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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第5章
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2

 八連衆(四体)とは、何とか向き合ったつもりだ。

 ユラの意志で「絆の証」は返すことも出来た。

 各々思うところがあったようだし、この先どう転ぶか分からないが、ユラに後悔はなかった。


(いっそ、清々したくらいだわ……)


  ずっと逃げ続けてきた天境界側で、ユラのやるべきことはやったつもりだ。

  ……あと、気がかりなのは。


(…………人間界) 


  ――そうだ。


 ロカに、ハルアと向き合うよう言ったのはユラだ。

 自分が面倒だと先延ばしにしていたら、意味がない。

 それに、「絆の証」はハルアにも関係があることだ。

 いつかは話さなければならないことなら、今、ちゃんと話しておいた方が断然いい。

 そもそも、単純なユラは駆け引きなんて、大嫌いなのだ。

 たとえ、マサキに反対されたとしても……。


「ハルア様……」


 ――だから。

 ユラは、仕事部屋到着後すぐに、ハルアと向き合っていた。

 二人きりでと、人払いしての徹底ぶりで、自分でも驚くほど、勇気を出した。

 普段、ふてぶてしいハルアも、きっとユラと同じ熱量で返してくれると、期待していたのだが……。


「…………あ…………れ?」

「……で、一体、何でしょうか?」

「ええっと?」


 優しい微笑を湛えているくせに、淡泊な反応にユラは拍子抜けした。

 ついでに魔法が解けてしまったように、今までの自分の振る舞いが怖くなってきた。


(……父様、私にはこの人と向き合うことは無理でした)


「やっぱり、いいです。帰ります」

「よくはないでしょう?」


 ハルアが諭すように問う。

 結局のところ、ユラの思惑などこの青年には筒抜けなのだ。黙っているわけにもいかなかった。


「いや、私は……ハルア様にずっと話さなければならないと思っていたことがあると……」

「…………へえ、今まで、私のことなどまるで放置だったのに、急にどうしたんでしょうか?」

「それは、その……。ハルア様がお仕事忙しそうだったので……」


 それは嘘だ。

 ただ単に考えている余裕がなかったのと、マサキの助言「先延ばし」を採用していただけにすぎない。 

 そんなささやかな嘘、とっくにハルアには見破られているのだろうが……。


「……つまり、先達てのロカ君の頭ぽんぽんの効果でしょうか……」

「はっ?」


 小さい声なので、聞き取れなかった。

 得意の嫌味か、お小言か?

 もう一度聞き返そうとしたら、ハルアは、目の下の隈をなぞりながら、今度こそ大きな声でぼやいた。


「私、今日も絶好調で、忙しいんですけどね……」

「…………あっ」


 それは、申し訳なかった。

 確かに、最近ハルアは忙しい。

 壁画の件がどうなったのかは怖くて聞いていないが、満足に寝ていないようだった。


(何もこんな時に、話さなくてもいいのにってことよね……)


 ハルアの機嫌が悪いのもそういうことだろう。

 彼にしてみれば、天境界のことより、明日の〆切の方が大切なはずだ。

 昼下がりの陽光によって、彼自慢の首飾りが輝いている。その微かな光ですら、眩しそうだ。

 こんな話を耳に入れるより、わずかな時間でも、眠らせてあげるのが優しさというものだろう。


「すいませんでした……。だったら、また今度ということで」

「待って下さい。私の方がすいませんでした。ちょっと、拗ねてみただけです。このままなかったことにされる方が辛いですから」

「……本当に、そう思っているのですか?」

「すいません、自分でも意外でしたが、私は意外に嫉妬深いようです」


 嫉妬というのが、分からないのだが……。


「…………新たな発見というわけですね?」

「ええ、君と出会ってから、発見の連続です。出来れば、ずっと見ていたいくらいに新鮮ですね」


 どうせ、下手な絵を描く女とか、タルトを一口で食べる女とか、そういう類の発見のことだろう。

 深く突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなったユラは、ハルアの言葉に甘えて本題に戻ることにした。


「私の話というのは、実は、ハルア様の……その……」


 ――そうだった。


(ロカ君には入って来るなって言い渡しているけど……)


 立ち聞きされていないか、不安だったユラは、いつものように、仕事用の椅子にゆったり腰を掛けているハルアを至近距離で覗き込み、顔を近づけた。


「……………………えっ?」


 そして、耳元で


「例の力のことなんですよ」


 ゆっくりと囁く。

 ――――と。


「…………っ!?」

「ハ、ハルア様?」


 一体、どうしたというのだろう?

