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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第1章
4/56

3

 議場は、暗い。

 天境界全体の問題を話し合う場なのに、いつだってユラの眠気を誘うように、真っ暗だ。

 一部の夜行性の天虚を気遣ってのことだと聞いてはいたが、そんなこと知ったことではなかった。

 光源が闇に灯る数本の蝋燭の明かりだけなんて、絶対に会議には相応しくないはずだ。


(会議っていったところで……ね?)


 定例会という割には「会」の体をなしていないのだ。

 雷帝の居城に、八体の天境界の有力者「八連衆」が集い、定例会を開くのは三千年前からの慣習であるらしい。……が、ここ数百年、八連衆全員が揃ったことなんて、一度もないのだ。 

 いつも、ユラを含めて五体しか参加していない。

 ――今日もそうだった。


「それでは、まず、私から新たな報告があります」


 隣で立ったまま報告をしている銀髪の男を、ユラは無言で見上げた。

 彼の名は、モーリス。

 天虚にしては華奢であるが、丸まった二本角をこめかみから生やしていた。

 モーリスは感情を排した無機質な声音で静かに告げた。


「実はこの三千年、人間界で大人しくしていた天虚に、大きな動きがあるようなのです」


(……人間界の天虚てんきょって?)


 今日、行ったばかりのユラが見ていた分には、平和そのものであったはずだが……? 


(一体何が問題だっていうの?)


 毎回、不毛な定例会の議題の中では、興味深いものであるが、正直ユラには実感のないことであった。

 珍しく、ユラが感心を寄せていることに気づいたのか、モーリスは早口でまくし立ててきた。


「ええっと……。人間界に棲む天虚たちは、三千年前の戦いの後、人間界に置き去りにされたという意識が強い。もっとも、個々の能力自体は低いのですが、しかし、今回の天境王の引退という、未曽有の事態に、一致団結されると厄介だと思います」


(ああ、なるほどね)


 ……なんとなく、モーリスの言わんとしていることがユラにも分かってきた。


(……要するに、私のせいだって言いたいのよね?) 


 エンラの引退は衝撃的なことであった。

 それは、誰にとっても、もちろんユラにとっても……天変地異並みの出来事であった。

 しかし、今回の件と、それを結びつけるのはやや早計なような気もする。

 モーリスは単純に代替わりしたことによって生じる不安定さを強調したいだけなのかもしれない。

 それでエンラが帰ってきてくれるのなら、ユラとて張り切って自分を貶めまくって、彼を応援したいところだが……。


(それで、父様が帰ってくるわけでもないしね……)


 悲しくなってきた。

 逃げ場がない現状に、ユラがしんみりしていると……


「おいっ! ちょっと待てよ! 俺は知らねえぞ」


 絶望感に浸ることも許されずに、大きな黒猫の叫び声で現実に呼び戻された。

 この大猫は最初の出会いから、うるさかったので、すぐに覚えてしまった。

 ――フィンという。

 図体と態度に似合わない可愛らしい名前であった。


「お前さ、どこでその情報仕入れたんだ? 人間界だって? そっちの世界は、おいそれと俺らが行けない場所じゃないか!?」

「はっ、お前、知らないのか? 私は数年前より先の天境王エンラ様の許可を得て、人間界でも情報収集しているのだ。ここ最近、急激に、人間界の天虚に不穏な動きがあるとエンラ様は仰せであった」

「俺は聞いていないぞっ!」


 全身の毛を逆立てながら、椅子から勢いよく降り立ったフィンは、モーリスに襲いかかろうとする。

 だが、それを数回、手を叩くことで止めたのは、灰色の羽を持つ若い女性ルーガだった。

 彼女は、今日も露出の多い濃緑のドレス姿である。

 いつもながらに、見ていて寒そうだった。


「ほら、でもさ、ここで揉めても仕方ないじゃない。問題なのは人間界の動向なんでしょ?」

「そうじゃの」


 ――そして、老人口調の割に、場違いなほど、幼い子供の声が響き渡った。


「あの条約を結んでから三千年。確かに、人間界の天虚は静かすぎた」


  (……サクヤか)


 ルーガの隣に座っている金髪の少年だ。見た目は十歳にも満たない子供なのに、この中で一番の年寄りは彼なのだと、エンラから聞いていた。

 最長老が口を挟んでくれたことは、有難かった。

 きっと、ユラが一切発言しなくとも、適当に決着してくれるだろう。正直なところ、嘘か本当か怪しい、人間界にいる天虚の脅威より、ハルアに馬鹿にされた方が、今のユラにとっては、大問題なのだ。

