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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第4章
23/56

1

(帰りたい…………)


 ここ以外、帰るあてもないというのに、ユラは何度も心の中でその言葉を反芻した。

 全力で逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて、執務室の向かい合わせの椅子に腰をかけている。

 エンラが雷帝の頃、物置になりつつあった部屋を、今回のためにユラ自ら綺麗に掃除をした。

 それもこれも、こうして、ある「天虚」と極秘な話をするための涙ぐましい努力の賜物であったはずだが……。


 …………どうして、すべてが空回りしているような気がするのだろう?


「茶…………茶は、どうかな……?」

「…………これを、私に飲めと?」


 場が持たないとばかりに、先日懲りたばかりの茶を淹れてみたものの、やっぱり彼は口をつけようとしない。それならそれで構わないのだが、どう話を切り出して良いのか、ユラも分からなくなっていた。


(あれだけ、何度も予行練習をしていたのに……)


「茶を……」


 カップにに口をつけた男は、勢い一口だけ飲んだようだったが、直後に眉根を寄せた。


「私の口には合わないようです」


 きっぱり、言い放たれてしまい、ユラはごくりと息を呑んだ。


 ――話すことがない。


 いや、実際山程あるのだが、きっかけが掴めない。

 今の段階で、限りなく黒に近い灰色の容疑者の状態ではあるが、犯人と決まった訳ではないのだ。


(まったく、面倒な……)


 ―――二本角の天虚。


「………………モーリス」


 呻くように、呼びかけてから、ユラは眉間を押さえた。

 リエルの話から、黒幕の正体は、あっけないほど速やかに浮上してしまった。


 ――――八連衆のモーリス。


 ハルアとリエルの話を繋ぎ合わせてみて、すべての条件に合致した。

 リエルも、後で会った集落の面々も「あのお方」とは、名前は知らないが「角のあるひょろりと背の高い優男」だと話していた。

 人間界に出入りすることができて、そんな特徴的な天虚、他にいない。

 試しに、マサキにも聞いてみたが、モーリス以外、心当たりがないと言われてしまった。


(この男、一体、何のつもりなのかしら?)


 八連衆の中で、唯一良識人っぽかったのに、一番のお騒がせ天虚だったようだ。


「……で、私に用とは何なのですか?」


 暗躍している割には、落ち着いた口調だった。


(いや、まだ確定したわけじゃないけど……)


 混乱しているユラが馬鹿ばかしくなるほど、落ち着いている。


「いや、その……『絆の証』のことだが」


「ああ、知っています。ルーガが暴走したようですね」


 ――そうじゃなくて……さ。


(この、おっさん)


 分かっていて、とぼけているのか。

 それとも、本当に分からないのか……。

 彼に、ハルアを襲う理由があるとすれば、心当たりはそれくらいしかないのだ。

 

 ―――『絆の証』。


 マサキは預かっていた『絆の証』の中に、小さな赤い実が入っていたと話していた。

 先日、もう一度、確認してみようと、マサキと中身を改めてみたが、しかし箱の中に「赤い実」なんて、入っていなかった。

 マサキは、数年前までは絶対に「赤い実」は箱の中にあったはずだと言い張っている。


 ――ハルアは、モーリスの「絆の証」を食べてしまったのではないか?

 ――モーリスは、ハルアの力を取り戻すそうとしているのでは?


(そのための『返せ』なんじゃ?)


 頭の中に広がる疑惑の数々に、ぼうっとしていると、はきはきといつもの調子でモーリスが話し始めていた。


「先日会った際、ルーガは『絆の証』は返却すべきだと主張しておりました。私は止めましたが……。結局、暴走したのですね。浅はかな女ですよ」

「浅はか……って」


 そこまで、貶めてほしい訳ではない。

 だが、あれ以来、ルーガと連絡が取れなくなっているのも、ユラの心労の種にはなっていた。


 ――あの時、力を見せつけて宝物庫から追い払ってしまった。


 あれは失敗だったのか……。


(私は……敵対したいわけじゃないんだよね。べたべた仲良くしたいというわけでもないけれど、でも、仕事上付き合わなきゃいけない関係なんだからさ、少しくらい信頼しあって話し合える間柄になりたいだけなんだけど…………)


 その程度のことが間々ならない。

 なぜ、こんなふうに、腹を探り合うように、モーリスと向かい合わなければならないのか……?


