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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第7章
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2

 モーリスに会うつもりで客間に出向いたのに、どこで聞きつけたのか、サクヤもルーガも駆けつけて来た現実に、ユラは呆れてしまった。

 普段、やる気もなさそうな連中なのに、こういう時は一致団結するのか……。

 やむなく、客間に通せば、議場より明るい部屋のせいなのか、今日に限って、彼らはよく喋った。


 ――主に、ユラの悪口だけを。


「そりゃあ、黙って単独行動したくもなるわよ。だって、こんな小娘に話したって、無駄だもの。私たちは三千年以上この世界でやっているのよ。貫禄が感じられないわ」


 ルーガが鼻で笑えば、モーリスは神妙に頭を下げながら皮肉った。


「あの王子の周辺に、奇妙な格好の野暮ったい女がいるという噂は聞いていましたが、まさかとは思っていました」

「裏でこそこそするから、駄目なんだ。全部ぶちまけて、雷撃で破壊すれば良いんだよ」


 猫型に戻ったフィンが大欠伸をした。あれだけのことをしたくせに、反省の欠片もない。


 ――もう嫌だ。帰りたい。


 意味の分からない裏切られ方をして、大変な思いをしたのは、ユラであり、ハルアとラトナのはずなのに、この場に集った全員が加害者はユラと言わんばかりの毒舌を吐く。


「ああ、もう、こんな生意気の小娘を後継にしたエンラ様の気が知れないわ。エンラ様は一体、どこにいるのよー。もうっ!」

「いい加減、うるさいぞ。ルーガ」


 サクヤが咳払いをして、やっとルーガが黙った。この場では味方なのかと思いきや……。


「……まったく、いくら鈍感で読みの浅い単純で不器用な娘でも、天境王が後継だと認めてしまったのだから、仕方ないと再三言っているじゃろうが?」

「正直、それが一番、胸に刺さりました」


 …………特大の楔を小さなじいさんが打ち込んでいってくれた。


「まあまあ、皆、考えてもみろ? 意見を集約せんと、不毛な罵倒が終わらんじゃろう。わしは年のせいで眠いのじゃ。今回はモーリスとフィンが悪いってことで、ほれ、一応、謝れ」

「一応は、駄目ですよ。私も悪いことは自覚していますが、怪我した人には直接謝罪です」


 ユラがじろりとモーリスとフィンを見遣れば、黙りこくったフィンに比べて、モーリスは臆することなく、ユラを睨み返してきた。


「私は、悪くありません」

「確かに、貴方自身は関与していませんが、人間をけしかけたのは貴方でしょう?」

「……人間をけしかけたのは、わしじゃがな」


 モーリスとユラの真ん中で、サクヤが得意げに胸を反らした。


「……じゃあ、貴方も謝って下さいよ」

「うるさいのう。どちらにしても、王子は後継争いで狙われておったんじゃ。このまま放置していれば、モーリスは貝になって、何もしゃべらんかったろうし、二つの事件を一回で片づけられて、お前さんの手間も省けたじゃろうて?」

「そんな一石二鳥、嬉しくありませんから」


 そうだ。

 このジイサンなのだ。

 何もかも、おかしくしている諸悪の根源は……。

 今までの鬱憤を晴らすように、一発殴ってやろうかと拳を固めていたら、モーリスの方が机を叩いて、怒り出した。


「私はエンラ様を裏切ったわけではない! 私の行動は天境界のためのものだ!」

「ただ恥ずかしかったんじゃねえのかよ……」

「フィン。違うぞ。……それだけではない」 

「じゃあ、何なんですか?」


 ユラが呆れ顔で、モーリスと向き合えば、彼は観念したように話し始めた。


「……百年くらい前です。王は私に人間界の様子を偵察してくるよう命じました。それで、人間界を色々と調べて、分かったんです。我々が嵌められていることに」

「嵌められている? 誰に?」

「人間と神々です。私たちは三千年前、不可侵の条約を人間と結んだ。ですが、それはこの世界に閉じ込められたと、考えるべきだったのです」

「天境界だって、十分に広いのに、何か問題があるとでも?」


 ユラは首を傾げた。全員黙り込んでいるということは、既に知っていることなのだろう。


「私たちは、人間たちと比べて、子孫が残らないようにできているのです」

「…………それは」


 ――何となく、ユラにも分かっていた。


 天虚で夫婦は存在しているが、子供は一人いれば良い方で、いない夫婦が圧倒的に多い。

 もっとも、天虚は、気の遠くなるほど長い寿命を持っているのだ。

 夫婦が一生、添え遂げるかどうかも分かりはしないと、ユラはそう浅く考えていた。


「私たちは長い年月をかけて、滅んでいくのです。それを、人間も神々もよく知っていた」

「…………しかし、明日明後日の話ではないはず?」


 元人間のユラだ。彼の焦りが理解できなかった。

 だが、そんなユラが安穏に構えているように見えるのか、モーリスは、不健康な青白い顔を怒気で赤く染め上げた。


「もうすでに、天虚の体数は減少の一途をたどっている。元々血の濃い種族ですから、争いだって絶えない。我々には、この世界の鳥籠は狭すぎる」

「それで、父様の在位中に「絆の証」を盗み出したと? それは理由にはならないのでは?」

「人間界に再び討って出るためです。我々を嵌めた報復をしたい。せめて、散るのなら、華々しくが天虚のやり方です。エンラ様と一緒なら、戦える思ったんです。あの方が拒否しても、引きずりこんでしまえばいい……と。でも、「絆の証」を私は落としてしまった。まさか、人間界の王子の手元にあるとは。探し当てるのに時間をかけ過ぎてしまった」