 今頃になって、ユラの心は、哀しみから怒りに移っていた。


(最低最悪の出会いだったわ……)


 思い出したくもないのに、定例会という退屈な会に身を置いていると、嫌でも思い出してしまう。

 父のことといい、ハルアのことといい、ろくなことがない。

 だが、定例会に参加している面々は、そんなユラのことなど知る由もないのだ。

 ユラを置き去りにして、珍しく議論を白熱させている。


「でもよー、人間界で暴れているって言っても、奴らの中心に強い奴がいなければ、下手なことはしないはずだろう?」


 フィンが前脚で器用に顔を掻きながら、喚いた。


「人間界の天虚を唆しているのが、天境界の天虚という可能性もあるだろう?」


 モーリスが腕を組んで、手元の資料に目を落とす。


「誰よ、それ? 大体そんなこと出来るはずないじゃない? 人間界には、雷帝の許可がなければ、行くこともできないのよ」

「落ち着きなさい。ルーガ。実体でなければ、天境界にいながら、人間界と繋がることも可能じゃよ。鏡や水面。それらを媒介して世界に繋がる方法は、無数にある。様々な角度からの検証が必要じゃろうて?」


 そうして、サクヤが静かに呟き、…………一堂の視線が一瞬だけユラに集まってから、反応のない雷帝の姿を見届けると、また何事もなかったかのように離れていった。

 話を再開させたのは、ルーガだった。


「大体、私、人間界の天虚って理解できないのよね。三千年前の戦いだって、天境界に帰ろうと思えば帰れたのよ。それを勝手に残った分際で、エンラ様を恨むなんておかしいわ」

「そうだな。むしろ、ここは八連衆が人間界に行って、天虚をとっちめた方が早いんじゃないか?」


 フィンが大きな目を見開き、挑発的に言い放った。


「あっ! それ、いいわね」

「しかし、不可侵条約の都合、ぞろぞろと行くのもどうかと思う。……ここは、エンラ様から直々に命令を受けている私に任せて……」


 モーリスが顎を擦りながらしれっとエンラの部分を誇張して口にしたが、サクヤがさらりと横槍を入れた。


「人間界に行くのは、二人くらいが、丁度良いじゃろう……。あまり大勢で行くとかえって目立ってしまうぞ」

「……………………」


 一同一斉にぴたりと静かになった。

 他の誰かの提案だったら、一蹴されていたかもしれない。

 しかし、それこそが最長老サクヤの力なのだろう。

 真っ先に、フィンが応じた。


「……俺はそれでいいぜ。みんなはどうだ。異存はないだろう?」


 半強制的な同意を取り付けてきた。


(……猫のくせに)


 巨大猫の言うことだからこそ、かえってユラは反論したくなるのだが、でも、ユラを除いた参加者全員が見事なまでに綺麗に、こくりとうなずくのだった

 話の流れが明らかに怪しい方向に向かっている。

 その時になって、ユラは激しく動揺した。


(ちょっと、待ってよ。私、そんなこと興味ないんだけど……?)


 この事態をどう収拾したら良いのか。

 痛ましいことに、普段遜へりくだった考え方しかできないユラは、高圧的に反論したくとも、上手い言葉が出てこない。

 素のユラだったら「お願いですから、そんな無駄なことしないでください」と、強面の八連衆のみなさん相手に土下座してしまうだろう。

 雷帝として、そんなことしたら、マサキからどんな叱責が待っているか知れない。

 …………雷帝就任後、初めての緊急事態だった。


「じゃあ、誰が行くかくじびきで決めようぜ!」

「……はっ」


 小声で素っ頓狂な声を出しかけて、ユラは自分の口に手で蓋をした。

 まずい。

 この段階で、面倒だからやめてとも言えない。


(しかも、なんでかよりによって「くじびき」!?)


 もはや、何にどう驚けば良いのか分からない。

 かくして、完全にユラを放置したまま、三千年以上生きている人外たちの「くじびき大会」が始まってしまった。


(……でもさ、ちょっと待ってよ。最終的に人間界行きの許可を出すのは、私なんじゃ?) 


 エンラが認めなければ、人間界に行くことは出来ないという定めである。

 それは、代替わりした今も変わらない。

 雷帝の地位を継いだユラの権限となっていた。 


(まったく、厄介だわ。早く、この不毛な会から抜け出したいよ……。いっそこの場から逃げ出してしまいたい!) 


 けれども、もっともらしい不参加表明を考えているうちに、勝手にくじびきに参加させられてしまったユラは、見事に当たりくじを引いてしまったのだった。

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