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・12・(計画通り・・・!)

白い皮翼をはばたかせ、精霊界の領域境界を目指して飛ぶ。


緑の壁から数十mといったところで、ロベリアは高度を落とし、生い茂る枝葉の絨毯に舞い降りた。


比喩ではなく足をつけて歩けるほど密集したそれらの下に潜り込んで、枝から枝へと移動する。


と、先方の大樹の上部に木のウロを利用して造られた何かが見え始める。


ロベリアはそれに近づくと、ウロにつけられた浅黄色の布をめくり、


「カイヤー、カイくーん! いるー?」


顔をつっこんでそう尋ねた。


しかし反応はなく、しばし静寂が落ちる。


ロベリアは一瞬考えるように指を口にあて、体も全て布の向こうへと入れた。


中は人が立って歩ける十分な高さと広さがある部屋になっていて、浅黄色や黄緑、赤や紫の色調でそろえられた素朴な家具がおいてある。


ロベリアはさっと部屋を見渡すと、部屋の隅、上下につづく階段に目を向ける。


「んー、どっちにいるかなー」


上階か下階か。


首を捻ったロベリアは階段に近づき、


「カイヤー!!! いるんだったら返事してー!!! ロベリアだよー!!!」


両手を口にあてて叫んでみた。


すると、わずかに間があいてら、何かが階段を上ってくる足音と共に、


「・・・今行きまーす」


のんびりとした柔らかな声が小さく返事を返した。


(下にいたか)


ふむ、とロベリアは頷くと、勝手知ったる様子で部屋の隅に近づき、そこにあった水差しとコップを手にテーブルにすわると、コップに水差しの中の液体を注ぐ。


それは黄金色に光るトロリとした液体で、ふわりと甘い香りがする。


一口飲めばじんわりと魔力が身体に沁みて、ロベリアは顔を綻ばせた。


「――――済みません。ついこの前アナタがくれた笛をいじっていたから、ちょっと気がつくのが遅れてしまいました」


低くも高くもない柔らかな声とともに、ロベリアの前の椅子に一人の精霊族が座った。


鳥の巣のようにカールした黄金色の髪に、華奢な身体には麻色の簡素な服を着ている。


ロベリアはもう一つのコップに液体を注いでやり、精霊族に差し出す。


「そーいうことだと思った」


「いや、済みません。ありがとうございます」


受け取ってゆっくりとコップを傾けた精霊族は、その味を噛み締めるかのように数秒目を閉じ、ふと気がついたように黄金色の瞳でロベリアを見た。


「あれ、ロベリアさん、今日はどうしてここに?」


「・・・うん。ちょっとカイヤに頼みごとを・・・したいなー、と」


神妙な表情で告げるのに、精霊族――カイヤは不思議そうに首を傾げる。


ロベリアの頼みごととは、儀式に必要な材料の一つ、精霊族の生き血の提供についてである。


単刀直入に言い出すことは躊躇われるものの、彼以外にうんと言ってくれそうな精霊族に、他に心当たりがなかった。


この精霊族は――本名はファウ・ル・カイ・ヤと長ったらしいためロベリアはカイヤ、カイくんなどと呼んでいる――ロベリアの精霊界での友人の一人で、彼女と同じように精霊族としては変わり者である。


世界樹から遠い領域境界の近くに住んでいるのもその一つであるが、排他的で他の種族や世界にあまり関心を抱かない精霊族の中では珍しく、それらに強い興味を持っているのだ。


まだ精霊界を出るまでには至っていないが、現在精霊界を訪れる唯一の魔族であるロベリアに自ら接触し、たまに彼女が精霊界に来た際には、他の世界のモノをもらったりするなどしていた。


もらってどうするのかといえば、そのしくみを隅から隅まで分析するのが好きらしく、このカイヤの家の地下にはその作業場があり、先程までそこで何かを分解などしていたのだろう。


正直、ロベリアはいつか彼が妖精族に堕ちるんじゃないかと冷や冷やしていたりする。


・・・さて、そんなカイヤならば、流血を厭う精霊族でも採血に協力してくれるんじゃないかなぁ、という一抹の希望を胸にこうして訪ねてみたのだった。


ロベリアは背筋を伸ばし、正面にカイヤと向き合って口を開く。


「えっとね、今日は精霊王サマにお礼を言いにきてたんだけど」


「あぁ、なるほど。それで精霊界に」


「うん。それで・・・その、精霊王サマにちょっと命令されたー、というか・・・」


「命令ですか? ロベリアさんは凄いですね。会う度に何事かを王に命じられていますよね」


カイヤに感心の眼差しを送られ、ロベリアは気まずさに目をそらしそうになる。


すごいどころか、大抵はロベリア自身の不始末故の罰である、などとはこの純粋な友人には言えるわけもない。


「あ、あはー。そーかなー?それより、その命令でね、そのー・・・カイくんの協力が必要なんデス」


「王のご計画に関われるなんて光栄です! ボクで良ければいくらでも協力しますよ!」


黄金色の瞳をキラキラと輝かせ胸を張ったカイヤに、ロベリアは悪い考えを思いついてしまった。


言質を取る、というやつである。


友人を騙すようで罪悪感を感じるが、ぜひとも協力してもらおう、と。


「言ったね?」


「はい! それでボクは何をすればいいんですか? 精霊界の事や精霊族の事ならなんなりと」


ロベリアはがしり、とカイヤの両手を握る。


「ほんとのんほんとに、いいんだね・・・?」


「え、は、はい。・・・あの、ロベリアさん?ちょっと怖いです・・・」


尋常でない圧力にやや困惑したカイヤの様子にはっと手を放し、ロベリアは何事もなかったように髪をいじる。


氷色の瞳で上目遣いにカイヤを見やり、にっこりと一言。


「カイくん、君の血をほんのちょっぴりもらいたいのですが」


「あぁ、それくらいならいくらでも――――って、は?」


朗らかに承ろうとしたカイヤの顔が、まるで変なモノを食べてしまったかのように怪訝な表情になる。


「あの、今なんて――――」


「言ったね?」


問いかけたカイヤを遮り、ロベリアは強い口調で繰り返す。


「協力するって言ったよね、カイヤ? 精霊王サマのためだよー。お願い、このとーり!」


両手を合わせて拝むように頭を下げる。


カイヤは内容を呑み込めないのか、戸惑ったように瞳を揺らし、ロベリアを覗き込むようにする。


「・・・あの、ちゃんと説明してください」


ロベリアはばっと顔を上げる。


「説明したら血くれる!?」


「うわっ」


その勢いにカイヤはびくりと肩を浮かせた。


ロベリアとしては、もうここで確約してほしいのである。


というか確約させる、と決意して、またカイヤの手を握る。


「お願いお願い、ほんのちょっとでいいの! このコップ一杯くらい! ほら、ちょっとだよー! ちょっぴり! だからお願い、血くれるって約束してくださいぃぃぃ!」


縋りつかんばかりのロベリアの懇願に、


「わ、分かりましたから! 分かりました! その、ちょっと落ち着いてください」


カイヤは了承してしまった。


――瞬間、にやり、と悪い笑顔を内心に浮かべて、ロベリアは破顔した。


(計画通り・・・!)


なんて悪い意味で有名すぎる言葉を呟き、哀れな被害者に説明を始めるのだった。


◆◆◆

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