(私が小心者のせいなんだけどね、分かっているんだけどさ……)


「……で?」

「あっ、…………ああ?」

「私を呼び出したのは、それのことですか? だったら、貴方が対処する必要はないと思いますね。あの女が目障りであれば、そのまま捨て置けばいい。別に貴方が八連衆を束ねるわけでもありませんし、天境王というわけでもないのですから……」

「……………そんな」


 モーリスだってルーガとは、三千年も付き合いのある仲間ではないか……。


「冷たいな……」


 低い声で呟いてみせたが、結局、顔を上げることはできなかった。

 この男の顔は至近距離で見るほどに、怖い。

 目を合わせないように注意していたら、深い溜息が返ってきた。

 彼もどうして、こんなふうに個別に呼び出されているのか、困惑しているのだろう。


(……て、私の思い込みで黒幕じゃなかったのなら、迷惑な話よね?)


 それこそ、大いにやり方が間違っているということになる。


「えーっと、まあ、私も『絆の証』のことはつい最近知ったばかりで、対応が……な」

「私は別にどうでもいいですよ。三千年前のものですし」

「………………そういうわけにも……いかない……と思う」


 もしも、ユラの憶測通りであれば、それこそモーリスにとって、今更返して欲しくはない代物だろう。


「『絆の証』は、八連衆各々の力を封印しているものだと聞いたが、貴方も……なのか?」

「私の力の四分の一くらいが入っているはずです」

「それは、どんな物で?」

「貴方に、私の『絆の証』について答える必要があるのですか?」

「………………ちょっとした興味があるんだ」


 苦し紛れに、ごにょごにょと小声で答えると、モーリスは鼻で笑った。

 いや、正確にはその顔は見ていないのだが、絶対に笑っている気配だった。


「『絆の証』にどんな力が秘められているのか話すことは、我々の弱点にも繋がります。興味本位で訊かれて、安易に答えることはできません。どうせ、返す気もないのでしょう?」

「………………えーっと」


 返す気がないわけではないのだが、じゃあ今すぐ返すと即答できないのが辛かった。

 『絆の証』は父エンラが預かっていたものだ。

 それをユラの独断で返してしまっていいのか、それを悩んで迷っているというのに……。


「もういいですか?」

「いや……まだ」


 そそくさとモーリスが腰を浮かしたので、ユラは反射的に勢いよく立ち上がった。


「人間界に探索に行くのに、私も貴方と同行していいだろうか?」

「嫌です」


 言下に一蹴だった。


「なぜ?」

「効率が悪すぎます」


(困ったな……) 


 こうなったら最終手段で、モーリスとイラーナに行って、リエルと集落の人間に「あの方」がモーリスかどうか、顔を見てもらおうと思っていたのだが……。


「べ、別に、同行するくらい良いじゃないか?」

「それは、命令ですか?」

「命令って……そんな」

「天境王のご命令であれば、従いますが、雷帝の個人的な頼みであれば、私の意思が優先となりますね。貴方は天境王ではない」

「…………私は」

「では、私はこれで失礼いたします」


 有無をも言わさない勢いで、重そうな外套をひらひら翻しながら、モーリスは去って行った。

 ――駄目だ。手強い。


(あれが、三千年の力ってやつなのよね?)


 マサキには、力で脅せと言われていた。

 そんなこと、ユラが出来るはずもないのに……。


「…………どうしよう」


 広いだけの殺風景な部屋に取り残されたユラは、一人頭を抱えた。

 八連衆のモーリスが本気になって人間界に攻め込んでしまえば、門番をハルアの護衛にしたところで、敵わないだろう。

 しかし、モーリスが黒幕だったとして、自分から出張ってハルアを襲撃していないことを考えると、彼なりに不可侵の条約は護ろうという気持ちはあるようだ。


 ―――人間を傷つけてはならない……と。


 先日ハルアが言っていた通り、こちらが何もしない限り、モーリスは仕掛けるつもりはないということなのだ。


「でもね…………」


 知ってしまった手前、ユラは何か手を打たなければならないのだ。


(あっ、そろそろ、ハルア様の所に行かなきゃ……)


 ハルアのもとにいることが出来るのは、彼が壁画を完成させるまでの期間と決めている。

 それなのに、ここで雷帝をやっているより、はるかにイラーナにいる方が癒されてしまうのは、どうしてなのだろう。

 ユラは、ふらふらと立ち上がると、彼の残していった茶を片づけて、重たい鎧のような着物を脱ぐために、私室へと向かった。

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