「それこそ、最初から、話してくれたら良かったじゃないですか?」

「言ったでしょう? 突然、現れた貴方をどう信じろと? 私が忠誠を誓っているのはエンラ様であって貴方ではない。だが、エンラ様に後継と言われれば、刃向うわけにもいかない。だから、露見する前に、王子からこっそり「絆の証」を取り戻そうと思ったのです」

「…………それは」

「そうよ。ただ、いつも、むっつり不機嫌なだけだと思ったら、いきなり、不気味な笑顔で茶を配るわ、絆の証を返してくるわ……。あれ、一種の宣戦布告かと思っちゃったわよ」

「…………そんなつもりはありませんでしたよ! 本当です」


 今度こそ、頬を膨らませて反駁すれば、モーリスが顔を横に振った。


「本音を言えば、たとえ、引退したとしても、エンラ様が健在のうちに、人間界を征服してやりたかった。いつか、王子の中の力を回収し、条約を破棄して戦おうと……。でも、昨夜、貴方の力を見て諦めましたよ。あれはエンラ様の力です。逆らうのも馬鹿馬鹿しいほど、圧倒的な……」

「ちょっと待って。…………モーリス、貴方は今、何と言いました?」


 飲まれまいと、ユラは姿勢を正して、大きく深呼吸する。

 今、彼は重要なことを、さらりと言ったのだ。


 ――聞き捨てならない言葉を……。


「なぜ、貴方が父様の事情を知っているんですか?」


 感情のままに、ユラは、モーリスの胸倉を掴んだ。でも、それだけだった。

 それ以上、ユラは彼を問い詰めることは出来なくなってしまったのだ。


 …………きぃぃぃん……と。


 突如、耳が痛いほど甲高い金属音が鳴り響いた。


「ちょっと、この音色。何? もしかして!?」


 ルーガが窓の外に身を乗り出す。

 天境界は平和だ。いつものように風景が暗い以外、何の変化もない。


「サクヤ殿っ!?」


 しかし、モーリスは突如血相を変え、身を屈めて、サクヤに顔を近づけた。


「これは、貴方の「絆の証」ではありませんか?」

「はあっ!?」


 その場の全員が、見た目だけ小さな少年に視線を向けた。

 注目度抜群の緊迫した状況で、平然とサクヤは言ってのけたのだった。


「おお、なんと。あの坊主が吹いてしまったのか?」

「ちょっと、一体、何ですか? 笛の効果っていうのは? トワ兄さんは、人間界にいるんですよ!」

「そんなの関係はあるまい。あの笛はエンラの血に強く訴えかけるものじゃ。エンラを呼ぶのにちょうど良い楽器で、昔よく使っておった。今、ここに雷帝がいるからの。聞こえるのは当然じゃ。しかし、何とも、この大音量は気になるのう。普通、ここまでの音にはならんのじゃが……。まさか、近くにエンラの剣があった訳ではあるまいな?」


 びくりと、モーリスとフィンが反応した。


「父様の剣……。今朝、探しても見つからなかったんです。フィンは、知らないのですか?あんなに欲して、ハルア様まで襲ったくせに、あのままにしたなんて、変ですよね」 

「だって、本人がいらねえって言うんだから、仕方ねえじゃねえか」

「…………はっ?」


 ユラは、目を瞠った。


「いや、エンラ様の剣は、昨夜の人間側の刺客に返しましたよ。どうせ剣だけでは、何もできないだろうと……。私たちも丸く収めるつもりで。まあ、いいかと」

「それは……」 


 ――つまり、イシャナの手元に「エンラの剣」はあるということだ。


 サクヤの「笛」は、おそらく何かがあった時の御守り代わりに、トワが人間界に持って行ったのだろう。

 そして、今、トワはハルアを手伝いに大神殿に行っている。

 これらが指し示していることは、「一つ」だ。


「…………って、まさか?」


(ハルア様と、兄さんが危ないって……こと?)


「やだ! 行かなきゃ……!」

「まあ、待ちなさい」


 感情のままに走り出したユラの袖を、サクヤがぐいっと引っ張った。

 やっぱり着物は良くないようだ。

 すぐに捕まってしまう。


「ちょっと、放してくださいよ!」

「我々の事情も聞かずに飛び出して行ったところで、対処もできんだろう。少しは雷帝らしく振る舞ったら、どうじゃ? お前さんがこの場を仕切る者なんじゃぞ?」

「事情……なんて」


 そんなものどうでもいい。

 今は、一刻の猶予もないのだ。

 急がなくてはいけない…………。


(だけど……)


 …………情報は必要だ。

 二人のためにも、絶対に。


 ユラは立ち止まり、深呼吸をした。

 もしも、トワとハルアに何かあったら、本気でこの場の全員を許すつもりはない。

 その気持ちを露わに、八連衆を睥睨する。


「分かりました。…………では、全員、簡潔明瞭に、洗い浚い知っていることを話してもらいましょうか?」


 一歩間違えれば、本気で攻撃をしかねないユラの本気の殺気に、彼らは一斉に息を飲み、言いつけ通り、簡潔明瞭にすべてを白状したのだった。

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