境界を抜けた。


◆◆◆


ロベリアが自室に辿り着き、部屋着に着替えてベッドに寝転んだ時には、空時計はすでに宵空に変わり、月の模型がその二つ刻に位置していた。


時間にして夜の8時というところ。


重なった疲労に食事をするのも億劫で、ロベリアはすぐに眠りについた。


次の日、目を覚ましたロベリアは、紺色のワンピースに茶色い革靴を履き、薄茶色のフード付きマントを用意した。


さらに大きな肩掛けカバンに必要なものを詰め込み、一階の台所に向かった。


近くにつれて、何かを煮込むようなおいしそうな香りが漂ってくる。


誰かが料理をしているのだろう。


ロベリアが見たのは、台所の棚と同じほどの身長を小さな台に乗って補い、鍋をかき回している一人の魔族。


「フン♪ フンフン♪ フフ~ン♪」


シンプルなシャツに暗緑色のスラックスをはき、腰には30㎝ほどのピンクのバラ。


深紅の緩くうねる髪をリズムに合わせてかすかに揺らし、小さく鼻歌を歌っていた。


ロベリアが来たことに気がついていないのか、その魔族は腰もフリフリ、鍋のそばにあった瓶の中身を鍋に振り入れる。


ロベリアは食卓にかばんを置くと、魔族の後ろに立って鍋の中を覗き込んだ。


「おー、ツララ魚のスープ? 兄様(にーサマ)のこれ、おいしーんだよねー」


「おや、リアじゃないか。おはよう」


「おはよー、兄様」


鍋の中身はパステルブルーの液体で、香ばしい匂いを放っている。


鼻歌を止めて、ロベリアの兄・アレンは振り返った。


兄妹の身長差も、母娘と同様に激しい。


兄は158cm。


母親よりわずかに高いが、氷竜の血が出たロベリアのそれには遠く及ばず。


しかし、その低身長は吸血バラの種族特有なもののため、兄も妹もさして気にしたことはなかった。


・・・若干、ロベリアはかわいい母親と兄にきゅんきゅんする事はあるが。


アレンは鍋の火を弱めると、戸棚から深皿を取り出してテーブルに並べる。


「リアも食べるだろう?」


「うん!」


何を、と問わずともロベリアは頷き、自身はスプーンなどのカトラリーを準備する。


マナーと品格にうるさい母の影響で、魔族にしてはロベリアたち家族はかなり上品な食事の仕方をとる。


アレンが深皿にスープをたっぷりと注ぎ、二人とも席につくと、ロベリアはそっと両手を合わせ、アレンは目をつむると、


「「いただきます」」


と同時に言って、食事を開始した。


この食事前の挨拶は、この世界はともかく、魔界では存在しない。


幼い頃のロベリアが無意識に行ってから、兄が真似するようになり、今では家族全員がするようになった。


その動作と言葉の意味を家族に説明しようとしたロベリアは、「神」という概念のない事をそこで始めて知り、悩んだ末に無難に全ての命と答えたことから、ロベリアは主に食材と作ってくれた人に、家族は食材に感謝を捧げているようである。


