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(…………父様は、どう思うかしらね?)
全面ガラス張りの日差しがたっぷり差し込んでいる広い部屋で、ユラは自嘲しながら、ぽつんとハルアの訪れを待っていた。
その格好は、いつもの貫頭着ではない。
光沢のある布地の所々に、金糸の刺繍が施された薄紅色のドレスはふわりと広がった裾の部分が特に華やかな装飾になっていて、まるで花嫁衣裳のように豪奢であった。
普段、真っ白な着物か質素な貫頭衣姿のユラにとって、肩を出すような服装自体初めてで、肌寒いのと居心地の悪さも相俟って、鳥肌が立ってきた。
更に、真紅の輝石がふんだんに取り入れられた首飾りに髪飾り、耳飾りまでついて、重いことこの上ない。
まるで、動きたくても身動きの取れない人形のような気持ちだった。
(何で、こんなことになっているのって、まず父様に訊かれるよね? ……でも、私も分からないのよね。さっぱり)
どうして、こんな所でこんな派手なドレスを着ているのか、ユラ自身、皆目見当もつかなかった。
もっとも、お付きの給仕係が沢山いて、衆目は多いものの、ユラの力を持ってすれば逃げられないことは……ない。
……だけど。
(うーん…………。ここ、王宮なんだよね?)
どうも、ユラは王宮にいるらしいのだ。
――らしい……というのは、ユラの想像だ。誰かにここがどこか教えられたわけではない。
まず、今朝方ユラは人間界にやってきた。
あのルーガ襲来事件の後、トワも加わり、ハルアの邸宅に通えるよう、マサキを説得した。
ユラの責任もあるということで、彼が壁画を描くまでの間は、ユラの自由にしても良いと、二人の間でやっと折り合いがついたのだ。
『絆の証』の件は、当面棚上げということで、雷帝の仕事との両立の目途をつけ、ハルアと出会ってから、七日目の朝…………。
ようやく、出陣とばかりに、ハルアの邸宅に辿りついた。
――それが。
邸宅に入る一歩前に、待機していたラトナとハルアに、半強制的に馬車に乗せられ、白亜の宮殿に連れ込まれてしまった。
体いっぱいで抵抗したものの、力を使わなかったのは動揺の余り被害が甚大になってしまうことを、心配したからだ。
それに、ここが本当に王宮であったら、三千年前の「人間対天虚の戦い」を再び招いてしまうことになる。
それだけは避けたかった。
……でも。
(一体、何なの? これって、犯罪じゃないの?)
王族だから、何をしても罪にならないというのだろうか?
(そもそも、私が雷撃を使うような魔物だって、ハルア様は知っているのよね? 忘れちゃったわけじゃないのよね……?)
壊したい。
何もかも。
ふとすると、そういう暴力的な欲求に支配されそうになる。
いっそ、それを実行できてしまったら、楽なのかもしれない。
だが、そんなユラの激しい葛藤を知ってか知らずか、空気を読んでいるのか、ぶち壊しているのか、謎の登場を果たすのがすべての元凶のこの男なのだ。
「……ユラさんっ!」
ユラの気持ちを逆なでするように、両開きの扉から勢いよく駆け込んで来る。
ハルアは、昨日と似た格好をしている。まさかの普段着のようだ。
「すいませんでした。私も、よもや、こんなことになるとは思ってなくて……。強引な手を使ってしまったことを、心の底よりお詫びします」
「あ、貴方ねえ!」
謝罪している割に、弛緩しきった笑みを浮かべているのは、反省していない証拠だろう。
更に弁舌が滑らかなのは、彼の思惑通りだということだ。
「あっ、でも、よくお似合いですよ。赤い髪に、そのドレス。白い着物姿も可憐ですが、こちらは、大人っぽく見えますね。眼鏡があるのが残念ですが、これは仕方ないのかな」
「ええ。眼鏡がないと、目立ってしまいますから」
おもいっきり、刺々しく言い返した。眼鏡は顔の一部……とまではいかないが、こればかりは取り上げられてたまるかと、女官たちの手から、ユラが唯一死守した戦利品である。
「そうですね。変な興味を持たれてしまっても困りますしね。私が覚えていれば、それで良いのです」
……おかしい。
彼は誉めているつもりなのだろうが、変態の戯言にしか聞こえないのは、何故なのか?
