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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
終章
52/56

1

 出会いがしらに「あのお方」こと、モーリスが土下座をしてきたことには、ロカもその場にいる皆も驚いてしまった。

 ロカは「あのお方」と何度か会ったことがある。

 この集落を抜けて、ハルアのもとに行くように手配してくれたのは、モーリスだった。

 数百年前、人間に見つかってしまったために迫害され、存亡の危機だった集落のみんなを救ってくれた方だと小さい頃から聞かされていた。

 当然、強い天虚なのだろうと、疑いもしていなかった。


 …………けれど、それは大きな間違いだったらしい。


『雷帝をおびき寄せるために、水鏡を通してお前達に協力を頼んだふりをした。だが、この問題は、雷帝と私が決着をつけるもの。今宵は人間も巻き込んでいるので、集落の皆は決してこの一件に関わらないように……』


 モーリスはしつこいくらい、念押した。

 それが、かえってロカの興味を膨らませてしまった。

 元々、そのこと自体はユラからお願いされていた為、ロカは逸る集落の仲間を止めることに意識を集中させていた。

 その気持ちが一変してしまった。

 そこまで言うのなら、見てみたいと思ってしまったのだ。

 ……結局、ロカもリエルも集落の若者たちのほとんどは、馬を使ってあの現場に行った。

 決して手は出さないと、お互いに示し合わせてはいたものの、現場に近づくにつれて、ロカの想像以上の事態が発生していることを目の当たりにしてしまった。

 やはり、雷帝=ユラは強かった。

 モーリスの比ではない。

 最後の雷撃は、軽く手を振っただけで、周辺の田畑や森林を火の海に変えてしまった。

 もし、彼女が本気になったら、どうなってしまうのだろう?

 普段、あんなに気弱でハルアに言いくるめられてしまっているユラが凄まじく強大な力を振るっている。

 そして、ハルアもまたロカには分からない力を秘めていた。


(一体、何だったんだろう……。あれは?)


 ユラとモーリスが頼んでいったことは、理にかなっていた。

 実際、あそこにロカたちがいたとして、自分たちは何の役にも立たなかったし、足手まといだった。


「凄かったよな……」


 ロカはぼうっとしながら呟く。


「そうだよね。僕も……今でも夢だったんじゃないかって、思うんだ……」


 言葉を拾うのは、いつもながら勘の鋭い年少のリエルだった。


「あんなに、凄まじいものを見たなんて……ね。大人たちに言っても、誰も信じてもらえないよ」

「そういえば、あの翌日に、ハルア王子は仕事に行ったんだっけ?」

「うん、そうだよ。俺にはしばらく休むようにって、言ってたのにさ。……で、そこでまた大事になったらしい。俺が都に戻った時、なんでか都全体が厳戒態勢になっていて、何事かあったんだろうとは思っていたけど、まさかハルア様が大きく関わっていたなんてね。今更、ラトナ様から聞いてぴっくりしたよ」


 小鳥のさえずりに、ロカはふうっと溜息を落とす。

 すべてが現実なのだと、鳥が思い知らしてくれたような気がしていた。


 …………今、ロカは集落の森の中にいる。


 ロカはお気に入りの樹の下で、初めての写生をしていた。

 ハルアの見よう見真似だが、王都で絵を描くより、故郷の方が題材も多くて、集中できるような気がしたのだ。

 もっとも、ふとすると、あの件のことばかり思い出してしまって、ほとんど絵になっていないのが辛いところだった。


「…………で、どうしてロカ兄さんは、昼間からここにいるの?」

「今更、それを訊くか?」


 ぶすっとしかめっ面作りつつ、嘘のつけないロカは素直に白状をした。


「ハルア様に追い出されたんだよ。なんか一人でしたいことがあるみたいでさ」

「なんかって?」


 絵を覗きこみたいのか、ロカの表情を見たいのか、リエルが至近距離でしゃがんで、こちらを眺めている。

 ロカより少し色が違うやや黄色がかった耳がひぴくりと立っていた。

 好奇心旺盛なのは、この集落で育った子供の特徴らしい。

 彼以外にも、自分の話を聞いている仲間たちがいるらしいことは、ロカも察知していた。 


「うーん、これもラトナ様経由で聞いたんだけど、イシャナ王子がさ、ハルア様のことを魔道に堕ちているって思いこんで、貶めようとしたんだって。だけどさ、今の方がよっぽど、魔道に堕ちているような、危ない感じだってことかな?」

「………………あのさ、ロカ兄さん、答えになってないから。僕にはさっぱり分からないんだけど?」


 ――そうだろう。


 ロカにも分からない。

 どう表現すれば良いのだろうか?

