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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第7章
51/56

8

 雷城の裏手の小山に乱雑に築かれた百八の朱塗りの鳥居。

 「鳥居」というのは、エンラが東洋の国に行った時に見た神域の門だという話だった。

 そこを護る黒ずくめの格好をした門番は、今日も門の前で静かに佇んでいるはずだった。


 ――だが、現在、鳥居に背にして座り込み、派手な寝息を立てている門番がいた。


 ユラの記憶の中には、こんなだらしない門番は見たことがない。

 だから、この天虚は門番ではないのだろう。

 なぜ、最初に気づかなかったのか……?


「一体、何がしたかったんですか。貴方は?」


 怒りと呆れと安堵が入り混じった声でユラが話しかければ、門番はうんと伸びをした。


「……お前が遅すぎるから、寝ちゃったんじゃないか」

「はいはい、それは、すいませんでした。まさか、行方不明になっている先代が門番に化けているなんて、思いもしませんでしたからね」


 そして、ユラは上体をかがめて、手を伸ばし、門番の白い仮面を外してみせた。

 仮面の向こうには、自分と同じ金色の瞳が満面の笑みを浮かべていた。


「……捜しましたよ。父様」

「知っていたよ。ユラたん」


(だから、ユラたんはやめて欲しいと何度も注意しているのに……)


 三千年以上生きているとは到底思えない無邪気の塊のような男は、すくっと立ち上がるとフードを後ろに跳ね上げて、目が覚めるほど真っ赤な髪を微風になびかせた。

 見た目だけだったら、二十代、少なくとも三十代前半くらいの優男だ。

 けれども、この男が三千年、天境界を一体で支配していたのだ。

 いまだに、ユラには信じられないのだが…………。


「あーっ、空気が美味しい。仮面姿は、本当に息苦しかったからね」

「だったら、もっと早く正体晒せば良かったじゃないですかっ?」

「あははっ。ダメダメ。私が出張れば、すぐに解決しちゃうけど、それじゃ意味ないから」


 ……まあ、そうだろう。

 エンラが出てくれば、一瞬ですべてが終わったはずだ。


「雷帝の地位は、ユラたんに譲ったんだ。私が出て行けば、みんな私に頼るじゃないか」

「でも、父様が出て来てくれたら、ここまで大変なことには発展しませんでした」

「そうかな? 私がいるいまいに関わらず、こんなこと日常茶飯事だよ」


 何てことないように、へらへら笑われてしまった。


 ――嫌だ。

 こんなことが日常茶飯事だったら、とてもじゃないが、ユラの身が持たない。


「トワたんは?」

「眠っています。兄さんには、色々と強すぎたんです」

「うーん。まあ、トワたんには悪いことをしたとは、思っているけれどね」

「イラーナに降りた時、雷が落ちるのを見て確信しました。父様もあの場にいましたね?」

「トワたんは二発、雷撃は撃てないからね」

「……父様が兄さんを助けたんでしょう?」

「私はトワたんの仕業に見せかけて雷を落として、人間を牽制したまで。別に、率先して助けたわけじゃない。神殿が崩れたら、素晴らしい壁画が台無しになっちゃうからね」

「あの夜、逃げたモーリスとフィンを追いかけたのも、父様だったんですね。彼らがすぐに雷城に来たものも、父様の入れ知恵ですか?」

「会ったのは認めるけど、入れ知恵なんてしていないよ。ただ楽な道を教えてあげただけさ。……でも、剣はあの時回収していれば良かったかもねえ」

「……そうですね。不可侵条約どころの騒ぎじゃなくなりそうでしたからね」


 下手したら、全面戦争再びになり兼ねないのだ。

 ハルアが上手く処理をしてくれたから良かったものの……。


「うーん、私も耄碌したのかな。モーリスがあそこまで自分を追い詰めていたなんて知らなかったんだ。昔、あいつがしたことを、知らないふりをしてあげたんだけど、今、思うと、指摘すれば良かったのかな? あいつ、基本、小心者だから、こんな大それたことしないんだよ」