「ハルア様。まず、私はどうして、こんなことをしなきゃいけないのか、理由を教えて下さい」
「ああ、それが、その……」
ハルアは周囲の目を気にしてか、小声で告げた。
「兄上が、君のことを父上に話してしまったようなのです。父上が君と会いたいと仰せでして。私もまさか、こんな早くに呼び出されるとは思ってもいませんでした」
「それって……?」
「要するに、イラーナ国王が直々に君に会いたいと仰せなのです」
「はああっ!」
叫びすきで酸欠で倒れるのではないかと、口が大きく開いた。そのまま顎か外れてしまうそうだ。
――まずい。
女官や侍従たちの視線がユラに一点集中している。これ以上、目立ってどうするのだ。
(でも、これを驚かないで、どうするの?)
派手なドレスを着せられている時点で、嫌な予感はしていた。
そして、王宮であることもなんとなくは分かっていた。
…………けど。
しかし、国王自らが、いきなり出張って来るとは予想していなかった。
そんなに暇な役職だと思っていなかったのだ。
(…………不可侵条約って、どこまでが許容なのかな?)
こんな話、トワにも聞かせられない。
八連衆にばれてしまったら、ユラはどうなってしまうのか?
「とりあえず、今日はここまで……ということで、私、帰ります……」
踵の高い靴でつんのめりながら、赤絨毯を移動する。
だが、すぐにハルアに引き戻された。
「もう無理ですよ。ここは拝謁の間です。王が間もなく、いらっしゃいます。衛兵相手に暴行を働いて、逃げるつもりなんですか?」
拉致の次は、脅しときたものだ。
「わ、私は……」
「まあまあ、大丈夫ですって。ユラさん。君は、あくまで私の二番目の弟子ということにしときますから」
「貴方、何を暢気に言って……」
無理のある設定だ。
ユラの手先が究極的に不器用なことを知っているくせに……。
やはり帰ろうと、窓の位置を再度確認していたら、突如、ラッパが鳴り響き、堂々とした体躯の男性が手前の緋色の椅子にどかっと座った。
お偉いさんのくせに、こういう時に限って、時間を守って来るらしい。
(完全に、機を逃してしまったわ……)
こうなったら……と、腹は括ったものの、しかし、王宮の作法をユラは知らなかった。
見よう見真似で、一歩前に立っているハルアに従い、小さく頭を下げる。
長い静寂のあと、衣擦れの音で、ハルアが顔を上げたことを見計らい、自らももゆっくりと顔を上げた。
国王は、精悍な顔立ちをしていた。
白い毛布のような外套を、優雅に纏い、口髭を蓄えている。
親子として、微かに面差しは似ていたが、ハルアとも、イシャナとも違う、男性的な凛々しさがあった。
「ご無沙汰しております。父上」
「久しいな、ルフィア。お前は他国に遊学中ということになっている。……ということなので、ここには、近しい者しかいない」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
ハルアは周囲をくるりと見渡してから、小さく首肯した。
そして、緋色の椅子の肘掛けに肘を乗せ、ふうっと深い溜息を零した王は、ゆっくりと口を開いた。
「先日、イシャナから話を聞いたのだ。―――お前の女の趣味が悪い……とな?」
「そ、それは……」
急いで訂正しようとしたら、ユラより早くハルアが口を動かしていた。
「申し訳ありません、父上。私には兄上の仰っていることが、いまいち分かりませんが、こちらの女性は、大変素晴らしい方なのですよ」
「珍しい赤髪のようだが、家柄は?」
「遠い異国の……やんごとなき家柄のご息女と存じ上げています」
「ほう、そうなのか? 小汚い娘とイシャナは言っていたが?」
「とても、そうは見えないでしょう? 目もくらむような気品が溢れております」
目もくらむような気品って、何なのだろう?
