1
天境界のほとんどは、鬱蒼とした森である。
自然のままに長い年月をかけて成長した木々は、散らない葉を枝に蓄え、薄暗い世界を更に黒く覆い隠すように巨大な影を形成していた。
「なぜ小娘が雷帝に? エンラ様に子供がいたなんて、聞いたこともなかったわよ」
太い幹に寄りかかり、ルーガが言った。
「ああ、私も知らなかった。……王。いや、エンラ様も人が悪い。何のための八連衆だ。一言、話してくれれば良かったものの」
モーリスがうなだれると、彼の袖を揺らして、サクヤがにっと笑う。
「そうかの……。むしろ、そんな弱点をエンラが公表するはずないとも思うがな」
「じゃあ、何よ? エンラ様は、あの得体の知れない娘を雷帝にして、天境王に即位させるために、何の得にもならない子育てをしていたわけ? 信じられないわ」
「まあまあ。王は八連衆の多数決を取らないと決まらん。エンラの後継者だったとしても、この段階であの娘が王になることは有り得んよ」
「……でも」
大きな欠伸をして、ぽつりと語ったのは、黒猫のフィンだった。
「……あいつの雷は、エンラ様の能力そのものだった……」
「人間界で見たんだってな。雷帝の力を?」
「まあな」
フィンは、小さくうなずいた。
「でも、少し見ただけだ。分からねえよ。力だけで、王になれるわけでもないし」
「そうよ。あんな小娘、簡単に王になんてさせないわ。天境王も雷帝もエンラ様のものよ」
ルーガは、忌々しげに唇をかみしめる。
「今こそ、奪還するべきだわ。私は、あんな小娘に仕える気なんて毛頭ないもの」
「だけど、それがあるのは、あいつの牙城だぞ。絶対ばれるって」
「私は別に、もういりませんよ。あれがなくても、生きていけることを知りましたから」
「ちょっと、ひどいわ。モーリス。サクヤはどうなのよ?」
「わしも、さして興味はないが……」
「ふん。情けないわね。いいわよ。私一人でも……」
「まあ、少し待たんか」
サクヤは、まったく曲がっていない腰を叩きながら、ルーガの前に立った。
「協力しないとは言ってないぞ。わしは……」
その瞳は、見た目年端のいかない子供のくせに、妖艶で昏い輝きを放っていた。