 今まで不平不満たらたらで、眠そうに欠伸までしていたハルアの顔色が驚くほど一変していた。

 黒縁眼鏡をずらしたユラは、ハルアを凝視する。

 彼は耳まで真っ赤に染め、椅子の背もたれ一杯に仰け反るように体を押し付けていた。


「一体、どうかしましたか? 寝不足でとうとう?」

「………………今のは、ちょっと近かった……です。危なかった……です」


 とぎれとぎれの言葉の意味は分からなかったが、どんなことより、初めてハルアの人間らしい慌てた姿を見たような気がした。


(……そうよね)


 いつも人形のように、平然としている彼でも、天虚に突然近づかれるのは怖いのだ。


「ああ、びっくりさせてしまいましたか。ハルア様、大丈夫です。取って食うような行儀の悪さは、私にはありませんから」

「それ、普通に聞くと語弊があるので、気を付けた方が良いと思いますよ」

「語弊……ですか?」

「…………えーっと、つまりっ……! 君の話というのは、私の力のことに関してなんですよね。そちらで私が食べてしまった木の実でしたっけ? あれと関係があるのですか?」


 ハルアはばつが悪そうに、話題を逸らした。


 ……やっぱり。


 咄嗟に逸らしたくせに、彼の指摘はいつだって的を射ていて、腹立たしいくらいだった。

 ユラは、こくりとうなずくしかない。

 自分が辿りつくまでに、かかった膨大な時間をハルアは易々と飛び越えてしまう。

 この件を話してしまったら、すべてを見透かされてしまいそうで、怖かったが、それでも彼に話す前に覚悟をしていたことだ。

 ユラは持ち得る限りの情報のあとで、モーリスの「絆の証」をハルアが食べてしまったのではないかと、自分の憶測を告げた。


「……なるほど。そういうことだったんですか」


 先程までの動揺はどこへやら、ハルアは高い天井を見上げて嫌味なくらい悠然と構えていた。


「私はせめて、赤髪の魔物の力だと思いたかったのですが……」

「赤髪の魔物の力は、雷撃だけですよ。人の心に働きかけるような能力はありませんよ」

「…………本当に?」

「少なくとも、私の父の力は雷撃だけだったと思います。でも、もしかしたら、私の知らない力もあるのかもしれませんが……」

「君のお父上…………ねえ」

「ハルア様が会いたいのは、父だということは分かっています。でも、今、父は行方不明なんです。帰ってきたら、貴方に一目くらい会ってくれるとは思いますけど……」

「…………まあ、それは、どうでもいいのですが」

「いや、良くないですよね。絶対」


 それがハルアにとって、一番なのではないか?

 だが、あれほど執着していた「赤髪の魔物」の話なのに、ハルアはあっさり話題を変えてしまった。


「……で、その「絆の証」というガラクタのようなものを、先日、君はお仲間に返したというわけですか」

「ええ、はい。そうです」

「返した……のですか?」

「ええ、ぱんっと威勢よく返しました。初めて、自分の仕事をしたような気持ちです」

「それは、良かったです…………けど」

「……けど?」

「もう少し早く、私に言ってくれていれば……」

「…………はっ?」


 聞き捨てならない一言に、ユラは目を吊り上げる。


「どういう意味ですか?」

「……要するに、行き当たりばったりということです。君は、あそこまでロカの親族が証言しても、まだ心の何処かでモーリスという魔物ではないと思っている。ロカ君からの裏も取っていない。でも、モーリスが黒幕だとしたら、彼は君から宣戦布告を受けたと思うかもしれません」

「……そうだとしても、私が」

「君には仲間がほとんどいない。そして、私も味方よりも敵が多い。多分、モーリス一体が相手であれば、君の力に敵うはずがない……でしょう。でも、果たして本当にそうなのか。こういう場合、必要なのは、相手の情報です。出方が予想できなければ、打つ手も限られてしまいます。そもそも、君はお人好しすぎる」

「…………そんなこと」


 否定しようとしたが、図星だ。

 しかも、心にぐさっと痛い。

 ようやく芽生えた自信が吹き飛ぶくらい、本当のことだった。


「本当に、君が…………魔物だなんて」


 ハルアは口元に呆れとも、親しみとも取れない謎の笑みを浮かべると、おもむろに立ち上がり、棚から一枚の画布を持ってきた。


 ――そして、ユラの前で掲げて見せたのだった。

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