表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第2章
9/56

2

 ハルアには、困った習性がある。


 ―――赤髪の人間を目にすると、発作的に声を掛けてしまうのだ。


 周囲の人間から言わせると、その行動は「変態」に値するらしい。

 ハルアが子供の頃から捜している「魔物」が赤髪だったため、つい目がいってしまい、話しかけてしまうのだが、イラーナにおいて赤髪は珍しいが、いないわけでもないのだ。

 特に女性に対しては控えるよう、幼馴染のラトナに何度も諭されたが、こればかりはハルアの「生きる糧」だ。やめることなど不可能だった。


(…………それにしても、素晴らしい)


 ――昨日は、その努力が報われた記念すべき一日だった。


 一度目は昼間。

 まるで、赤髪を隠すように、おさげにした分厚い眼鏡の少女と出会った。

 だが、その時のハルアは話しかけるきっかけが掴めずに、即興で、彼女が描いた絵のことを話題にしてしまった。

 これも困った悪癖だが、自分は動揺すると、相手の痛い所を確実に突いてしまうらしい。

 改善することはできないだろうが、反省だけはしている。

 かえって、彼女を怯えさせてしまい、結果、脱兎のごとく逃げられてしまった。

 その彼女の足の速さに、ハルアは脱帽したものだった。


 ――彼女こそ、自分が捜していた魔物ではないか? 


 イラーナにいて、ハルアの本名を知らない人間は、ほとんどいないのだ。

 このまま、二度と会えなかったら、どうしたら良いのか……。

 絶望のどん底にいたハルアだったが……………………。


 ――しかし、奇跡は起こった。


 同じ日に、彼女ともう一度、会うことができたのだ。


 神でも魔物でも信じたい心境だった。


  (今まで生きてきて、良かった……)


 昨夜は、個展成功の慰労会とやけ酒を兼ねて、幼馴染のラトナと弟子のロカを連れ、街の酒場に立ち寄った。

 そこで『魔物が出る』と、店主から噂を聞いたハルアは、むしろ、魔物に出くわしたい気持ちで、ロカを先に帰し、幼馴染のラトナを伴い、歩いて帰宅することにしたのだった。


『――返せ』


 そんなふうに喚いていた刺客の黒幕も動機も気にはなっているが、しかし、それよりも後から現れた少女の方が重要な存在だった。


 ――彼女だ。


 ハルアは確信した。


(…………絶対に、逃しちゃいけないって、思ったんだ)


 彼女とこの先の接点を持つことが出来るのなら、魔物に傷の一つでもつけられても良かった。

 そのくらい、彼女との関係を切望した。

 女性の袖を掴んで引き留めるなんて、いつものハルアであれば、考えられないことだったが、この際、面子なんてものは、どうでも良かった。

 手段なんて選んでいられない。

 願いが一生叶わなかったら、どうするというのだ。


(だからこそ、準備万端で、待ち受けなければいけないのに……)


 ――何で、こうなってしまうのか?


「あのですね……」


 昼を告げる鐘の音に、ハルアは堪えきれず、とうとう軽く机を叩いた。


「いい加減にしてくれませんか? これから私は予定があるんですが……」


 仕事場として借りている、先代国王の別荘。

 その別荘と同等の規模を誇る庭園の中に、木製の円卓と椅子が設けられている。

 いずれもハルアが造った作品だ。円卓の側面と椅子の背面の透かし彫りは、自信作でもあった。失礼がないように配慮しつつも、自宅に入れたくないがために、ここに通したつもりだったのに、陽気と景色が良いためか、かえって、彼ら二人が居着いてしまったのは、とんだ誤算だった。

 灰色の髪の青年ラトナが優雅に茶をすすりながら、上機嫌に告げた。


「そりゃあ、知ってるよ。僕だっていたんだから。だからこそ、居座っているんでしょう」

「迷惑極まりないですね。好奇心で、ここにはいないで下さい」

「好奇心で悪いの? 別にロカ君だっているなら、僕たちがいたって良いじゃないか?」

「あっ、今のハルア様のお言葉は、本当ですけど?」


 ハルアの背後で、お茶の給仕に徹している小柄な少年が素直に答えた。

 ハルア唯一の弟子ロカである。彼は、今日も重そうなほど、ターバンをぐるぐる巻きにしている。日差しの良い庭園にあって、頭が暑そうだった。


「ふーん。ロカ君まで追い出すなんて、執念だな」

「ええ。彼がいたら面倒です。ラトナも兄上と一緒に、一度、帰れば良いじゃないですか?」


 ――と、険しい表情で睨みつければ、ラトナは傍らの大男に意味ありげな微笑を傾けた。


「……だそうですよ。どうします? とりあえず、出直されますか?」

「…………嫌だ」


 肩までの髪に、腰に剣を帯びた大男は、ハルアの都合を考慮することもなく、ロカに四度目の茶のお代わりを所望した。

 ロカは手先が器用だが、唯一茶を淹れるのが下手なのだ。しかも、男の護衛が毒見をしているらしく、冷めきった薬草のような臭いのする茶を、何回も飲み続ける羽目となっていた。

