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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第1章
6/56

5

(…………何で?)


 喉まで出かかっている驚愕を、拳をつねってぐっと堪える。


「…………君? もしかして、私のことを知っているんですか?」


 更に角灯持って近づいて来るハルアを、ユラは反射的に横を向いて無視をした。


  (嘘でしょーーっ!?)


 現実世界は想像以上の偶然ばかりだ。

 彼の綺麗に整った顔は、夢ではない。

 こんな美しい人を見たことがないと、ユラが一瞬見惚れてしまったのは、つい先ほどのことだったはずだ。

 混乱の余り、ユラが黙りこくっていると、ハルアの方で答えを出してくれた。


「まあ、知られていても、おかしくはないでしょう。私の名前はハルア。君は?」

「………………」

「名乗りたくない……か?」


 ――名乗れるはずがないだろう。

 ともかく、昼間の眼鏡女がユラであることは、気づかれていないのは確かのようだ。


(……それって、喜ぶべきことなのか、分からないけど) 


 自分の正体を暴露するつもりもないので、話すこともなかった。


 ――どうやって、この場から退散したら良いのか。


 ユラの頭の中は、そのことだけで一杯だった。

  ……――それなのに。


「でも、ありがとう。助かりました」


 ハルアは、おもむろにユラの前に手を差し出してきた。

 握手のつもりなのだろう。

 通りすがりの怪しい女と親交を深めて、一体彼はどうするつもりなのか……。


「………………別に、私は」


 やっぱり、変だ。

 昼間のような皮肉たっぷりの言い方ではない。

 差し出された手を無視して、視線を上げれば、ハルアの瞳は子供のようにきらきらと輝いていた。

 まるで、新しい玩具を見つけたかのような曇りのない純粋さを放っている。


(これって、まずいんじゃないの?) 


 普通、雷を地上に落とすような女がいたら、逃げるだろう。

 逃げなかった時点で、彼は恐怖心より好奇心の方が勝るような人間なのだ。


(雷帝が人間と仲良くしているところを見られたら、面倒極まりないし……)


 フィンが天虚を追ったまま、戻って来ないが、ここは一旦この場から離れるべきだ。 

 そうしようと心に決め、歩きだした途端、ユラの前に、ハルアとは別の男が立っていた。


「我々の危ないところを救って頂き、有難うございました」


 短髪で目の細い、涼しげな面立ちの青年は、厚ぼったいハルアの格好とは違い、簡素なシャツ一枚の姿だった。一見、優男なのにユラの肩を掴んだ力は痛いくらいである。


「こんな勇ましいお嬢さんに、お会いできるなんて、僕らは何て光栄なんでしょう?」

「……ラトナ」


 ユラと青年の間に割り込みながら、ハルアが声を曇らせた。

 そういえば、昼間のターバンぐるぐる巻き少年は、今はいないようだ。


(この男も、それなりの訓練を積んでいるようだけど……)