「……モーリスは、主にサクヤ殿にそそのかされたみたいですけどね?」

「ああ、サクヤか。愉快犯のあいつが絡んでいたなら、仕方ないな。ははっ」

「ははっ……じゃありませんよ。父様。だったら、もう少し早く来て、ハルア様とラトナ様を、助けてくれたら良かったんです。おかけで二人とも、怪我してしまったんですからね」

「それも、ごめんって。つい、見入っちゃってね。モーリスじゃないけど、王子の力も見てみたかったんだ」


 少なくとも、笑ってごめんは、通用しないはずだ。

 要するに……だ。

 ユラは、エンラの掌で遊ばれていたということなのだ。

 誰が悪いって、一番は父なのだ。

 

(最低だわ……)


 怒りに戦慄いていると、しかし、それをなだめるように、鋭く伸びた爪の魔物特有の手がユラの頭を優しく撫でた。

 エンラはふざけているようで、真面目な時がある。

 今がそのときのようだった。


「だけどさ。ユラたん。最後のあの一件は、私が出たとしても、駄目だったよ。もしかしたら、手元が狂って、人間を殺してしまったかもしれない。私の力は日々、衰えつつあるしね。……だから、やっぱりお前が雷帝を継いで良かったんだと思う」

「父……様」


(何で、今それを言うんだろう…………?)


 力の衰えについて、ユラは初めてエンラの口から言葉で聞いた。

 毎日、手合せしていたユラは、エンラの能力が徐々に弱まっていることに、気がついていた。


 ――そして、自分の能力が日に日に、強まっていることも。


(……父様の力が弱まっているのは、私たちに血を与えたせいだろうってね、分かってるのよ)


 だから、ユラが雷帝を継いだのだ。

 そうすることでしか、この魔物ひとに恩返しができないと思ったから……。

 でも、それは正しい判断だったのだろうか。

 自分には「雷帝」という仕事は向いていない。

 いつだって、そう思っているのに。


「……父様、八連衆も、特にモーリスは、そのことには、気づいていますよ。それに、私、元人間だってことも、みんなに話してしまいましたから……」

「ああ、いいんじゃない? 養子って聞いた時点で、奴らだって察するものはあっただろうし。お前が生粋の天虚でないことは、想像くらい出来ただろうし」

「でも、八連衆は父様を慕っていますよ」 

「……それじゃあ、困るね」


 おちゃらけた口調のくせして、エンラの冷徹さは健在だった。


「ユラたんが気に入らなかったら、八連衆、解散して構わないよ。今回のことは、特にフィンは不可侵条約違反を犯していたんだから、処罰も含めてね。お前は勝手に自分の八連衆を作ったら良い。あの連中がずっと私ばかりを見ているのなら、天境界には無用の代物だ」

「そ、そんなこと、絶対にしませんよ!」

「あいつらは、お前が罪悪感を抱くような、聖人じゃないよ。今回の件で思い知ったでしょう?」

「それでも!」


 ユラは、おもいっきり首を横に振った。


「モーリスも、ルーガも、フィンも、みんな父様のことを思っているのは、確かで、困った同僚たちですけど。でも、エンラの娘として、解散なんて絶対にしませんから!」

「……ふーん、同僚……ね? そういう解釈の仕方もあるのかな」


 ユラの迫力に気圧されたのか、エンラは仰け反るように背後の鳥居に寄りかかる。ユラは勢いに任せて、更にエンラに詰め寄った。


「…………父様! 私、一つだけ、聞きたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

「なーに?」

「単刀直入に聞きますが……」


 ごくりと息を飲んでから、ユラは吐き出すように問うた。


「…………どうして? 父様は私と兄さんにを助けてくれたんでしょうか?」


 ――ああ、言ってしまった。


 聞いて良かったのか……。

 ずっとずっと知りたくて、今まで、聞けずにいたのに。

 後悔してももう遅かった。言葉は撤回できない。

 エンラは鋭い瞳をまん丸くして、ユラを凝視していた。

 やはり、聞かない方が良かったのか…………?


