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「……さて」
――いつもの議場。
ユラは仏頂面を維持しながら、片手で抱えて持ってきた古めかしい木箱を円卓の上にどんと置いてみせた。
ここまで行動を移すのに、マサキを説得して……何日もかかってしまった。
だが、先日ロカと接した時に、このことを絶対として決意していたユラの意思は固かった。
これを実行しなければ、ユラは自分が「雷帝」となった意義がないとまで思っていたのだ。
「…………で、今度は、何ですか? 雷帝」
あからさまに迷惑そうに、モーリスが片眉を上げた。おかしなことを言う。
「今度」というほど、ユラは異常行動を起こした記憶はなかった。
(ふふふ。まあ、見てなさいよ。モーリス)
ユラは得意げに一同を見渡した。
絶対に揃って欲しいと、伝えたはずの八連衆は、いつもの四体しか揃っていない。
それでも、最近、顔を出さなかったルーガもいるし、モーリスだっている。
内心、緊張しながら、ユラは頭の中に入れてきた台本の一言をゆっくりと読み上げた。
「……その……管理をしているのも面倒なので、これを貴方たちに返すことにした」
「…………はあっ!?」
全員の目の色が変わった。それも、予想通りの反応である。
ユラは『絆の証』を、八連衆全員に返すことを決めたのだ。
この後、どういうことになるにしろ、一石を投じたことにはなるだろうと覚悟の上だった。
「……もしかして、いらないとか?」
「いえいえいえ、いりますって!」
必死の形相で、モーリスが否定した。
「あんたは本気で「絆の証」を全員に返そうとしているの?」
腕組みしながら、じろりとルーガがユラを睨んだが、ユラは視線を逸らしつつ、小さくうなずいた。
「こんなもの、持っていたところで、場所を取るだけだから。それに、貴方たちが忠誠を誓っているのは私ではない。父でしょう?」
一瞬、しんと静かになった。
異論はないらしい。
事実、それは分かりきっていたことなので、ユラの落ち込む要素でもなかった。
「ふーん……。八連衆を解散でもするのか? ずいぶんな自信だな?」
フィンが冷笑を浮かべている。
「自信も何も……」
そんなものはない。
ただ、こうするのが一番良いと、ユラは最初から思ってはいたのだ。
「……まあ、とにかく、この白い羽はル―ガのでしょう?」
「だったら、どうなのよ?」
「はい」
ユラは躊躇なく、彼女にふさふさの大きな羽を渡した。
ルーガは、まじまじと白い羽を見つめ、本物かどうか確認しているようだった。
「……で、この枝みたいのが……」
「俺のだよ」
「…………もしかして、これ、またたび……じゃ?」
枝を手にしたまま硬直していたら、フィンが横から掻っ攫っていった。
彼にとっては、大切な「またたび」なのだろう。
(……好きなんだね。やっぱり)
見た目猫だが、習性も猫だった。
大きな体が小さな枝と戯れている姿は、自然と頬が緩んでしまいそうだった。
「あとは……」
「私のは、これです」
モーリスは、ひょいと箱の奥にあったどんぐりを手に取った。
全員の冷たい視線を受けてから、顔を真っ赤にして咳払いする。
「私がこれで悪いのか?」
誰も何も言わずに、沈黙しただけだった。
(どんぐり……ねえ?)
ユラは首を傾げつつも、最後のサクヤに箱を向けた。
サクヤは小さな手で、箱の奥を掘り起こして、動物の牙のような白い角笛を手に取り……
「わしのは、これ」
きっぱりと宣言した。
不思議だ。
こんな小さな笛を、長老と呼ばれている天虚が吹いていたなんて……。
「……て、本当にそれを吹くんですか。サクヤ殿、自らが?」
「そりゃあ、笛だからのう。吹かなきゃ始まらんだろう。それにしても懐かしいのう。これを封印するつもりで、エンラに託しておったのにな。よもや、再び手にする機会が訪れようとは……。ほっほっほっほっ」
「楽しそうですね」
不敵に笑う子供老人を前に、寒気を覚えたユラは、困惑しつつ、頭を撫でた。
(私、やっちゃったかしら……?)
ユラの一存で、これを返してしまったことを知ったら、エンラが悲しむかもしれない。
それでも、やっぱりユラが雷帝でいる限り、結果的に何度だって同じことをするはずだ。
…………力で誰かを縛るなんて、絶対にやってはいけないことだ。
「まさか、本当に……」
「モーリス」
どんぐりを掌で転がしながら、呆然としているモーリスに、ユラはきっぱりと言った。
「さすがに、私だってこの程度のことで、貴方たちの信用を得られたとは思っていない。だけど、言いたいことがあるのなら、まずちゃんと言葉で、私に伝えて欲しい。そうでないと一緒に考えることも出来やしない。嘘、偽りの報告は、勘弁してもらいたい」
ユラにしては、珍しいほど大音声を発したつもりだったが……。
モーリスがどもりながら、答えた。
「……かっ、各国で、天虚が暴れているのは事実ですよ」
「俺の方も、よく分からねえけど、あんたの言う通り、北の方で調査を続けているぜ」
「いや、フィンのことは知っているから……」
ユラは、フィンにイラーナとは逆の北方に行って欲しいと頼んだのだ。
門番の報告から、フィンがたまに調査に出ていることは知っていたので、飽き性の猫が頑張っていることは、素直に有難い。
――しかし、モーリスは?
「ともかく、天境界は平穏そのもの。貴方がこれを返したことで、やる気も出ますね」
脚本を棒読みしているような、淡泊な話し方だった。
「なら、いいけど……」
(駄目だわ。これは……)
ここまでシラを切られるとは……。
しかし、「どんぐり」が別の八連衆の「絆の証」だとしたら、モーリスも内心焦っているだろう。
ユラが水面下で発している声に気づいてくれるといいのだが……。
「でもさー、エンラ様だって人間界に「絆の証」のようなもの渡しているじゃない? 私たちだけ返却されて、エンラ様の大切な物がないっていうのも、なんか……もどかしいわよね」
「…………ん?」
――そういえば、以前フィンがそんなことを口にしていたような気がする。
ようやく思い出したユラがフィンに目を遣ると、猫は不機嫌そうに、尻尾をくねらせた。
「……ったく。こないだ話したじゃねえか。エンラ様は三千年前、人間の女王に、愛用の剣を渡したんだって。エンラ様の剣は凄かったんだぜ。一振りで数百人は葬れるほどに」
「へえ……」
…………数百人という数字が微妙に現実的で、とても嫌な感じである。
「父様がイラーナの女王に……ですか?」
先日のハルアとのやりとりを思い出す。
女王イラーナ所縁の品を彼は持っているのだと……。
(ハルア様に訊けば、何か知っているかしら?)
もっとも、知ったところで、ユラは剣の返却を求める気もないのだが……。
「あの剣、エンラ様に返してやりてえなあ…………」
フィンは大きな琥珀色の瞳で、じろりとユラを一瞥してきたものの、すぐに再びまたたびを抱いて、床をごろごろと転がりはじめた。
「なに……?」
一体、猫はユラに何を言いたかったのだろう?
(まっ、いいか……)
ともかく、これで良かったのだ。
ロカに頑張ると言った手前、やりたいことをやって、すっきりした。
今後、モーリスがどう動くは分からないが、悪いようにはならないだろう。
……………………そんなふうに、その時のユラは楽観的に信じきっていた。