 ハルアも、この青年も人間界では通常起こりえない状況に、まったく物怖じしていない。

 足取りもしっかりしているし、酔っているわけでもなさそうだった。

 ユラがわざわざ手を出さなくても、この二人でどうにか出来たのかもしれない。

 思わず、手を出してしまったのは、やりすぎだったのか……。


「どうです? これから一杯、僕たちと付き合いません?」

「…………はっ?」

「僕は、昼間この男に、身代わりをさせられましてね。少々、気が立っているのです」

「まだ根に持っているんですか?」


 ――そうだったのか。

 昼間、美術館で『ハルア』の身代わりにされた男は、彼だったらしい。


「ほら、一杯だけでも? もちろん、あの男の奢りですから」

「調子が良い男ですね。まあ、いいですけど。どうです? お酒が駄目なら果実水でも?」

「…………それは」


 いつの間にか、 前と後ろに挟まれて、ユラは身動きすらできない。

 どうしたものかと、真剣に頭を悩ませた途端……。


「雷帝!」

「…………フィン?」


 フィンが大きく跳躍して、ユラの真下に降りてきた。言葉を喋る奇怪な猫を目の当たりにして、二人の男達は子供のようにはしゃぎ始めた。


「猫だよね! ハルア?」

「……喋る巨大猫。素晴らしいですね。一体、何処にこの猫は生息しているのでしょうか?」

「ああん? 何だよ。てめえら、猫が喋っちゃ悪いのか!!」


 フィンが毛を逆立てて威嚇すると、二人の青年は、そそくさとユラから離れていった。

 ――有難い。こういうフィンの活用方法もあるらしい。

 フィンはハルアを威嚇しながら、同時に、彼を上から下まで舐めるように確認していた。


(何? 久々の人間が珍しいのかしら?)


 ともかく、これ以上、ハルアとフィンを関わらせたくはない。

 ユラは咳払いして、フィンの関心をこちらに向けた。


「……フィン。一体、あの天虚たちは、どうしたんだ?」

「雷帝。すまないが、逃げられちまった」

「…………ふーん」 


 ユラは、おもいっきり残念そうに、うなずいた。

 逃がした天虚は残念だったが、しかし、ここで彼らを突きだされたところで、ハルアとの接触が長引いて困ってしまっただろう。

 きっと、これで良かったのだ。


「……ならば……仕方ない。また出直すことにしよう」

「ああ、分かったよ。今回はあんたに従う」


 やけに、殊勝な態度で逆に拍子抜けしてしまうが、ユラ自身、急いでいるから助かった。

 フィンはイラーナに来た時とは、正反対のとぼとぼとした足取りで、ユラの前を歩き始める。 何事もなかったかのように、ユラもその後に続いたのだが……。 


「ちょっと、待って!」 


 追いかけてきたハルアが、ユラの長ったらしい袖を掴んでいた。


「まだ話は終わっていないのですが……?」

「はっ、話……って?」


 そもそも、会話自体成立していなかったではないか。

 しかし、ハルアは何処までもユラの白い袖を放さなかった。


「私は、君に助けてもらったお礼をしたいのです」

「……はっ?」

「ラトナが言うように、酒でも良いのですが、それが嫌だって言うのなら、他の物を」


 息を切らして来て、何を言っているのだろう。このハルアは……。

 しょせん、彼の申し出は不思議な出来事に対する好奇心だ。善意からの言葉ではない。

 ユラがそれに付き合う義理などないのだ。


「――いらない」


 何とか掠れた声を絞り出した。


「えっ?」

「私は、礼なんていらない」


 簡潔な回答を二度繰り返す。

 しかし、何故だろうハルアは引き下がらなかった。


「……ですが!」


 彼は力を込めてユラの袖を放さずにいる。


(何なのよ、この人?)


 無駄に執念を燃やしているようで怖かった。


「貴方に借りを返さないでいると、私が気持ち悪いのです」

「あの……な、私は……あんた達を、助けたつもりなんてないんだ」

「しかし、結果的に私たちは助かった。それは事実でしょう?」

「そうだよ。僕たちを、お嬢ちゃんが助けてくれたんだから」


 ラトナまで便乗してきたので、ユラは益々追い詰められてしまった。


「……………………だからって」


(何なのよ。この人たちは……)


 早く行かなければ、フィンに怪しまれてしまうではないか。


(でも、礼をくれると言っているんだし……)


 ………………昼間の目的。

 ユラが喉から手が出るくらいに、欲していたものを思い出す。

 今回、度重なった偶然は、目的成就のための奇跡的な後押しだったのかもしれない。

 願っても良いのではないか? 


(せめて、一つくらいなら……)


 欲張るつもりはない。

 だけど、ユラも兄のトワも、長い間ずっと画家「ハルア」のファンだったのだ。

 ユラは小さく息を吸って、呼吸を整えてから口を開いた。


「分かった。そこまで言うのなら、貴方の「礼」とやらを貰うことにする」

「本当に! 私に出来ることなら、何でもします。好きなことを言って下さい」


 情熱的に身を乗り出してきたハルアに、ユラは溜息を落とすように小さな声で告げた。


「…………私の望みは、一つだけだ」

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