「父様、あの……やっぱり…………その」

「どしたの? ユラたん」


 そんなユラの葛藤をよそに、エンラはけろっとしていた。

 エンラが驚いていたのは、ユラの百面相の方だったらしい。


「……なんだ。そんなことを、お前は知りたいのか?」


 余りにも飄々に問われたので、ユラも一瞬呆然としてしまった。

 言葉が出てこない代わりに、何度も大きく首肯すると、エンラは頬をかきながら、しれっと答えた。


「うーんと、じゃあ、話すけど。…………理由は、そうだな。イラーナ女王なんだよねえ」

「はっ?」 


 まさか、ここで再びその名前を耳にするとは、思ってもいなかった。


「イラーナ国の国名の由来となった女王だよ」

「はい。つい先日、ハルア様から聞きました」

「私、昔、あの人に説教されまくったんだ。人の強さだとか、子孫の大切さだとか。延々とさ。あの頃の私は、今のモーリスと同じで、神に嵌められてなるものかって、息巻いていたから、分からなかったけど。でも、やっと分かったんだ。お前たちに会った瞬間に」

「……私には、分かりませんが?」

「そりゃあ、私が分かるまで三千年以上かかったことを、すぐ悟られちゃってもね」


 エンラは懸命に頭を働かせているユラに、静かな視線を落とした。


「そういえば……。イラーナ女王といえば、ルフィア王子だよねえ……」

「どういう意味ですか。それ?」

「ルフィア王子ってさ、イラーナ女王にそっくりなんだ。外見もそうだけど、人がよさそうなふりして、笑いながら刺してきそうな……毒々しい腹黒さが、本当に似ていてね」


 何だ。それは……。

 ハルアを馬鹿にしているのか?


「父様。ハルア様を一体、何だと思っているんですか? ハルア様が子供の頃、父様と会ったことがあるのでしょう?」

「うん、そのことはとてもよく覚えているよ。だってあの子、女王に似ていたからね。すぐに、王族だって分かった。私について来た悪い子は、記憶を消して返すつもりだったのに、モーリスの「力の種」を食べて、それも出来ないな……てさ。だったら、将来、お前の力になってくれないかって、希望を持たせて返したら。……まさかの粘着型変態に成長してしまった……と」


 なぜ、一度しか会ったこともないエンラに、ここまでハルアは貶められなければならないのか? 

 ――理不尽だ。

 ハルアが可哀想すぎる。


「そこまで変態じゃありませんよ。そこそこは変態ですけど。でも、あの方は、純粋に父様に会いたがっているんですよ。一度くらい、会ってあげても良いじゃないですか?」

「あのさあ……。ユラたん。本当に、王子が私に会いたがっているって、思ったの?」

「…………でも、口ではそう言っていましたよ」

「私、何度も門番として、王子の背後にいたんだよね。……で、お前が王子に包帯巻いていた時も、門番として行ったんだけど?」

「……えっ、あれ、父様だったんですかっ!?」

「そうだよ。……あの時、彼は私だって気づいていたはずだ。だから、まあ彼の希望通り、一応は会っているってことになるんだけどね?」


 数瞬の沈黙の後、ユラは首を傾げた。


「どうして、ハルア様は黙っていたんですか? 私には、あの人が分かりません」

「さあ、どうしてかな。変態だからね。大方、邪魔をされたくなかっただけでしょう。私と知ってしまったら、そこですべてが終わってしまうからさ………」


 エンラは、寒々しい笑みの後で「……厄介な相手だよねえ」と唸るように呟いた。


「まっいいか。……その変態王子に会って、ユラたんが成長できたのなら……」

「ええ。そこそこの変態ですが。……ハルア様のおかげで、色々と勉強になりました」

「じゃあ、成長ついでに、いっそ天境王に……」

「……さあて、これから、私は仕事があるので」


 ユラは、本能的にその先を拒絶した。


「私、全部言ってないよね?」

「……絶対に嫌ですからね!」


(二度も嵌められて、なるものですか……)


 雷帝の時もそうだったのだ。

 軽い調子で議場に連れて行かれて、一方的に後継宣言されたあげく、置き去りにされたのだ。

 雷帝ですら、不相応に頑張っているのに、この上、「王」の称号なんて欲しくなない。


「まあ、いいけどね。……いずれ、なるようになるでしょう」


 だから、自分の背後でそう小さく呟いた父のことなど、振り返りたくもなかった。

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