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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第6章
41/56

5

「お前のせいで、本当にまずい展開になってしまった」


 ――そろそろ陽が昇るだろう。


 人間たちが目を覚ます時間だ。

 どうしたって、目立つ外見のモーリスだ。

 人気のない畦道を走って移動しているが、いずれ誰かに見られてしまう。早く、行かなければ……。


 ――といったところで、自分たちは何処に行けば良いのだろうか?


 八連衆の秩序を乱したのだ。当然、罷免で死罪だ。

 浅はかな作戦で、こちらを釣ろうとしていた雷帝の小娘を挑発したのは確かだが、ここまで大事にするつもりはなかった。

 こちらの用さえ済めば、速やかに撤退するつもりでいたのだ。

 だから、集落の連中に頭を下げてまで、留まってもらったのだ。

 天境界でサクヤに仲介を頼めば、雷帝も表向き和解くらいするだろう。

「雷帝」という大きな名前を継いで、まだ日が浅い小娘など、身体能力はともかく、処世術でモーリスの敵ではないはずだった。


 ……それなのに。


 この頭の悪い化け猫が勝手に暴走してしまったのだ。

 挙句、人間に怪我をさせてしまった。


「何がまずい……だよ。楽しかったじゃねえか。久々の乱闘。喧嘩。俺は雷帝に手合せしてもらいたいねえ」


 隣で走っている猫は実に楽しそうだ。さすが獣。理性が大いに欠落している。


「……お前は本能のまま、生きられて羨ましいかぎりだ。私はそうはいかない」

「はあっ? 何だと。むしろ、てめえがこそこそ動くから、面倒なことになっちまったんだろうが。後悔するくらいなら、最初から何もするなって言うんだ!」


 ――何てことだ。猫に、図星をさされてしまった。


「私だってな。昔……エンラ様の時代の頃に「絆の証」を取り返そうとしたこと自体は後悔していない。あの時、力を取り戻すことは私にとって必要なことだったのだ」

「……だったら、これでいいだろう? はい、おしまい」

「しかしな。その後が大失敗だった。やることやること裏目に出て……」

「蒸し返すな! 面倒くせえ、角親父が!」

「あの時、小娘が『絆の証』を返してきた時、今回のことを企んでることは予想していたんだ。今、動くのは得策ではないって分かっていたのに、長老が人間たちに便乗して、目的を達成させたらいいだなんて、そそのかしてくるから……」

「何だよ、次はサクヤのせいかよ。まあ、誰のせいにしたところで、てめえの人生ほど、裏目に出る天虚はいねえだろうな。同情くらいはしてやるぜ」

「お前の方こそ、私以上のバカだと思うがな……?」

「俺は、バカじゃねえぞ!」


 いや、あえて言うのなら、単純バカ。戦闘バカ。

 色々と冠をつけてやりたいくらいだ。

 モーリスは足を淀みなく動かしながら、虚ろな目で答えてやった。


「私の計画に勝手に乗っかってきた時から、どうも変だとは思っていたが、そのエンラ様の剣。取ってきたところで、お前に元の形に戻せるのか?」

「…………はっ? てめえ、何言ってるんだ?」


 言いながら、フィンは立ち止まり、王子から奪ってきた十字型の首飾りを取り出した。

 ここまて話してやってもまだ分からないらしい。合わせてやる必要はないが、モーリスも休憩を兼ねて、足を止める。


「これはエンラ様の剣だ。エンラ様に渡せば、ご自身で……」

「戻せない。これを覚醒させる鍵がない限り、剣は元には戻らない。知らないのか? これは、エンラ様でも扱いに困るもので、不要だから、小さく無害にして人間に渡したんだ」 

「でも、これはエンラ様の契約の証で。だから、返してあげたいんだよ。そしたら、エンラ様の力だって元通りに…………」

「エンラ様とて、頼んでいないことを勝手にされても、迷惑だろうな。しかも、不可侵条約に抵触するような……人間に怪我させてまで……」

「あのな、お前だって人間を狙っていたじゃねえか!」

「あの王子はもはや私の半身だ。私が炎で攻撃したところで傷つきはしない。傷つけたいのなら、物理的攻撃でなければな。私はこの機会に、あの王子の力を確認してみたかっただけだ。そう言っていただろう。聞いてなかったのか?」

「…………くっだらねえ。とんだ茶番じゃねえかよ」


 フィンは吐き捨てると、畦道から離れた馬車道に目を移した。

 モーリスには、見えない何かがフィンには見えているのだろう。この猫の視力は、天虚の中でも抜群に良い。


「あの馬車。昨夜の現場にもいたな……」

「ほう……。派手な馬車か?」

「ぴかぴかしているぜ。日差しの下だと、よく目立つ。四頭馬車だな。庶民は乗れない奴だ」

「上層階級の人間だな。貴族か王族か……。大方、長老の言っていた協力者だろうな」

「…………決まりだ」


 言うや否や、フィンは十字の首飾りを渾身の力で放り投げた。がしゃんという音だけは、モーリスにも微かに聞こえた。


「…………おい。お前、窓を割ったのか?」

「たいしたことじゃねえだろ? むしろ、丁重にエンラ様の愛剣を人間どもに返してやったんだ」


 ――それもそうだ。ガラス一枚くらい、たいしたことでもない。


「……で、どうするんだよ。これから」

「これからも、何も……」


 それを考えると、気が重い。


 ――そして。


 モーリスが途方に暮れるのを待ち構えていたかのように、朝日を影のように背負った門番が音もなく降臨したのだった。

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