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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第7章
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6

「すいません。ちょっと、人間側に動かないように指示していたら、出遅れました」


 飄々と、しかし抜け目なく、ハルアはユラのもとにやって来た。

 気持ちを落ち着かせなければならないのだ。

 こんなことで苛々していたら、小さな的目掛けて、雷撃を放つなんて真似、絶対にできやしない。

 ユラは、子供をあやすようにゆっくりと丁寧に言葉を紡いだ。


「………………ハルア様。分かっていますよね? ここにいたら危険です。サクヤ殿と、トワ兄さんと一緒にいて下さい」

「物見遊山で君の勇姿を見たいとか、そんなことのために、ほいほいとこんなところまで来たわけじゃありませんよ。自分の領分くらい分かっています」


 そうして、ハルアはいつもの微笑みをスッと消すと、前方で繰り広げられている戦闘に目を移した。

 愚かだったのは、ユラの方だ。

 いつだって、彼の方がユラよりも冷静だった。

 …………今だって。


「…………ユラさん、君が恐れているのは、自分の力だったはずです」

「仰るとおりで……」


 か細い声でユラは認めた。


「君、力を使う時、微かに手が震えるんですよ。初めて会った時も、先日雷撃を放った時も、…………今も」

「いつも、見ているんですか?」

「ええ、いつもですよ。……私、変態ですからね」


 満面の笑みで、変態宣言をされてしまった。


(いやいやいや……)


「ハルア様、そのことについては、後で話しましょうか。今はともかく」

「その通りです。やらなきゃいけないことのために、私は今、君にこんな話をしているのです」

「それは、一体?」

「最悪、兄上が黒焦げになってしまっても、私は一向に構いません。むしろ存分にやってほしいくらいで……」

「駄目です。それは、絶対に駄目ですよ」


 …………一体、彼は何がしたいのか? 

 しかし、ハルアは疑問を投げかける隙も与えてくれなかった。


「まあ、ひとまず、ユラさん、その羽扇で兄上の足元に狙いを定めてみましょうか?」

「ちょっ……!?」

「ユラさん?」

「近いです!!」


 いきなり、近づき過ぎだろう。

 ハルアは、ユラの後ろから耳朶に唇が触れるか否かの距離で、早口で話しかけてくる。

 それがユラには未知の刺激で、こそばゆくて、怖かった。


「…………ハルア様、貴方は一体何を?」

「ユラさん、今だけは堪えてくれませんか。私は調整能力に優れているんです。モーリスの力と共存できてしまうくらいに……ね。突出した能力はありませんが、器用に力を操る精神力はあります。……だから」


 包帯を巻いたままのユラの手に、ハルアは同じく包帯ぐるぐる巻きの自身の手を潜り込ませる。

 ユラはびくりとしたが、次の台詞に身じろぎをやめた。


「人間代表として、私が君の能力の調整役になります」

「…………はっ?」

「そういうことで、君に触れている方が、より意識が共有しやすいんです。耐えて下さい」

「……本当に、そうなんですか?」

「疑り深い顔はしないでください。恥じらうのも照れるのも、愛らしいですが、後にしましょう。今は私を信じて、意識を集中してください」

「そんなこと……」


(できるはずがないでしょうがっ!?)


 暴れたいほどの密着状態なのに、集中しろだなんてよく言えたものだ。

 しかし……。


「雷帝っ!」


 フィンが大声で呼びかけてきた。

 今の今まで、ハルアの言うとおりに、イシャナと対峙していたルーガとフィン、モーリスだったが、その隙をついてイシャナがユラの方に駆けだして来る。

 イシャナを囲むように配置されているイラーナの軍勢にも動揺が走り、どよめきが地鳴りのように伝播していった。


「うぉぉぉっ!」


 獣のような雄叫びを上げて、イシャナが地面に剣を突き立てた。

 剣が突きたてられたところから、まっすぐ地面に罅が入り、刹那に目が回るほどの速さで地割れが発生していく。

 地面と地面の狭間から溢れ出した炎の波が、勢いよくユラとハルアの前に迫っていた。



「避けろ!!」


 モーリスが珍しく声を張り上げる。


「無理よ……」


 ユラは自嘲した。

 さすがエンラの剣の威力だ。

 世界を混乱させる力は溢れているらしい。

 ……そして、ユラに向かう力も無尽蔵であった。


(間に合わない…………)


「ユラっ!!」


 遠くで、トワの悲鳴が聞こえた。


(ごめん、兄さん……)


 能力を発揮するためには、集中力は必須なのだ。

 この短時間に意識を高めることなんて、できるはずがない。

 ユラは死なないかもしれない。

 でも、ハルアは?


(最悪、私の力でハルア様だけでも守らなければ……)


「…………て、一体何を諦めているんですか。ユラさん?」

「えっ?」

「大丈夫です」


 その言葉に、ユラは目を見開いた。

 がっちり絡められた指先から、ハルアの気持ちが伝わってくる。


『…………大丈夫。何も気にしないで、雷撃を打ってください』 


「絶対に、私がうまく調整しますから」

「ハルア様…………?」


(何でだろう……。私) 


 ………………嬉しい。


 こんな状況なのに、どうしてか嬉しかった。

 寄りかかる相手がいる。

 誰かに心を預けるというのは、こんなにも心地のよいことなのか……。

 普段、繰り返し、能力を解放する際に、感じている不安も恐怖も、すべてがパッと掻き消えた。

 彼のぬくもりが優しくて気持ちがいい。

 とくん、とくんと、自分と重なっていくハルアの心音が愛おしかった。


「…………やってみます」


 大きく目を見開いたユラは、ハルアを抱えて高く跳躍し、吹き上がる炎を軽快に避けると、不安定な姿勢ながらも、狙いを定めて、イシャナの足元目がけて、等間隔に雷を落とした。

 フィンが口笛を吹いたのが聞こえてきた。


「よしっ、やったぜ!!」

「…………すごい」

「……で、あの王子は雷帝と何をしてるんだ?」


 三者三様の独り言を残してから、モーリスがイシャナを押し倒し、イシャナが握ったままの剣をフィンが蹴りあげた。

 それを、ルーガが翼から風を起こして空の彼方に飛ばす。


「今よ。雷帝っ!!」

「……さあ、ユラさん!」

「はいっ!」


 気合十分に返事をしたユラは、全神経を一点に集中させた。

 ………………そして。 

 くるくると回転して地上に落ちていく大剣に、一発雷撃を見舞ったのだった。

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