一口飲んだロベリアはホッと息をつき、破顔する。


「おいしい! さすが兄様だねー」


「うん。良い出来。リアが喜んでくれたから嬉しいよ」


アレンもほっこりと微笑を浮かべる。


ロベリアは手を止めることなく、ふと思った疑問を兄に尋ねる。


「そーいえば、兄様がこんな時間に起きてるなんて珍しーね?」


ロベリアが目を覚ましたのは朝空の一つ刻、朝7時くらいである。


兄のアレンはほとんど夜に活動するタイプで、このように朝っぱらに出会うことはほとんどない。


「あぁ――そうだね。・・・母さんがね、新種の改良を手伝ってって、さんざん付き合わされたから・・・」


明るい新芽色の瞳を細めて、アレンは苦笑する。


皆まで言わずともその続きが分かったロベリアもつられて笑い、


「久しぶりの徹夜ってことかー。母様張り切ってたもんなー」


二日前にロズレイアが見せた、あの青地に黒ドットのバラのことだろうかとロベリアは思う。


品評会に出すと言っていたことも考えて、兄にもその手伝いをさせたのだろう。


低い身長と基本穏やかな物腰のためか、兄には『かわいい悪魔』などという二つ名がついているが、彼も母ロズレイアと同じように、吸血バラにたいしてはそこそこに厳しい。


否、アレンは自身を侮る者と己の能力を無駄にするモノに厳しいと言える。


兄にしごかれたというのなら、あの小さなバラは品評会まで生き残れるだろうと考えて、ロベリアはスープの最後の一滴をしっかりと味わった。


「ごちそーさまでした!」


食後のこの動作も今ではすっかりなじみ、アレンもにっこりと、


「お粗末様でした」


などと応える。


皿やスプーンをぱぱっと水球を生み出して洗い、流しの横に置いてある布でふいた。


「それじゃー兄様、行ってきまーす」


かばんを手に台所を出ようとして、いまだのんびりとスープを飲む兄に声をかければ、


「――――あ、待ってリア。聞いたよ、またおイタしたんだって?」


「うっ・・・」


触れられたくない話題に、思わず足が止まる。


おそるおそる振り返ると、アレンはロベリアには目を向けず、穏やかな口調で続ける。


「昨日は精霊界に行ってきたんだってね。――精霊王様は許して下さった?」


「う、うん・・・」


「そっか――それは良かった。今から妖精界に行くんだろう?」


ロベリアはつい自身の服装を見下ろした。


この薄茶色のマントを着るのは、確かにたいてい妖精界に行く時である。


それを見ただけで言い当てる兄に感心しながらも、ロベリアは肯定する。


「気をつけて行っておいで。妖精王様に失礼のないように。魔族だとバレて騒ぎにならないように、ね」


かつての所業を差してなのか、ロベリアが妖精界に向かう目的を見透かしているのか、アレンはそう言ってロベリアに手を振った。


「はーい(やっぱり兄様ってすごい。・・・・というか怖い)」


内心ちょっとびくつきながら、手を振り返して、今度こそロベリアは台所を出て行く。


三階のバルコニーから飛び立ち、南を目指す前にロベリアは西に翼を動かした。


半刻ほどで気候が激変すると、地上ギリギリに降り立って地面に手を伸ばす。


表面を氷で保護した手を地面に触れ、


「・・・()でよ、我が(しもべ)。影に巣食う矮小なる蟲よ。――リベラ」


召喚の詠唱をすると、ロベリアの影が地面に広く伸び、そこから夥しい数の黒い小さな何かが、精神を不安定にさせる羽音を響かせながら飛び出してきた。


それらは黒い霧のようにロベリアを取り巻いて飛行する。


よくよく見れば、それは大きさが小指の爪ほどしかない、獣の胴体に漆黒の魔石を頭にもつ翅を持った小蟲。


その内のただ一匹、親指ほどの大きさで頭部の魔石も宝石のような形の蟲が、ロベリアの眼前に現れた。


小蟲はまるでお辞儀するように、その魔石の頭を下げる。


「リベラ、魔界で探してほしい魔族がいるの」


それに向かってそう口を開き、ロベリアは魔力の(リンク)を蟲に繋げると、自身の記憶を送りこむ。


送り込んだのは、王城で見たあの閃光蛍の魔族の姿。


この蟲は影蟲という妖精界の生き物で、ロベリアの使い魔の一つである。


魔力を与えるかわりにロベリアに使役されるあまり知性のない生き物だが、このように望んだ記憶や映像を共有することで、この影蟲はとても有効な使い方ができる。


影に棲み、影から影へと移動するこの蟲を使えば、広大な魔界でも隅々まで捜索が可能なのだ。


また、影蟲は一匹の女王を頂点に、一群れで100万から200万の規模で配下の蟲が行動するため、女王――リベラに命令すれば、100万の分身たちが一斉にあの魔族を探し始める。


女王は頷くように大きく頭を振り、途端にロベリアを取り巻いていた黒い蟲たちはその影の中に戻っていった。


否、ロベリアの影から魔界の大地の影へと移りそこから魔界中に広がっていったのだ。


最後にリベラも影へと潜り、ロベリアはすぐに翼をはばたいて中空に昇った。


結界で身を守っていても汗が流れるほどに地上は熱かったのである。


「ふぅ・・・」


一仕事終え、額の汗を拭ってから、ロベリアは南へと飛行を再開した。


◆◆◆

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