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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第5章
31/56

3

「………………なっ?」


(…………ちょっと、何よ、これは?)


 窓から差し込む逆光に、ユラは目を眇めた。

 大きな画布の中心に描かれた二本角の魔物。

 ユラはその魔物の素描を目にして、驚倒しそうになった。


「ハルア様、一体これは?」

「その反応……。嬉しいくらい分かりやすいですね。これで、はっきりしました」

「何が……ですか?」


 ユラは殴りかかりそうな勢いで、ハルアに近づいた。

 慌てて腰を浮かしたハルアが、台本を読むかのように、すらすらと答える。


「この魔物はロカ君の証言によって私が描いたものです。彼は「あの方」から私の目を逸らそうとさせていましたが、かえって、彼が動揺したことで「あの方」の人物像が分かりやすくなったんです」

「………………これ……モーリス……です」

「やっぱりでしたか。裏が取れたみたいで良かったですね。これで、モーリスという魔物は、容疑者から被告に格上げになったということですか」

「待って下さいよ。ハルア様は、一体いつこれを? どうして私にすぐに見せてくれなかったんですか?」

「ああ、これは趣味で描いたものです。恥ずかしかったんですよ」

「馬鹿なことを!? 嘘も大概にしてください!」


 情報が大事だと言っていた張本人が隠ぺいしていたら、意味がないだろう。


(この矛盾は、何?)


 しかも、しれっと悪びれず、今更証拠を提示するなんて……。


「酷いです」

「……でしょうね。自覚はあるんです。君が先延ばしにするのなら、その方が私にとって好都合だと思っていました。もしも、君が事前に私に協力を求めていれば、私は嫌でもこれをすぐに君に見せたでしょうけど……」

「私のせいにしたいんですか?」

「まさか、全部、私のせいですよ。だから、たとえモーリスが襲ってきたとしても、上手く対処できるよう、頑張ります」

「モーリスが本気で攻めてきたら、ハルア様にはどうにもなりませんよ」

「そんなことは、分からないじゃないですか」


 なぜだろう。

 ユラが腹を立てている時に限って、ハルアは満面の笑みを浮かべるのだ。


(私、この人に嫌がらせされているのかしら?)


「…………いや、でも、まだモーリスがハルア様を襲ってくると決まったわけではありませんし」


 ユラがハルアと「絆の証」の関係を察していることに、モーリス自身が気づいてくれたら、彼の方から引き下がる可能性だってあるのだ。


(大体、ハルア様が間違って食べてしまったからって、どうして今頃、ロカ君の一族を使って、取り戻そうなんてしたの?)


 いずれにしても、これから天境界に戻って、ユラはモーリスともう一度対峙しなければならない。


「一応、証拠も見つかったことですし、今度こそ、ちゃんと私はモーリスと向き合ってきます」

「……それは、良い結果にはならないかもしれませんよ」

「彼に動機があったのなら、証拠を突きつければ、ちゃんと話してくれるかもしれません」

「理由があろうがなかろうが、彼の力が私の中にあるのが事実であるのなら、モーリスという魔物にとって、私は保護したい対象ではないはずです。それでも、今まで私を傷つけずに見張るだけに留めていたのは、先代の魔物の王が「人を傷つけないよう」恐怖政治をしていたからでしょう」

「父様は……」

「彼が君を信じていないのなら、益々、彼を追い詰めることになるかもしれません。そのモーリスという魔物、ロカ君を私のもとに遣わすほど、粘着質で計画的な者のようです。もし、今回の件で他に協力者がいたのなら……」

「じゃあ、私は何もしなければいいと言うのですか?」

「君は私を護ってくれるのでしょう。だったら、君がこちらにいる時間を増やしてくれたら良いじゃないですか」

「貴方……ねえ!」


 ユラは怒鳴ってから、こめかみを押さえた。

 声を潜めて、二人きりで話そうと思っていたのに、いつも以上に大声になってしまっている。


(そりゃあね、私が鈍いのが原因でしょうよね。もっと早く、ハルア様に頼んでいれば良かったのかしもれないわ。ハルア様の能力を持ってすれば、モーリスと特定することだって簡単だったんだから。それを失念していたのよ。……だけどね)


 彼のすぐ後ろで画架におさまっている、長閑な風景画の下描きを見て、ユラは溜息を零した。


「ハルア様は、もっとお日様のような人だと思っていました。貴方の作品の綺麗な世界に私はいつも癒されていたんです。……でも、貴方は」

「それを言うのなら、私も……ですよ」

「はっ?」


 うつむきがちだった顔を上げて、ハルアを睨みつける。

さぞ不遜な表情をしていることだろうと予想していたが、ハルアはユラから目を逸らし、先程と同じように顔を真っ赤にしていた。


「私も……色々と狂いました。予想外だったんですよ。……君が」 

「はっ?」


 ――また変態の戯言か?

 

 しかし、いつもの軽薄さはそこになかった。


(なんで?)


 ハルアがあまりにも情けない顔をしていたので、ユラも苛めているような気持ちになって、それ以上責められなくなってしまった。

 多分、彼の言う、お人好しというのは、ユラのそういうところなのだろう。

 居心地の悪い沈黙のあとで、ハルアはおもむろに立ち上がった。


「…………こうなったからには、ロカ君にも掻い摘んで伝えておいた方が良いでしょうね。もっとも、これだけ騒いでいたら、あの子も聞き耳を立てているもしれませんけど?」

「ハルア様は、どうしてロカ君と向き合おうとしなかったのですか?」


 最初の襲撃の時点で、彼にすべてを話そうとしなかったのか?

 いや、最初に出会った時に天虚であることを見破っておけば良かったのに……。


「私と一緒で趣味とか、先延ばしの方が都合がいいからとか、そういう……?」

「違いますよ」

「……違う?」

「見ていれば、分かりますって」


 そう言って、渋面のまま部屋を出て行ったハルアを理解できない眼差しで見送っていたユラだったが、程なくして、彼の言葉の意味を十全に理解したのだった。


「ハルア様っ!! 申し訳ございませんでしたあっ!!」

「もういいって、何度も言っているのに……」

「俺を、見捨てないで下さいっ!」


 まるでそういう特性を持った動物のように、繰り返し行われる謝罪運動に、ハルアは精神的疲労が爆発しそうな暗い顔をしていた。


「……ね、ユラさん、だから、ロカ君の家族に、私が事情を知っていることを話さないよう、お願いしたんですよ。彼の罪悪感の思念が重くて、ある意味、殺しに来られるより、よほど恐ろしいのです」

「ええ、分かりました。痛いほど」


 ロカが犯人と分かっていても、ハルアがロカ本人に事実を突き付けなかった理由はこれだったらしい。


「…………では、ハルア様、そういうことで、私は帰ります」

「ちょっと、ユラさん、こんな状態の私を見捨てるのですか?」

「大丈夫です。ちゃんと護衛はつけていますし、攻めてくるとしたって、今すぐってこともなさそうですから」

「すいませーんっ! ハルア様!! ユラさん!!」

「ちょっと、待って下さいって、ユラさんっ!」

 

 ――待てるはずがない。

 

 ハルアがロカに袖を取られて、乱れている。

 その光景は、ある意味興味深いものではあったが、巻き込まれたくはなかった。

 

 ロカの矛先が完全に自分になる前にと、ユラは急いで天境界に戻ったのだった。

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