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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第6章
43/56

7

 後ろ髪をひかれる思いで、ハルアの屋敷を出たユラは天境界に戻った。

 本当は、ハルアの仕事を手伝いたかったが、そうも言っていられない。


 …………モーリスとフィンが揃って、雷城に訪れていると報告を受けた。


 てっきり、門番が捕まえたのだと想像していたが、現実は違ったらしく、二体揃って降参したとのことだった。


(怪しいこと、この上ないんだけど……?)


 あんなに激しく挑発してきたその翌日に謝罪に来るなんて、明らかに変だ。

 それでも、雷城はエンラが造り上げた最大の護りの城である。

 ここで決戦となったとしても、易々と、負けることはないはずだが……。

 そんなことを考えてしまう、自分が嫌だった。


(……もう、本当は争いたくないんだけどな……)


 なんだかんだで、一睡もしていない。

 寝不足で立ち眩みを起こしかけたところを、マサキがきつく帯をしめあげてきた。

 そうだった。着くずれした着物を整えていたのだ。


「いたたたっ」


 腰が痛い。

 積年の恨みを晴らすつもりなのかと、鏡越しにマサキを睨みつけると、しかし、マサキは心配そうにユラの顔を覗き込んでいた。


「もう、どういうことなのか、私にも分かりませんが、こうなっては、仕方ないじゃないですか。ともかく、刃向ったら、やっちゃう感じで良いんじゃないですか?」

「そんな軽いノリで、良いんですか?」

「…………貴方は、優しすぎるんですよ」

「そうでしょうか?」

「ええ。だから、私は心配で、厳しいことばかり言ってしまうんです。でも、本当は、私の言うことなんて、貴方が聞かなくったって良いのです。気を遣う必要だってない。すべて、私のせいにすればいいんです。今回のことも、みんな。一人で落ち込むくらいなら、そうしてくれた方がはるかに、私は楽です」

「…………マサキ?」 


 叱られているのではない。彼女は純粋にユラを心配してくれているのだ。


「優しいのは、貴方だと思いますよ。マサキ」

「私は……」


 言いかけて、マサキが黙った。顔が赤い。

 そんな彼女の感情の揺れが嬉しかった。


「行ってきます」

「ええ。気を付けて」


 深々と頭を下げるマサキの慇懃な態度に、落ち着かない気持ちで、ユラは衣装部屋を出た。

 ――と。


「ユラ!」


 待ち構えていたトワがユラに走り寄って来た。


「モーリスとフィンが人間界で暴れて、ここまで破壊しに来たんだって?」

「ここを破壊するかどうかは、彼らに会ってみないと分かりませんけど……?」


 必死な形相のトワに、ユラは自分を見ているようで、かえって落ち着くことができた。


「兄さん。でも、大丈夫ですから。心配しないで、部屋で待っていてください」

「駄目だよ。ユラ。こんな時に寝てられないよ。一つでもいい。僕に何か出来ることないかな? 今日は体調も悪くないし、何か手伝えることがあれば、やりたいんだ」


 ユラの両腕を強く握る。

 トワの歯痒さはユラ自身、よく分かっていた。


「だけど。兄さん、私が大変じゃないんですよ。むしろ、私が森林破壊して、ラトナ様やハルア様が怪我をさせてしまって……。そちらの方がよほど深刻で、申し訳ないんです」

「森林破壊って?」

「……誰もいなかったのは、幸いなことでしたが」

「ああ、だったら、大丈夫だよ。……うん。そういうこともあるって。仕方ない」


 いや、仕方なくはないだろう。

 イラーナまで植樹しに行こうか、ユラは真剣に悩んでいるのだが……。


「それで……ハルアとラトナは、本当にモーリスとフィンがやったの?」

「ええ。主にフィンがやってくれました。この落とし前は、つけてやるつもりですけど」

「ハルアは壁画の制作、締切り間近だったよね?」

「新しい神殿に、手伝いに来るよう言われましたけど。……残念ながら、私は行けません」

「そっか……。なるほど。手伝うとしたら、そっちだね。分かった。僕がそっちに行くよ!」

「……兄さん……がですか?」


 トワの見せるやる気にユラの方が戸惑った。

 今まで、病弱なトワは自分の体調第一に、助言はしてくれても、実際行動に出たことはなかったのだ。


「こう見えても、器用さには自信があるんだ。何か力にはなるでしょう。モーリスとフィンはこちらにいるわけだし、ハルアが襲われる心配もないってことだもんね」

「いえ、それは駄目です! ハルア様には人間側にも敵がいて、お兄様が……その」

「大丈夫だって。人間なら怖くないよ。僕だって、父様の血は継いでいるんだ。それに、僕もハルアのファンなんだよ。締切り、間に合ってもらいたいじゃないか!」

「……だけど、兄さん、私が心配です」

「僕もユラがとても心配なんだ。だから部屋にいるだけじゃなくて、僕なりに出来ることをしたいんだよ」


 そこまで、強く兄に心配されてしまうなんて、ユラ自身申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


「兄さん」

「行ってくるね!」


 勢いに押されて、ユラは首を縦に振ってしまった。

 トワが両拳をぎゅっと固めて、気合い充分とばかりに、ユラの前から遠ざかって行く。


(大丈夫……かな?)


 もっとも、芸術方面に関しては、ユラなんかよりトワの方が役に立つだろう。包帯を巻くのも上手いはずだ。昨日の今日で、さすがにハルアも狙われることはないだろうが……。


(とりあえず、門番もいるし、不可侵条約破らない程度には大丈夫だとは思うけど……)


 ユラは心の奥でくすぶる不安に蓋をして、モーリスとフィンの待つ客間に向かったのだった。

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