 ハルアの感情を説明する語彙を、ロカは持っていなかった。

 だからこそ、こんな所で一人呻くことしかできない。


「あー、ユラさん。もう一度、帰って来てくれないかな…………」

「ロカ兄さん?」


 ロカだって、こんな形で別れるなんて、思ってもいなかった。

 彼女の凄まじい力を目の当たりにした今でも、分厚い眼鏡におさげ頭の地味で控え目な少女という印象が強く残っている。

 こんなに、早くいなくなってしまうのなら、もう少しお茶の淹れ方を教えてあげれば良かった。

 ひどく心残りだった。


「でもさ、お姉さんは天虚でも最高位の雷帝なんだし、こないだモーリス……あのお方が水鏡で、雷帝もこの集落の有り方を考えているって伝えてくれたばかりじゃない? 仕事先は天境界なんだから、おいそれとイラーナに顔を出せないのは、仕方ないよね」 

「…………そんなこと、分かっているけど」


 このままでは、ハルアが可哀想ではないか。

 ロカが見たところ、ユラとてハルアのことをまんざらでもなく、想っていたようだった。

 脈があっただけに、ハルアの失意も並々ならぬもののはずだ。


 ――もしかしたら、恋煩いで死んでしまうのではないか?


 普通はそうならないけれど、ハルアに限っては分からない。


(まあ、でも……)


 いつもふてぶてしく、したたかなハルアのことだ。

 このままでは終わらせない、何か秘策を持っているのだろうが……。


「でもね、…………そうは言っても、僕もユラお姉さんには、もう一度会いたいんだよね」

「えっ?」


 唐突なリエルの言葉に、ロカはうつむいていた顔を上げた。

 頭上から降り注ぐ眩い木漏れ日が目に眩しい。

 ロカの目が慣れるのを待っているような沈黙を経て、リエルはゆっくりと口を開いた。


「ほら、ロカ兄さん、近々この集落の今後について天境界側から特使が来るって言ってたよね? それに、僕達には「あのお方」もいるじゃない?」


 結局のところ「あのお方」と雷帝ユラの関係について、ロカは分かっていない。

 ただ一つ言えるのは、あの夜の前後に、二体の間で決着がついたということた。

 今も、モーリスは八連衆をやっているし、ユラも雷帝として天境界で忙しくしていると、モーリス自身の口から聞いた。


(……だったら、一縷の望みはあるかも?)


 ………………せめて、ハルアとモーリスの橋渡しくらいにはなれるかもしれない。


 ざわざわと、木の葉が擦れ合う音がした。

 風の音ではない。

 聞き耳立てている連中が興味を示して身を乗り出したのだろう。

 ……それがまた面白かった。


「そうだな。まだ、俺にもできることはあるよな……」


 澄み切った笑顔を向けるリエルにつられて、ロカも笑顔になった。


(そうだ。俺にしか出来ないこともあるはずなんだ……)


 手の中の買ったぱかりの画帳に視線を落とす。

 つい最近だけど、ハルアと同じ道を、ロカも志すことに決めたのだ。

 今まで、助手として働いているだけで、芸術家になる気なんて微塵もなかったのに、どうしてもロカ自身、自分の手で世界を描きたくなってしまった。


 ――大神殿の壁画。


 最後の仕上げ段階で、ようやくロカはハルアに呼ばれたのだが、あの壁画を目にした瞬間の震えるほどの感動をいまだに体が覚えている。

 この人の下で働くことが出来て良かった……と心の奥底から思ったのだ。


(たとえ、秘密が多くて、丁寧な口調の割に、驕慢で強引で、尚且つ変態で、恋愛をこじらせているような人でも……さ) 


 ロカはいつまでも、ハルアにはそんなハルアでいて欲しいのだ。


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