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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第7章
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「ハルア様。今、あの中にイシャナ様がいらっしゃるってことですよね?」


 暴風が吹き荒れる中、ユラは大声でハルアに問いかけた。

 いつもの調子で、ハルアはふわりと答える。


「ええ。そちらの剣は、トワ兄様が持っていた笛で覚醒する代物だったんですねえ……。兄上が剣を持って、おかしな素振りをする前に、広い所におび出すことに成功したのは、幸いでしたよ。おかげで、壁画が護れましたから」

「いや、でも……。イシャナ王子は?」

「仕方ないですよね。制御できない剣の力に引きずり込まれて、自我を失ってしまったんですから。私を捕えるために軍の一隊まで呼んでおいて……。立派な自業自得というものです」


 他人事のように告げる。

 自分の命を散々狙った相手だ。無理もない反応かもしれないが……。


「あの嵐が落ち着いたら、軍が介入するみたいです。あんな人でも、第一王子ですから、傷はつけたくないみたいですけど、まあ、とりあえず制圧優先で……とこの場を仕切る第二王子として命令してきました」

「だ、駄目ですよっ! そんな……こと」


 ユラはハルアの袖を掴んで、きっぱり言った。


(私のせいだよね……)


 最悪の事態になってしまった。

 子供の頃、あんなに戦いを嫌っていたくせに……。

 自らが火種となって争いの要因を作ってしまったのだ。

 それが、心の底から辛い。

 もっと、雷帝として頑張っていれば、こんなことにならなかったのかもしれないのに。


「ユラさん……?」

「私……どうにかやってみますから! そんな……貴方にとって残酷な命令、すぐに取り下げて下さい」


 打開策なんて何もない。

 でも、人を殺すなんて、絶対に嫌なのだ。


「うーん……。でも」


 いまだにのんびり傍観を決めこんでいるハルアに、ユラは苛々していた。


「ハルア様、あの剣がイシャナ王子に渡ってしまったのは、こちらの不手際です。それに、あれが本当に父様の剣なら、人の力には余る物です。いずれにしても、こんなものでは済みませんよ」

「…………では、君が、これを一人で収めるというのですか? 出来れば力を使いたくない、そのくせ策の一つもないというのに?」


 ハルアは鋭い目でユラを射抜いた。

 今までの穏やかさが吹き飛ぶほど、冷たい眼差しだった。

 彼だって、できたらそれを避けたいはずだ。

 それができないと分かっているからこそ、そう命じたのだ。

 一番酷なことを言っているのは、ユラの方かもしれない。


「ごめんなさい。でも、最悪、力を使ってでも、私が何とかしたいんです」

「君はこの地を荒らしたくないんですよね。それなのに、制御できない力を使ってしまうのですか?」

「それは……」

「ユラ……?」


 困惑した面持ちで、トワがユラを眺めている。

 居たたまれない。

 トワにユラの弱点がバレてしまった。

 いや、トワは昔から知っていたのかもしれない。

 だから、何も言わずにユラを見守っているのだ。


(……誰も傷つけず、被害を最小限に抑える最善の手があるはずよ。考えなきゃ、そうじゃなきゃ、何のための雷帝なの?)


「ユラさん……」


 ハルアが額を押さえるユラを覗きこむ。

 …………――と、そこに。


「ぶあはははっ!!」

「な、な、何っ?」 


 突如、ユラのすぐ下で、金髪の少年サクヤが現れた。

 どうしてか笑っているが、一体、いつから、ここにいたのだろうか?


「ほほほほっ、雷帝も若いのう。いいのう、若者は……」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味じゃ。こっちの世界じゃと、青春ってヤツかのう?」

「うるさいので即刻帰って頂けませんか?」

「ほう、わしは帰っても良いのかな?」


 もったいつけるように、鼻を鳴らしたサクヤは、ゆっくりとクラバットを締め直していた。


「エンラの剣の情報だが……」

「まだあるのですか!?」


 ユラは力任せに、サクヤの肩を掴み揺さぶった。


「とっとと話してください!」

「お前さんが駆けだして行ってしまったので、話が途中になっていたのじゃ」

「それ、わざと途中にしましたよね?」

「まったく、だからお前さんは若いのじゃ……。若い馬鹿力で痛いんじゃが?」


 サクヤはぶつぶつ言いながらも、それ以上引き延ばすことはせずに、話し始めた。


「……エンラの剣なんじゃが、あれは闘争本能を煽る危険物でな。よほど意思がはっきりしていないと操れんのんじゃ。しかし、わしが見たところ、あの男、意志薄弱のようじゃな。イラーナ国も運が悪い。……まあ、じっくり見ておれば良い。あの竜巻が終わったら、まず、あやつは剣に食われるぞ」

「食われる……?」

「この嵐が消えた時、その人間は、完全に剣に飲み込まれる。人の力を凌駕した速さを身に着け、風を味方に、炎を操り……不特定多数の者を襲うじゃろう。……どうしたって、ただの人間では歯が立たん。止める手立ては、雷帝の雷撃しかない。剣に直接当てれば、すぐに停止するがな……」

「……いや、でも、サクヤ殿、それって?」


 ………………剣に雷撃を当てたら、剣を手にしている人間は感電してしまうではないか?


