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「すいません。ちょっと、人間側に動かないように指示していたら、出遅れました」
飄々と、しかし抜け目なく、ハルアはユラのもとにやって来た。
気持ちを落ち着かせなければならないのだ。
こんなことで苛々していたら、小さな的目掛けて、雷撃を放つなんて真似、絶対にできやしない。
ユラは、子供をあやすようにゆっくりと丁寧に言葉を紡いだ。
「………………ハルア様。分かっていますよね? ここにいたら危険です。サクヤ殿と、トワ兄さんと一緒にいて下さい」
「物見遊山で君の勇姿を見たいとか、そんなことのために、ほいほいとこんなところまで来たわけじゃありませんよ。自分の領分くらい分かっています」
そうして、ハルアはいつもの微笑みをスッと消すと、前方で繰り広げられている戦闘に目を移した。
愚かだったのは、ユラの方だ。
いつだって、彼の方がユラよりも冷静だった。
…………今だって。
「…………ユラさん、君が恐れているのは、自分の力だったはずです」
「仰るとおりで……」
か細い声でユラは認めた。
「君、力を使う時、微かに手が震えるんですよ。初めて会った時も、先日雷撃を放った時も、…………今も」
「いつも、見ているんですか?」
「ええ、いつもですよ。……私、変態ですからね」
満面の笑みで、変態宣言をされてしまった。
(いやいやいや……)
「ハルア様、そのことについては、後で話しましょうか。今はともかく」
「その通りです。やらなきゃいけないことのために、私は今、君にこんな話をしているのです」
「それは、一体?」
「最悪、兄上が黒焦げになってしまっても、私は一向に構いません。むしろ存分にやってほしいくらいで……」
「駄目です。それは、絶対に駄目ですよ」
…………一体、彼は何がしたいのか?
しかし、ハルアは疑問を投げかける隙も与えてくれなかった。
「まあ、ひとまず、ユラさん、その羽扇で兄上の足元に狙いを定めてみましょうか?」
「ちょっ……!?」
「ユラさん?」
「近いです!!」
いきなり、近づき過ぎだろう。
ハルアは、ユラの後ろから耳朶に唇が触れるか否かの距離で、早口で話しかけてくる。
それがユラには未知の刺激で、こそばゆくて、怖かった。
「…………ハルア様、貴方は一体何を?」
「ユラさん、今だけは堪えてくれませんか。私は調整能力に優れているんです。モーリスの力と共存できてしまうくらいに……ね。突出した能力はありませんが、器用に力を操る精神力はあります。……だから」
包帯を巻いたままのユラの手に、ハルアは同じく包帯ぐるぐる巻きの自身の手を潜り込ませる。
ユラはびくりとしたが、次の台詞に身じろぎをやめた。
「人間代表として、私が君の能力の調整役になります」
「…………はっ?」
「そういうことで、君に触れている方が、より意識が共有しやすいんです。耐えて下さい」
「……本当に、そうなんですか?」
「疑り深い顔はしないでください。恥じらうのも照れるのも、愛らしいですが、後にしましょう。今は私を信じて、意識を集中してください」
「そんなこと……」
(できるはずがないでしょうがっ!?)
暴れたいほどの密着状態なのに、集中しろだなんてよく言えたものだ。
しかし……。
「雷帝っ!」
フィンが大声で呼びかけてきた。
今の今まで、ハルアの言うとおりに、イシャナと対峙していたルーガとフィン、モーリスだったが、その隙をついてイシャナがユラの方に駆けだして来る。
イシャナを囲むように配置されているイラーナの軍勢にも動揺が走り、どよめきが地鳴りのように伝播していった。
「うぉぉぉっ!」
獣のような雄叫びを上げて、イシャナが地面に剣を突き立てた。
剣が突きたてられたところから、まっすぐ地面に罅が入り、刹那に目が回るほどの速さで地割れが発生していく。
地面と地面の狭間から溢れ出した炎の波が、勢いよくユラとハルアの前に迫っていた。
「避けろ!!」
モーリスが珍しく声を張り上げる。
「無理よ……」
ユラは自嘲した。
さすがエンラの剣の威力だ。
世界を混乱させる力は溢れているらしい。
……そして、ユラに向かう力も無尽蔵であった。
(間に合わない…………)
「ユラっ!!」
遠くで、トワの悲鳴が聞こえた。
(ごめん、兄さん……)
能力を発揮するためには、集中力は必須なのだ。
この短時間に意識を高めることなんて、できるはずがない。
ユラは死なないかもしれない。
でも、ハルアは?
(最悪、私の力でハルア様だけでも守らなければ……)
「…………て、一体何を諦めているんですか。ユラさん?」
「えっ?」
「大丈夫です」
その言葉に、ユラは目を見開いた。
がっちり絡められた指先から、ハルアの気持ちが伝わってくる。
『…………大丈夫。何も気にしないで、雷撃を打ってください』
「絶対に、私がうまく調整しますから」
「ハルア様…………?」
(何でだろう……。私)
………………嬉しい。
こんな状況なのに、どうしてか嬉しかった。
寄りかかる相手がいる。
誰かに心を預けるというのは、こんなにも心地のよいことなのか……。
普段、繰り返し、能力を解放する際に、感じている不安も恐怖も、すべてがパッと掻き消えた。
彼のぬくもりが優しくて気持ちがいい。
とくん、とくんと、自分と重なっていくハルアの心音が愛おしかった。
「…………やってみます」
大きく目を見開いたユラは、ハルアを抱えて高く跳躍し、吹き上がる炎を軽快に避けると、不安定な姿勢ながらも、狙いを定めて、イシャナの足元目がけて、等間隔に雷を落とした。
フィンが口笛を吹いたのが聞こえてきた。
「よしっ、やったぜ!!」
「…………すごい」
「……で、あの王子は雷帝と何をしてるんだ?」
三者三様の独り言を残してから、モーリスがイシャナを押し倒し、イシャナが握ったままの剣をフィンが蹴りあげた。
それを、ルーガが翼から風を起こして空の彼方に飛ばす。
「今よ。雷帝っ!!」
「……さあ、ユラさん!」
「はいっ!」
気合十分に返事をしたユラは、全神経を一点に集中させた。
………………そして。
くるくると回転して地上に落ちていく大剣に、一発雷撃を見舞ったのだった。




