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大人たちが騒いでいた。
久々に水鏡に現れた「あの方」が第二王子を殺すようにと、指示を出してきた。
リエルより、少し年上の仲間たちは、それに従うつもりだったけれど、でも雷帝と名乗ったお姉さんは、そういうことがあったら、自分に報告するようにと言い残していた。
(僕は、お姉さんを信じる……)
リエルは誰にも行く先を伝えず、初めて集落を出て、あらかじめ聞いていた王子の住まいに急いだ。
いつもと違う珍妙な装いのお姉さんことユラは顔色を変えて、ロカ兄さんと一緒に集落まで来てくれた。
直接、雷帝が来てしまったのなら、集落の皆も「あの方」の命令を鵜呑みに従うことは出来ない。
何の恨みもない、第二王子を殺すなんて、物騒な命令だ。
ユラ姉さんは、しばらく集落で「あの方」こと「モーリス」を待っていたが、陽が暮れる前に諦めて、第二王子のもとに戻って行った。
危険なので、「あの方」の言うことは聞かずに、全員集落に留まるよう頭を下げて行ったけれど……。
しかし「あの方」を裏切ることのできない一部の仲間たちは、血気盛んに森の中で第二王子を襲う計画を立てていた。
(やめておけばいいのに……)
早朝から動いていたリエルは疲れ果ててしまった。
「まだ間に合う! 今から、馬車を飛ばして行けば今日中に王子を狙うことができるはずだ!」
「「あの方」が殺して欲しいって言うのだから、やっぱり王子は悪人なんだよ」
「あの娘、雷帝って言っていたけれど、本当にそうなのか? ほとんど人間みたいじゃないか……」
口々に、そんなことを勝手に言っている。
ロカ兄さんだけが唯一、彼らを止めていた。
「そんなことしたら、絶対に駄目だからね!」
「ロカ兄さん……」
弱気なのか、頼もしいのか分からないロカの顔を、リエルは仰ぎ見た。
普段、大人しいロカの声に、最初全員目を丸くしていたものの……。
「ロカ、お前だって最初の襲撃には加わっていたじゃないか?」
誰かがそう言えば、刹那にそうだそうだと、大合唱が始まった。
ロカはたじろぎつつ、しどろもどろに説明する。
ふさふさの白い耳がピクピクと動いていた。
ロカが緊張している時の癖のようだった。
まるで皆から苛められているみたいで、リエルはロカ兄さんが不憫になってしまった。
「確かに、俺は従ってたけど……。でも、今回は殺せって言っているし、ハルア様はね、俺が襲撃犯だってこと、最初の時点で気づいていたんだよ?」
「はっ、だから、何だ? 元々、俺達がこうやってひっそり生きなくちゃならなくなったのは、イラーナの王族のせいだろうが?」
(そこまで、遡っちゃうんだ……)
要するに、倫理観など飛び越えて、みんな鬱憤がたまっているのだ。
口で何を言っても意味がないのかもしれない。
それでも、ロカは小さな体で両腕を横一杯に伸ばして、「行かせない」の体勢を取った。
「で……でも! ハルア様は……確かにちょっと変な人だけど、悪い人じゃないよ。それに、ユラさんだって……。正直、天境界の雷帝と聞いた時は驚いたけど……。嘘をつくような性格じゃないから……」
「何だ、ロカ。もしかして、王子に金でも積まれたのか?」
「ち、違うよ!」
「ちょっと、、みんな落ち着いてよ……」
さすがに、リエルも黙っていられなくなってしまった。
ロカが不器用な性格だということは、リエルの方がよく知っている
自分が口を挟んだところで、火に油だって分かってはいるけれど……。
「あの方、あの方って……さ、ほとんど皆、直に会ったことがないのに、どうして忠義心みたいなのを持っているの? そのほうが僕には、わからないんだけど……」
「…………いや、あの方は……な」
……だが、そこで言いよどんだ幼馴染は、どうしてか突然目の色を変えた。
「はっ?」
リエルは首を捻る。
ロカ兄さんと自分の背後に、彼らの視線が一斉に向けられていた。
「何?」
ロカ兄さんが言いながら……
二体同時に振り向いた。
「……あの方だよ」
その低い声は、少々機会が遅かったようだ。
リエルもロカも硬直した。
見上げるまでに背の高い男。
青い外套が微風に翻っていることから、本当にそこに実在しているのだろう。
こめかみから角が生えた男は異様な外見であった。
だけど、違和感なく、気配を消して、そこに立っていた。
「…………何で?」
ここにいるのか?
そして、男は何を思ったか、いきなりその場に膝をつくと……。
「申し訳ない……」
―――突然、謝罪したのだった。




