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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第1章
7/56

6

「ユーラー様っ!」

「ひっ」

「また人間界のハルアに会いに行くおつもりなんですか?」


 ――翌日。

 今まさに、質素な貫頭衣の上に肩掛けを羽織った変装姿で、自室を出ようとしたユラは、扉を開けた途端、マサキが立っていて、失神寸前までうろたえた。

 すぐに露見するだろうと予測していたが、ここまで早いなんて……。


(もしかして、マサキは、私のことを見張っているんじゃ?)


 しかし、疑いの目を向ける前に、彼女は素早く声を張り上げた。


「ユラ様。私の言うことを聞いていましたか? 再三、貴方の身の危険をお話していたのに、何をされているんです? 昨晩の件を改めて聞きたいと、サクヤ殿の呼びかけで、今夜、臨時定例会を開くことが決定しました。雷帝らいていが欠席するわけにはいかないでしょう?」

「やっぱり、欠席は駄目なんですね?」

「平和的解決のために、多数決を導入したのはエンラ様なのです。後継者の貴方がそれを拒否することなんてできませんよ」


 マサキは頭を抱えて、重たい溜息を吐いた。


「大体、昨日ハルアは酷い奴だったと怒っていたじゃないですか? たった一晩でどう気持ちが変わって、こんなことになっているんですか?」

「気持ちが変わった訳じゃないのですが……」

「じゃあ、何なんですか?」

「昨夜、どういうわけかハルアを助けることになってしまいまして、それで彼が礼をするって言うので、つい、おさげ髪の眼鏡の女の言うことを聞くように……と、話してしまって」

「…………はっ?」


 上から下まで、ユラの格好を舐めるように見てから、眉間に皺を寄せていたマサキが表情を消した。

 おさげ頭の分厚い眼鏡姿の少女は、人間界にも滅多にいないはずだ。


「……………………あきれた。ユラ様、どうしてそんなことを言ったのですか?」

「もしかしたら、彼の署名や絵とか、もらえるかなって。でも、昨夜の私はハルアと初対面ってことですから、彼が芸術家ってことは知らないはずですし。いきなり、作品を寄越せなんて言えません」

「いっそ、強奪でも何でもしてくれば良かったじゃないですか?」

「三千年前の不可侵条約を、雷帝の私が破るわけにはいかないでしょう?」

「不可侵条約は、人間に被害を与えたら……という意味です。命さえ奪わなければ、何をやっても良いんですよ」

「それは、ダメでしょう?」

「門を通る資格があるのは、限られた天虚てんきょなんです。言わなきゃバレやしません。貴方は本当に真面目すぎるんですよ」 


 マサキは髪を掻き散らしてから、ぷっつり、糸が切れたかのように、うなだれた。

 彼女が静かになった時こそ、重要だ。

 このまま人間界に行くことも出来るが、可能ならばマサキとの間に溝を作りたくない。


「…………だから、マサキ。もう一日だけ。最後のお願いですから、行ってもいいですか?やっぱり、どうしても、彼の署名くらいは欲しいんです」


 立ち上がったユラは、両手をすり合わせながら、マサキに迫った。


「何をそこまで執着しているんですか。貴方は……」


 拒否というよりは、困惑の度合いが大きいのだろう。

 あと一押し。

 何か、良い台詞はないだろうか? 

 ――悩むユラの前に


「僕からも、頼むよ!! マサキ」


 強力な援護が加わった。


「…………なっ!?」


 マサキが直ぐさま振り返る。


 雷帝の住まいである雷城らいじょうの更に奥。エンラの仕掛けた結界で護られている私的空間に、立ち入ることのできる人物は限られている。

 久しぶりに目にしたその青年の姿に、ユラは瞳を輝かせた。


「トワ兄さん!」


 叫ぶと同時に、ユラは彼におもいっきり抱き着いた。

 自分と同じ質素な貫頭衣姿の兄は、ユラの背中をなだめるように何度か擦った。

 身長もほぼ同じくらいで、顔立ちも似ている二人の目に見える大きな違いは、トワにだけ目の下に黒子があることと、髪の長さくらいだ。

 最近、トワは体調を崩していたので、こうして、ちゃんと向き合ってトワと話すのは久々だった。


「大丈夫なんですか? 起き上がったりして……」

「うん。今日は大丈夫だよ。それに、昨日の美術館には本当は僕も行く予定でいたんだ。結局、体調が戻らなくて断念しちゃったけど……。僕だってユラと同じ。美術館に行っていたら、絶対に、手ぶらでは帰れないって、躍起になっていたと思うもの。……だからさ」


 言いながら、トワはマサキを一瞥する。


「僕からも、お願いだよ。ハルアの絵が好きなのは、僕も一緒なんだ」


 ――そう、ユラはトワからハルアのことを教えてもらったのだ。

 ユラが署名にこだわっていたのは、トワに喜んで欲しいという意味もあったのだ。


「ああっ。…………まったく! 分かりましたよ」


 マサキが降参のつもりか両手を挙げた。


「予定は、調整しておきますから!」

「良かったね。ユラ! こっちのことは、まかせて。ゆっくり、行っておいでよ」

「ありがとうございます。兄さん!」 


 にこにこと見つめ合う兄妹の姿に、マサキは深くて重い溜息を吐いた。


「……まったく、何がゆっくりですか? いいですか? これが最後なんですからね。貴方の予定は一杯なんですから。領地の巡回や、書類仕事も山積しているんです。帰ってきたら、今度こそ、お役目一番になって下さいよ」

「それは、もちろんです! 父様の命令は絶対ですから」


 空気を呼んだつもりで、適当な返事をしたユラだったが、そのすぐ後に、このことを強く後悔するなんて、その時は欠片も思ってもいなかったのだった…………。

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