大体、ユラ自身、自分に気品があるとは思えない。
「では、娘のその分厚い眼鏡は何なのだ? 王に顔を見せたくないとでも?」
「これは……その……」
(眼鏡は、顔の一部だなんて話が、通用する相手ではないわよね?)
言い訳を必死に探していてれば、やはり、ハルアの方が反応は早かった。
「父上。お伝えしたはずです。彼女は異国のやんごとなき家柄のご息女。彼女の国では、高貴な女性は顔を隠さなければならない習慣があるのです。無理強いは、よくありません。私でもまだ見たことがないのですから……」
何だか、どんどん怪しい方向に話が進んでいるのは、気のせいだろうか?
「ほう。恋仲のお前でも、まだ見たことがないのなら、仕方あるまい。異国の習慣とはな」
――……気のせいでは、なかった。
「ちょ、ちょっと?」
何を、納得し合っているのだ?
(……弟子という設定ではなかったの?)
国王の紺碧の瞳が、値踏みするようにユラに向けられている。
(お願いだから、何も質問はなしにしてください)
冷や汗を背中に滴らせながら、何とかやり過ごしていると、やがて興が逸れたのか、国王は椅子の背もたれに、どっと重心を傾けた。
「そうか。お前には、分かってしまう(・・・・・・・)のだったな。―――すべてが」
国王は様々な感情の混在した顔つきで、ハルアを凝視していた。
一方のハルアは国王とは真逆の明るい表情を浮かべている。
「――すべて……というわけではありません。基本的には、ぼんやりとしか伝わってこないのです。それでも、自分にとって、良いか、悪いか程度のことは分かります。彼女が私にとって、とても良い存在であることは間違いありません」
親子にしか分からない暗号のような会話に、ユラが目を白黒させていると、ハルアはそっとユラの肩に触れた。
父に向かって、仲良しだということを主張しているらしい。
「なるほどな。護衛もいらない。給仕も嫁もいらないと言っていたお前がな……」
「父上には、わがままばかり言ってしまい、申し訳ありません」
「できることはしてやろう。お前の心のことを思えば……な。本当は、静かな国に婿入りさせて、穏やかに過ごす方が、お前にとって幸せではないかと思うこともあるが、それを決断できないのは、私の弱さかもしれん」
「僭越ながら、父上は、間違っていないと思いますよ」
「この国の平和を脅かすことはしたくない。だからこそ、イシャナの進言通り大神殿の修復をお前にやらせることにした。しかし、それが賢明な判断だったのかは、分からんのだ」
「それで、構いません。……何とかしますよ。これは私の問題ですから」
ユラに向ける怪しい笑顔とは違い、氷のように冷たい笑みをハルアは浮かべる。
何とかすると言った方法が、合法的であることを祈るばかりの無慈悲な瞳をしていた。
この手の笑顔は、エンラしかしないものだと思っていたのだが……。
いつものうすら寒い笑顔より、こちらが本物のような気もして、ユラは寒気を覚える。
「……それで、兄上は?」
「王太子の仕事以外に、色々と調べものをしているようだ。報告によると、三千年前の神話や魔術などらしいが……。新しい大神殿は、三千年前、魔物と女王が条約を交わした地に建っている。この機に勉強したいのだと、あやつにしては、やけに張り切っている印象だな」
(……――そうだったの?)