「サクヤ殿。私はあの人を殺さずに、どうにかしたいのです」

「その綺麗な考え方がすでにのう……。まず、お前さんが自分の身を護れるかどうかの話になってきているのじゃが? その点は自身満々なんじゃなあ……」


 そうだった。

 自分の身については、まったく心配していなかった。

 根拠のない変な自信は持っているが、しかし、むやみに体に傷を作ってしまい、雷撃を打てなくなったら、あの剣を永遠に止めることはできなくなるのだ。


「……で、ユラさん、この男の子は誰なんですか?」


 ハルアは、サクヤの頭をくしゃくしゃに撫でながら、にこにこと尋ねてきた。

 なぜか口は笑っているが、目は据わっているような気がしてならない。


「…………いや、この魔物はですね」 


 さすがに、その少年が三千年以上生きていて、エンラとも好敵手で通っていた相手とは言い出せなかった。

 言葉に迷っていると、すぐ目の前に……。


「雷帝!」


 ルーガが灰色の翼を窄めて地上に降りてきた。


「ちょっと、どういうことよ? 人間がエンラ様の剣を持っているじゃないの!?」

「地上で軍隊が出ていた時点で、分からなかったんですか。 通常、有り得ない事故が起きているんですよ」

「事故ねえ、人間界のことなんて、どうでもいいから、よく見てなかったけど、エンラ様の剣の行方だけは気になるわ」

「…………まあ、貴方がたならそうなんでしょうね」


 どこまでも我が道を行くのが八連衆のやり方らしい。

 彼女が来たことで、まるで待っていたかのように、モーリスとフィンもユラの前に現れた。

 フィンは人の姿を取るほどの徹底ぶりである。あの「またたび」を使ったのだろう。


「すげーな。人間界も面白いことになってきたじゃねえか。……で、あの人間、どうするんだ? 殺すのか?」

「化け猫が、うるさいぞっ!」

「いてえな! やんのかよ!? この角頭オヤジがっ!」

「相手になってやりたいところだがな、今はそれどころじゃないだろうが! エンラ様の剣があんなことになっているんだぞ! お前のせいだ。一体あれをどうするんだ!?」


(…………もう、イヤだ)


 この状況で、勝手に登場した八連衆が喧嘩を始めてしまった。

 本能のまま、もはや子供以下だ。


「ねえ、ユラさん?」


 ハルアがユラの袖を引っ張り、これもまた緊迫感のない弛緩しきった顔で問いかけてきた。


「愉快な魔物たちが沢山出てきたようですが、これ全員、君の部下になるんですか?」

「……ハルア様、私には、部下も仲間もいないのですよ」

「本当に? 彼らは君の部下でも、仲間でもないというの……ですか?」 


 言いながら、ハルアは唇を横に結び、腕を組んだ。

 驚くほどに冷静で、落ち着き過ぎで怖かった。

 その魔物にハルアが殺されかかったのは、たった一日前のことだったのに……。

 

「ほほほほっ、まあ、皆の連中、見ておれ。我らの雷帝がささっと仕留めてくれるらしいからのう」

「本当に雷帝がそんなことを?」

「おう、それはすげーや。楽しませてくれよ。雷帝」

「だったら、風がやむ前にとっとと殺ってきたら、どうなの?」


(何なのよ、もう……)


 割と本気で数多の人命がかかっているのに、この場だけ、お祭り会場のような賑わいになってしまっている。


(私、どうして、この不愉快な魔物たちを連れて来てしまったのかしら?)


 うるさくて、考え事もできない。

 途方に暮れていると、しかしユラの背後にいたハルアが、ずんずんと八連衆の前に出て行ってしまった。


「ハルア……様?」


 振り返ったハルアは、にやりと口角を上げた。


(なに?)


  いかにも企んでいる顔をしていた。


「ユラさん、ここはちょっと私に任せてもらっていいですか?」

「えっ?」


 実際、ユラの了承なんて必要もしていなかったのだろう。

 有無をも言わさない勢いで、ハルアは彼らの前で腕を組み、高慢な上目遣いで、ふんぞり返ったのだった。


「蒙昧な言動は慎んでください。これだから、魔物は……」

「はっ?」


 その場の全員が唖然とした。

 ユラも例外ではなく、目を見開き、ぶるりと震えた。


「煩いんですよ。四の五の言ってないで、今から私が言うことに各々、手を貸しなさい」


 柔和な笑みのまま繰り出された毒舌に、一同息をのみ、お祭り騒ぎはぴたりと止まったのだった。

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