 まあ、この青年にも、それなりの覚悟があるということなのだろうが……。


「駄々をこねないで頂きたいですね。――兄上」


 この男の名はイシャナ。

 ハルアより五つ年上の兄である。

 普段、あまり顔を合わせる機会もないのに、なぜか今日に限ってハルアの家にやって来て、無理難題を押し付けた挙句、拒否したら居座るという、意味不明な真似をしでかしている。


「駄々ではない。わざわざ私が頭を下げて頼んでいるというのに、その態度は何だ?」

「頼んでいるというよりは、脅迫されているような気がするのですが?」

「脅迫といえば、昨夜、襲われたらしいじゃないか?」

「一体、それを、どこで……?」 


 反射的に、ハルアはラトナに目を向けた。

 ――が、彼の仕事を諌めるわけにはいかなかった。ラトナはハルアの従兄で、住み込みの護衛なのだ。父に頼まれ、ハルアと行動を共にしていることも知っている。



(日々の父上への報告が、兄上に漏れてしまったのか……。仕方ないけど、最悪だな)


 イシャナは口の端に笑みを浮かべて、ハルアを見下している。弱みを握ったつもりでいるのだろう。


「……だからー、いつも言っているのだ。お前は不用心すぎるのだと。この邸宅にも誰にも寄せつけやしない。我々は、いつ誰に狙われたっておかしくないのだぞ?」

「昨夜のあれは暴漢です。私と分かって狙ったわけではないと思いますよ」

「ふん、そんなこと調べてみないと分からないでないか。刺客だったら、どうするのだ?」

「おかしなことを……。私を狙った刺客でしたら、誰が放ったのか大体分かりますよ」


 疑わしいのは、貴方もだ……とは、さすがに言えなかった。しかし、殺気は伝わったらしい。

 やましいことがあるのだろう、イシャナはわざとらしく咳払いをした。


「じゃあ、暴漢に出くわさないためにも、私の仕事を素直に受けたら良いということだな」

「お断りします」

「私は、この茶を四杯も飲んでいるのだぞ?」

「…………あっ、殿下、お代わりですね。すぐ用意します!」


 ロカが嬉しそうに飛び跳ねて、厨房に走って消えた。

 その後ろ姿を黙って三人で見送る。


「………………兄上」

「………………まあいい。毒入りではないようだし、飲んでやるさ。何杯でも!」


 五杯目は間もなくやって来るだろう。その前に帰れば良いのに……。

 しかし、イシャナは石のように固まり、ラトナは大あくびをしながら、気だるげに言うのだった。


「でもさー、ハルア。自立するには名誉と金は重要だよ。イラーナ国内で「ハルア」の名声は上がってきたけど、でも、あと少し押しが足りないんじゃないかな。君もいい歳なんだし、そろそろ、本格的に縁談が来ても、おかしくないよね?」

「今のところ、隣国のザハードとか候補に挙がっているな」

「兄上。冗談でも言って良いことと悪いことがありますよ。ザハードといったら、延々と内乱を繰り返している危険な国じゃないですか?」

「お前なら、内乱を終結させる能力があるかもしれないだろう? ザハード国は我々と言語も同じだし、姫君は美人だという噂だしな。悪い話じゃない」

「嫌ですよ」


 ザハードはイラーナと砂漠を隔てた隣国だが、国交がほとんどない。内戦を繰り返しているため、国王もすぐに代替わりしてしまい、親交の深めようもないのだ。


(そんな国に、どうして私が?)


「ただ、婿入りしたくないって理由で、お前はこの国から離れたくないとでも?」

「いけませんか?」


 逆に聞き返せば、イシャナが濃い黒眉を吊り上げた。

 不穏な空気を断ち切るように、ラトナがへらへらと笑った。


「でも、その歳まで自由にさせてもらったんだから十分でしょ? 諦めて婿に行ったら? ザハードでなくても、他国だって案外悪くないかもしれないよ。……ルフィア(・・・・)王子」

「……ラトナ」


 苛立ちが頂点となって、立ち上がった。彼が父の命令で、ハルアに仕事を引き受けさせようとしているのは察しがついている。

 けれど、ラトナは、イシャナのことを理解していないのだ。


 ――イシャナから放たれている禍々しい悪意に、まるで気づいていない。


(まあ、私がラトナに訴えたところで、父上の命令なら逆らえるはずがないのだけど……)


 王位になど興味がないのだ。

 ハルアは、ずっと「あの魔物」だけを追っている。

 国民には酷い話かもしれないが、イシャナに王座などくれてやるという気持ちでいた。

 ……それなのに、どうして兄も貴族たちも、ハルアの心根に野心を見つけようとするのか?


「…………あっ?」


 そこで、ようやくハルアは、ラトナの背後、庭の奥から、何者かが、じっとハルアを見つめていることに気が付いた。


「君は……?」


 木の幹の横から、顔半分だけ出ていた。

 おそらく、ハルアと目が合ったことで、怯えて隠れたのだろうが、逃げ切れなかったのだ。


(すべて、聞かれていたのか?)


 たとえ、そうだとしても、この際、どうでも良い。

 彼女の気配を、今の今までまるで感じなかった。

 そのことに、ハルアは感動していた。

 いつも、人の気持ちの流れに、翻弄されている自分には有り得ないことだった。

 我知らず、口元がほころぶ。


(……兄上のことは、言えないな)


 とっくの昔に壊れているのは、ハルアの方なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=52129637&si
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