大神殿の場所が、三千年前の終戦の地だったなんて、今まで、ユラは知りもしなかった。
ハルアの絵を求め、イラーナの市街地は、ほぼ制覇していたが、「門」以外の郊外の施設に関しては、まったくの無知だった。
「陛下、そろそろ」
ハルアより遥かに派手な格好をした侍従が国王の隣で耳打ちした。
「まったくなあ、あやつも……」
すっと立ち上がった王は、癖なのだろう髭を撫でつけながら、ぼやいた。
「そういう作品を、創作しているお前の方が専門だろうに。お前には聞きたくないらしい」
「……そうでしょうね。兄上の性格なら」
――あいつが自分に頼るはずがない……と、言わんばかりの冷めきったハルアに、王は目尻に皺を寄せ、微笑みかけた。
「ルフィア。…………その娘、大切にしろよ」
「ええ。……それは、もう。大切にしてもらう予定です」
「ハルア様!」
一体、何度理性を試されたら、良いのだろうか……。
(次、何かしたら、今度こそ雷撃よ。絶対雷撃を食らわせてやるんだから……)
顔を合わせたのは今日で三回目だ。
彼は一体、何を勝手に張り切っているのだろうか?
ハルアの人間らしさに、気を良くしたらしい国王は、再び鳴り響いたラッパの音共に、速やかに部屋から出て行ってしまった。
「………………もしかして、これで、終わりですか?」
「ええ。お疲れ様でした。疲れたでしょう。これ以上、疲れないためにも、とっとと退出しましょうか」
疲れたとか、そういう問題ではない。
短時間ではあったが、怒涛の展開だった。
(特に、私何も聞かれなかったけど、一体これは……)
――この接見は、どういう意味があったのか?
白と金しか色がない、煌びやかな廊下を、堂々闊歩するハルアに、ユラは追いすがった。
「ハルア様。一体、今のは何だったんですか?」
「何って、君を弟子として紹介しようと思っていたら、芸を見せろと言われる気配を察知したので、恋人に切り替えただけですよ。いけませんでしたか?」
―――なんてことでもないように、さらっと言われて、ユラは面食らった。
「そういうことは、勝手に、切り替えないで下さいね?」
「でも、父上の前で絵を描けと言われたところで、君、即興で描けないでしょう? 今まで、誰も近くに寄せ付けなかった私が給仕の女性を雇ったのだと言えば、絶対、愛人扱いされますしね。だったら、最初から恋人の方が誤解もなくて、説明も簡潔です」
「…………私の意思は、どこに?」
「どうせ、私の壁画が終わるまでの短い期間しか、こちらに通う気もないのでしょう。早速、出会ってから、七日も経ってしまいましたし、残り時間も少なくなってしまいました。だったら、せめて、その間くらい我慢してくれたって良いじゃないですか?」
どうやら、説得のため、七日間、期間が空いてしまったことを、ハルアは根に持っているようだ。
……地味に執念深い男だ。
(そんなこと言ったって、仕方ないじゃないの?)
「……まあ、それに、父は君に会いたいという口実で、私を呼び出しただけでしたからね」
「口実?」
「父は、私に警戒するよう、直々に言いたかったのですよ」
「あの短いやりとりで、そんな裏事情、分かりませんよ。何ですか? 暗号のやりとりでもしていたのですか?」
「……暗号というか、親子の暗黙の会話というか……。父は立場上、どんなに配慮しても、必ず人の目がありますから、うかつなことは喋れないのですよ」
「それは、分かりますが……?」
「私の敵は、魔物だけではないということです。四方八方よく分からない連中ばかりです」
(……その気持ちも、分かり過ぎるほど分かるけれど)
天境界のユラも、今まさにそんな状況である。
「ともかく、行きましょうか。ユラさん、ラトナが待っていますから」
「行くってどこですか? 帰るとは、違うのですか?」
「今、帰ったら、ロカ君が出迎えちゃうじゃないですか。父上に会うと言って時間を作ったのです。ロカ君の不在時に、彼の実家に乗り込みましょう」
国王の前でつい先刻、垣間見せた冷たい顔のハルアは何処に消えてしまったのだろう?
楽しい散歩にでも出かけるような調子で、先日のごとくハルアはユラの袖を勢いよく引っ張るのだった。




